百七.暴走解放過去邂逅
身体が熱い。
身体の中が熱い。
身体の中にある力の、存在の、一つ一つがチンチンと熱を発して僕の中で広がっていく。解放されていく。ダンチンロウと戦った時のように、僕の要素の全てが僕の中で主張している。
あの時は制御できていた。
でも今は違う。
全く制御が効かない。
僕の意思とは無関係に、僕の中の肉の力を、無理矢理外へと現出させようとしている。
だめだ。全部の存在を同時に外に現出なんてさせたら僕の肉体が持たないし、それ以前に肉体も元の形を保つ事ができない。
ああ!
肩がぼこりと大きく膨らんで、毛皮を破って爪となった。
目の前の男は僕に何をした。
腹がボコボコと蠢き、腹毛を破って丸く黒光りした甲殻が飛び出す。
僕に何をしたんだ。
背骨がぐらぐら揺れて変質して、鋭く尖った宝石が並んで生える。
一体何になってしまうんだ。
体内にある全ての存在の暴走した喰いあいは加速度的に増していく。
◇
数分が経ち、僕の身体は存在同士の食い合いの結果、肥大化を繰り返し、王城の中庭一杯まで広がり、高さは王城のバルコニーまで届くほどのサイズになっていた。
当然、そんな状況でまともな形を保てる訳もなく。
僕の身体は絶妙なバランスをとりながら、存在を保っている肉の塊になっていた。
まさにぬっぺっぽうだ。
痛みも感覚も消えた身体の中にただ思考だけが取り残されている。
いつの間にかバルコニーへと退避していた欄人が、そんな僕に声をかける。
「はあ、どうだ哲人? お前の中に入っている肉の力が全て解放された感想は?」
と言われても、今の僕には口もなければ手足もない。
だから言葉で返す事も、ジェスチャーで返す事も出来ない。
「はあ、また無視だ。反抗期かなあ? お父さん悲しい。せっかく状況を説明してあげようと思ったのにい」
絶対わかってて言ってるよなあ。
こんな完全勝利みたいな状態で、追い討ちをかけるみたいにイヤミな事を言うこいつの性格の悪さだよなあ。よくそんな性格でトップ忍軍をまとめられてたよねえ。はーやだやだ。
とは言えね。
説明は聞きたい訳です。ペラペラとしゃべってくれるならしゃべってほしい。
むうん!
なんとか肉の一部を動かして意思を表示しようと試してみると、欄人の目の前の肉を辛うじてピクリとだけ動かせた。
「はあ、まだ生きてたんだねえ、さすが哲人だよ。その上に自分の意志でまだ身体が動かせるんだねえ、さすが哲人だよ。じゃあ冥土の土産に説明してあげるねえ」
やった! これで対策の糸口になるかも! ふふ、冥土の土産なんて自分がやられるフラグ立てちゃってえ。お肉ぴくぴくしちゃう。さあ話して話してえ。
◇
と、期待した欄人の説明は聞かなきゃよかったと思う内容だった。
まずそもそも。
僕、救世主じゃありませんでした。
ねーおかしいと思ったんだよう。天の王冠もらっても全然ぴこーんってこないしさあ。
救世主とか煽てられてその気になっちゃったあ。
はずかしい。キンヒメに合わせる顔がないやあ。
ま、それは叶うかどうかもわかんなし、置いておくとして、じゃあ僕が何かって話になるとね。
僕は侵略者でした。
欄人の企みでこの世界に送り込まれた尖兵でしたあ。むふーん。むしろ敵ぃ。欄人の企みを説明するにはまず僕の不死身の肉体についてから始まるよう。
僕の不死身の肉体は魂に付随するもので、人魚の肉を食って不死身になるっていう現象は、まず、魂が変質して存在が強くなる事から始まり、そして強くなった魂に付随して肉体も永遠性を得る。
それが不死身化の方法だってのが長年の研究で分かっていた。
わかっていながら、なんで神農流で実用化されていなかったのかには理由がある。
その肉体の永遠性ってのが厄介だったからってのが理由。
