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百六.僕の親父はか弱き狸

 知っている匂いがする方へ僕が鼻先を向けると。


 そこには一人の男が立っていた。


 僕はこの男の人を知っている。


「おお、久しぶりだな」


 そう言って、鷹揚に片手をあげる男の名前はガッチ・ローズ。

 このローズ王国の前王にして、人の王笏になる役目を持ち、魔の王笏を持ったまま。

 姿をくらました人間。


 見た目も。


 匂いも。


 その全てで目の前の男がガッチさんだと告げている。


 でも、僕は騙されない。


 叡智が告げる魂の名前も。僕の鼻にとらえられた不快な魂の匂いも。僕の毛がチリチリしてしまうほどの嫌な雰囲気も。何一つ隠しきれていない。


 間違いない。

 男の名は、土戸(つちど)欄人(らんど)だ。


 不死身の肉体を僕に与え、僕に地獄のような幼少期を齎し、長じてからはありとあらゆる過酷な忍務にアサインしながらも、表の世界への影響力を持たせるために、公務員としての昼の仕事までを僕に強いる。


 そんな徹底的な英才教育を僕に施した男。


 それは現、神農流忍軍の頭目で。


 僕の前世の父親だ。


「あんたが裏で糸引いてたんだなあ、やっぱりおかしいと思ったよう」


 僕の言葉に。

 ガッチさんの顔へと、わざとらしく疑問符を浮かべる。


「? 何がだ? 俺はガッチだ。騒動がおさまったようだから、王笏になりに来ただけだよ。いやー危なかったよ。あの夜、異世界からの侵略者に襲われてなあ、命からがら女と逃げたんだよ。ほら、この状況で俺がつかまったらまずいだろ? だからずっと隠れていたんだ」


 ああ、なんとも白々しい物言い。

 ガッチさんがユーリさんの事を女と逃げたなんて言うもんか。全く役づくりが出来てないんだよなあ。もーさー前世の父親の棒芝居を見せられるなんて罰ゲームにしては辛すぎるんだよねえ。


「いやあ、やめてえ。もうほんと、全部わかってるからあ。だから下手な芝居はやめてえ」


 狸の懇願。

 これが情緒的な意味の下手な芝居じゃなくてさ、ほんとに芝居が下手なんだから困るよなあ。前世の記憶から何も変わってない。なんというか全てを神農流忍軍に捧げるのが当然というシステマチックな性格な癖に、悪い意味で茶目っ気がある。その茶目っ気はことごとく人をイラつかせる稀有な才能の持ち主だったのをあらためて思い出させられた。


 あームカつくう。


「はあ、お前は相変わらずつまらんな。父親の小芝居にくらい付き合わんか?」


 ため息まじりに話し始める癖。気分が滅入る。これをして他人がどう思うかなんて考えないんだろうなあ。本当に父親だなんて言わないでよね。恥ずかしいじゃないの。


「うん、だってあんたは父親じゃないからねえ。僕の父親は狸だよう。見たらわかるでしょう?」


 両前脚を広げ、あえておどけて答えてやる。僕は狸だ。人間じゃない。だからあんたが僕の父親なわけがない。僕の父親はラクーン808(やおや)のリーチだけだ。


 これは胸を張って言えるぞう!


