百十.妻の愛が届きますか?妻の罵倒はどうですか?
声がする。
欄人の声じゃない。
あの不快な声はもう聞こえない。やつはもうこの場にはいない。自分の役目を終えればさっさといなくなる。基本的に前線に出る事なんて無いヤツがいつまでもこんな最前線にいるわけがない。
だからこの声はそれとは違う声。
とても安らぐ声、とても暖かい声、とても幸せな声、体じゃなくて心に直接聞こえてくる。
間違いない。
これはキンヒメの声だ。
「リント、聞こえる?」
「聞こえるよう!」
さて、反射的に答えたのはいいけど。
どうやって言葉が届いているんだろう? 果たして僕の言葉は届いているのかなあ? キンヒメに僕の言葉は届いているのかな? わかんない。ほんとにさ、どういった言葉をここに繋いだらいいかわからないや。スーパーキンヒメの声は聞こえているし、声が聞けてすごく嬉しい。でも今の僕は醜い肉の塊だ。狸でもない、人でもない、魔族でも、獣でもない。
世界を破壊して、世界を侵略するだけの肉の塊だ。
こんな僕がなんと答えるのがいいんだろう。
こんな僕を見てキンヒメが何と思っているだろう。
「よかった! リント無事なのね?」
思い悩む僕にキンヒメの声が救いのように降り注ぐ。どうやら僕の言葉もキンヒメに届いていたらしい。さすがキンヒメ。という事はこんな肉の塊の姿の僕を見て、それでもなおこれが僕だとわかってくれているのか。
うれしいなあ。
そして今の僕は無事、とは言い難い。肉としても魂としても満身創痍瀕死の重体だ。ほっとけば魂は死んで、残った肉の塊は暴走し、破壊し、侵略し、自壊する。
「無事じゃないよう」
「でしょうねえ」
なんかのんきな狸の返答が嬉しい。
「僕はもうダメみたいだよう。僕は救世主なんかじゃなかったんだあ。キンヒメ逃げてえ、そして本物の救世主を探してえ。じゃないと僕の意識が消えたらキンヒメまで攻撃しちゃう」
謝りたい事がいっぱいある。
救世主じゃなくてごめんね。
ずっと一緒に入れなくてごめんね。
僕のために化け狸になってくれたのにごめんね。
夫婦らしい思い出を作れなくてごめんね。
世界を救って万々歳になってからいっぱい二人で色々できると思っていたんだ。
でもそれは幻だったみたい。
あるはずだった未来に対して全部謝りたい。
でも。
時間がないから、全部全部を、一言にこめる。
ごめん。
「さあ、キンヒメ、早く行ってえ。もう僕は消えるよう。救世主と一緒に僕を……」
殺して。
これは言葉にはできなかった。
そしてここまでキンヒメはずっと無言だった。
聞いて、いるのか、いないのか。ここに、いるのか、いないのか。肉の塊になった僕にはよく見えない。気配察知の方法もなくなった。
さすがにもういないかな? 逃げたかな? さすがに僕が言わなくても、もう逃げたんだろう。それがいい。逃げて逃げて。狸の本分は逃げる事だ。逃げた先で適応したり好転したりするんだ。そうなるまで逃げるんだよう。
よかった。
これで僕も消えてもいい。
前世からずっと死にたかったんだ。むしろこれは本望だったんじゃないかなあ?
さあ、消えよう。
「バカたぬき!」
「ぎゃあ!」
キンヒメの怒号が耳をつんざく。
耳ないけど。あったら今頃ぺたんってしてのいきゃーんってしてるよう。
怒号と一緒に僕の肥大した肉が削られた気がした。
「バカ! リントのバカ! たぬき! のんき! げんき!」
多分悪口だろうと思われるキンヒメの声と一緒にペチペチと僕を叩く音がしている。
リズムよく、続く悪口と、それと一緒にペチペチと叩かれる感触。繰り返される度に、ふわふわとしていた意識が何だか輪郭を取り戻して、僕が僕であるという感覚が徐々に強く増していく。
「さなぎ! ぽんち! とんち!」
ぷふう。
悪口を言い慣れていないから何が悪口かわからなくなってるんだろうなあ。
あれあれえ? なんか笑える位には意識が何だかはっきりと戻ってきたぞう。
「かんち! 三位! かんき!」
変な悪口と一緒に意識ははっきりとして、視界まで戻ってきた。
真っ先に僕の目に見えたのは人間姿のかわいいキンヒメが僕のお肉を殴っている。殴られるたびに僕の体が縮んでいくのを感じる。ピンク色の肉の塊から、徐々に徐々に狸の姿に戻っていく。
キンヒメもそれを理解したのか。
もう無言で僕をペチペチと叩いている。
金色の髪と豊かな胸を揺らしながら一心不乱に僕を叩く。
僕の肉は形を取り戻し、僕の魂は輪郭を取り戻した。
どれくらい経ったろうか。
僕は狸の姿に戻った。
ペしん!
トドメの一撃とばかりにお尻をペシンっと強めに叩かれた。
ああ、お尻はもっと優しくトントンしてほしいのう!
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