永遠性、それはつまる所、恒久的に生産され、恒久的に存在し続けるって事。一方で永遠に細胞が生まれ続けて、一方で細胞が永遠に死なないってなると、どうなるかっていうと。
今の僕みたいにただの肉の塊になる。
これじゃあ不死身の肉体を得た所で、早晩脳まで肉になって思考を失うだろう。
ちょっとやそっと魂が強まって不死身化した所で、暴走する肉に魂まで飲まれてしまって終わり。
永遠性を制御するにはそれを超える特異な魂が必要となる。でもそんな魂は魂操作系の忍法を使っても生み出せなかった。不死身化が成功しなかったのはそこが原因らしく、方法はわかっているのに実現できずに、忸怩たる思いでいた所へ。
それを生まれたままに成功させたのが赤子だった僕。どうやら生まれつき肉の暴走を抑え込めるほどの魂を強さだったらしい。
「はあ、お前こそが神農流を高みへ押し上げる特異点だ」
そう言って、実験が成功した時に父親である欄人は喜んだ。しかし再現性のない不死身という要素の使い方を考えて考えて。
考え抜いたある時、ふ、と気づいた。
魂の強さとは、個としての存在の強さであり。
それは自分の理想とは全く違っている、と。
欄人の理想は全としての強さ。
だから下忍の底上げに危険性の高い赤目も平気で使うし、下忍がいたポジションには蟻装兵を開発した。
結果、神農流忍軍は更なる繁栄に至った。
だから。
「邪魔だと思った」
欄人ははっきりそう言った。
僕が邪魔だった、と。
全の神農流忍軍には不要な存在だった、と。
そこで。僕を排除しようと思ったが、不死身の化け物なんて外に追い出したらどうなるかわからないし、なんとか殺せないかと考えたという。
不死身って意味わかってんのかな?
って思ったけど、さすがに欄人もわかっていたらしく。
だからこそのあの日々。
幼少期から続くあの地獄の日々。
あれは、あの地獄の日々は、忍軍の頭目としての英才教育なんかじゃなくて。
ただの暗殺未遂だったんだ。
なんかの間違いで死なないかと期待してやった。
疲弊させて魂を弱らせれば死ぬんじゃないかと期待してやった。
僕の心を殺し続けたんだった。
それでも。
やはりというか、そらそうだろうというか、僕は死なずに頭目になれる年齢まで生き残った。
そこで初めてこの世界の話が出てくる。
神農流の古文書には、とある異世界の事が記載されていた。
そこには魂操作系の忍法を使用して異世界に渡る方法が書かれていた。百年に一度、空間の壁が希薄になる異世界があり、そのタイミングで忍法を駆使して、そこに魂だけを送りこめる。と、そこには書かれていたという。この世界では一千年に一度だが、あっちでは百年に一度なのは時間の流れの速さの関係かなあ? それとも別世界があるのか?
不死身の研究やら空間忍法の研究やらの過程で発見された異世界の存在だが、そもそも神農流としてのメリットがなかったため書物に記載するだけして特に研究などは進めていなかったらしい、それ。
欄人はそこに目をつけた。
「異世界に哲人の魂を送り込んで侵略させた挙句にそこに置き去りにすればいいのでは?」
思いついたら即行動。
そこで欄人は灰司を誘導し、僕を憎ませ、異世界の存在や、空間魔法、魂操作魔法を匂わせながら計画を進行させて、今に至ったと言う。
「すごくない?」
こう言って説明を締め括った欄人は実にお茶目な顔をしていた。
もう何だかむかつくとかは無くなっていた。
そろそろ脳まで肉になったのかもなあ。
狸の姿をしていたらきっとため息が漏れていたんだろうけど、残念ながら僕はいま肉の塊で口はない。
はあ。
僕はこの世界を守る存在なんかじゃなかった。
僕は森の愛し子なんかじゃなかった。
僕は救世主なんかじゃなかった。
僕は。
侵略者だったんだ。
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