百八.別れと目覚めと
「さあ、哲人、そろそろ暴走を始める時間だよ」
どこかで欄人の声がする。肥大した肉の中の奥の奥の方にいる僕にはどこからその声がしているのかはわからないけれど。なんと言っているかは聞き取れる。
暴走だって。
言葉を反芻しているうちに、僕の肉の塊の端の方に伸びている肉の棒が、僕の意志とは全く関係なく、大きく空に振り上がってから、そのまま重力に任せて落下し、それは中庭の壁を破壊した。
目なんてないのに見える。肉の先の先の、遠くの方で轟音がする。耳なんてないのに聞こえる。
なんだよう?
考える間も無く、僕の肉の一部が複数盛り上がったかと思うと、それはすぐに巨大で硬質な針となり、さながらバリスタのように発射され、城の壁に複数の風穴を開けた。
これは僕が、なのか?
僕が世界を破壊しているのか?
そんな僕の戸惑いなどお構いなく、荒れる肉は、殴り、刺し、焼き、凍らせ、飛ばす。それに伴って城が形を無くしていく。壁が崩れ、門が破れ、調度が壊れた。
まさに手当たり次第だ。
肉は暴走し、破壊のかぎりを尽くしている。
そんな僕を見て、男が満足げにため息をついた。
「はあ、異世界の魔法も得た。不要だった哲人もこちらに置いた。その魂は異界渡りで摩耗し、すでに肉の暴走に飲まれる寸前だ。もう俺が何もする事はない。暴走した肉の塊は哲人の魂を肉の中に飲み込み、消滅させた後、この世界の救世主とやらに殺される。魂がなくなれば肉の永遠性は消え失せ、現世の哲人の肉体も滅びるだろう。はあ、我ながら完璧だ」
遠くで恍惚とした欄人の声が聞こえてくる。
そっかあ。
そういう算段かあ、一切自分の手を出さない欄人らしいやり口だなあ。
それは僕自身の事なのに。どこか他人事のように感じる。
実感がない。
たぶん、僕の魂はもう暴走に飲み込まれている。
「じゃあ、あとは任せたよ。俺はもう帰るから」
そう言って欄人は消えた。
僕には姿をくらませた場所に針を飛ばしてやるのが精一杯で。
そんな意識ももううっすらとしてくる。
◇
一旦静まった王城から聞いた事のないような色々な轟音が響き、同時に地面が揺れ、逃げてきた王城の方で煙が上がるのが見えた。
「リント!」
その異変に真っ先に気づいたのはわたしだった。
私は愛する夫を置いて逃げた。
言い訳は色々とある。
リントがそう言ったから。夫の家族を守るため。足手まといになるから。
全部言い訳だ。
私は逃げるべき立場にはないのだけれど、リントなら何とかしてくれるという気持ちが先に立ってしまった。ずっと私はそうしてきたから。強くて優しいまるで救世主のような私の夫に任せていれば全部解決してくれていたから。だから、リントなら大丈夫だと思って家族を守る事を優先した。
それは間違いではないのか、と。
背後から響いた轟音が私にそう問いかけてきた。
あそこに立つのはお前の役目ではなかったのかと。
天の王冠に触れた瞬間に告げられた役目。
脳が弾けたみたいだった。
目が開いたようだった。
世界がクリアに見えた。
覚醒した。
私は元人間だ。私は転生者だ。私が、救世主だ。
全部に合点がいった。狸の生活に馴染めなかった事。言語が好きだった事。すぐに本が読めた事。人間に興味があった事。
それはそうだ。私の魂は人間だったのだから。
リントと同じだったんだ。本人から直接聞いてはいないけれどリーチ義父さんや色々な人たちからリントが救世主で別の世界からやってきた魂だと聞いていた。
気づいた瞬間は嬉しかった。だってあらゆる意味で特異な存在のリントと本当の所で同じになれた。きっと二人で支え合えると思って。だからリントにそれをすぐに言おうと思い、顔を見た瞬間に言葉に詰まってしまった。
この世界に呼ばれた時に与えられた能力や記憶が言う。
救世主は一人だ、と。
じゃあ、目の前の転生者は、私の愛するリントは何なのだろうか? と。
可能性は思い浮かぶ。
でもそれは言葉には絶対にできなかった。
だから私はリントに何も言えなくなってしまった。
そしてそのまま救世主の役目である侵略者との戦いからも逃げた。
まだ続く地面の揺れと、鳴り続ける鼓膜を破るほどの轟音が。
現実から逃げた私を責めるようだった。
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