「はあ、なんだか楽しそうだなあ。どうやら転生してよかったみたいだな。いやあ本当によかった」


 目の前の男はぱちぱちと無感情に手を叩きながら僕を言祝ぐ。

 でも言葉がため息から始まった上になんの感情もないから祝われている気は全くしないんだよなあ。

 とはいえ、僕はその事に関しては本当に感謝しているので感謝の言葉を述べよう。


「うん、ほんとに良かったよう。これだけは実行した灰司にも、それを指示したあんたにも感謝してるんだ」


 ほんとにほんとに、これだけは感謝している。前世の未来永劫続くはずだった肉の頸木から解き放ってくれたのだけは、もう本当に何度感謝してもしたりない。


「なんだ、今回のが俺の仕業だってわかってたのか?」


「はー? そりゃあそうだよう。灰司も優秀ではあるけどさあ、神農流の秘中の秘である魂操作忍法まで持ち出されたらねえ。さすがに背後にあんたが透けて見えるよう」


 それを使いこなした灰司の成長には目を見張る物があったけれど、流石に一から神農流の秘技を再発明したとは考えにくいからねえ。


「確かにそうだな。灰司も優秀な息子で期待していたのだけれどな。哲人に焼かれてしまった……残念だよ。兄弟で争うなんて、お父さん悲しい」


 嘘つけ。


 期待もしてないし、兄弟での骨肉の争いなんてむしろ大好きだろうがよう。争いが忍者を強くするとかなんとか言ってさあ。はー悪趣味。

 極論この男は前世の僕にだって期待なんてしていなかったんだよなあ。忍軍をあくまで群体としてとらえていて、個人の価値なんて一つだって信じていない。

 灰司はそこら辺がわかってなかったからか、一生懸命親の愛情やら期待やらを求めて空回っていたんだ。そんな事してもこの男が喜ぶ事なんてないのにねえ。

 個の力を伸ばすのはそれに引き摺られて集団のレベルが伸びるのを期待しているからだし。個人の突出した能力なんて本当は求めていないんだ。その証拠に蟻装兵を開発したのはこの男で、そこからもこの男の思想が見てとれる。


そういうの(嘘は)良いから。あんたの性根は嫌ってほどわかってるんだよう」


「はあ、意味がわからんなあ。息子を心配しない親なんていないぞ? あー二人しかいない息子、片方は悪魔みたいな狸になって、片方は魂の灰も残らず消えちゃったなー。困ったなあー」


 かー! ムカつくう!

 でも、ダメダメ、この男のペースに乗せられたら一方的にやりたい放題されちゃう。


 こんな時は。


 スッと。


 思考を平坦に戻す。


「で? その大事な息子が死んじゃったから、今度はあんたがこの世界を滅ぼしに来たのう?」


「? 俺が? いやいや、そんなわけがないだろう。哲人がお父さんの事を理解してくれてなくて悲しいなあ」


「僕の父親は狸だからねえ。知らないおじさんの事なんて理解していないけどねえ。でも目の前のあんたが基本的にはフロントに立たないのは知ってるよう。そういうとこは灰司がそっくり受け継いでたよねえ。フロントに立つのはいつも僕だった……」


 思い出す前世。

 苦い記憶が歯の奥でキシキシ言ってる。

 目の前の男も、僕を世に堕とした女も、少し後に生まれてきた弟も。

 僕が死なないのを良い事に実働を全て僕に任せていた。

 基本、忍務は丸投げ。


「はあ、正解だ。 さすが我が息子。お父さんの事をよくわかってくれている。天才忍者の面目躍如だな。そう、俺が前線に出てくる事はないよ。いつだって前線に立つのは哲人(おまえ)だよ。だからね、今回もそうなんだ」


「は? 何言ってーー」


 僕はすでに前線に立っていて。

 お前を殺すべく前線に立っていて。

 この世界を守るべく前線に立っている。


 ーーんだよう。


 そんな僕の戸惑いは口から吐かれる事はない。


神農(じんの)流忍法! 肉人解放(ぬっぺっぽう)!」


 戸惑う僕の言葉を遮って発動された忍法に。


 口が止まる。


 手も。


 足も。


 目も。


 毛の先すらも。


 止まって。


 世界を守るために転生したはずの僕の魂が。


 熱く激しく震えるのを感じた。



お読み頂き、誠に有難う御座います。

少しでも楽しかった! 続きが楽しみだ! などと思って頂けましたら。

何卒、ブクマとページ下部にあります★の評価をお願いいたします。

それがモチベになり、執筆の糧となります。

皆さんの反応が欲しくて書いているので、感想、レビューなども頂けると爆上がりします。

お手数お掛けしますが、是非とも応援の程、宜しくお願いいたします。

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