百一.そこのけそこのけ我がたぬ毛
とっぷりと。
僕の体は闇の中にのまれた。
ゆっくりと。
闇の中をただ落ちていく。
とりあえずまだ敵は襲ってこなさそうだって事で、人の姿から狸の姿に戻す。
ぼふん。
煙の中から狸登場。
やあ、僕だよ。
狸に戻って。
闇に身を浸していると、なんだか毛先がちりちりする。
きっとこの闇のせいだろう。
そこは、ただ懐かしいけれど、どうにももやもやとする。
まるで前世そのもののような空間だから。
その中をただただ落ちていく。
暇なので、くるくると回ったり、のびーんと伸びてみたり、狸が香箱を組んで見たり、色々な狸可愛いポーズを試しながら落ちてみるけれど、まだ下にはつかない。
アリスならぬ、可愛い狸が落ちていく先にあるのは不思議の国でも鏡の国でもない。
闇の国。
さてさて。この闇の国には底や果てがあるのか。
それともこのままどこまでも落ちていくだけなのか。まあ、灰司に無限の空間を生み出せるほどの実力はないと思うからどこかで限りがくるはずだとは思うんだけどねえ。
なんて考えながらへそ天でだらーんとしていると。
「っと」
体が闇の中で止まった。
もふっとした毛並みが闇の底に当たり、軽く跳ねて、そのままころころと毛玉となって転がり、ある程度転がった所で毛玉の動きは止まった。
僕はその場でカッコよくしゅぱっと立ち上がり。
両手を上げて。
「ついたー!」
雄叫びをあげた。
なぜならばここには到着を告げるべき奴らがいるからだ。呼び出すべき奴らがいるからだ。
僕の敵。異世界からの侵略者。わかってるぞう。待ち構えてんの。
そいつらは僕に向かって放つ。
闇の中からうじゃうじゃと。
殺気殺気殺気殺気殺気殺気殺気殺気を。
それはむせかえるほど濃密な気配。
前世からの刺客たち。
気配を探ると、蟻装兵はもちろんの事、それと同数くらいの忍者もいる。
真っ暗闇の中でも見る事ができるとっても優秀な狸の目で、実際に確認すると、闇の中で赤く光る目が僕を殺そうと爛々と輝いていた。あー、赤目の忍者さんたちもいますねえ。
そんな彼らは、雄叫びをあげた僕をまるうく取りこむように。まるうく取り逃さないように。囲んでいる。
「あれが哲人の転生体か?」「狸じゃねえか」「狸を殺せば幹部になれんだろ?」「うへえ、ちょろいねえ」「かわぃ」「さっさとぶっ殺して元の世界に帰ろうぜ」
なんて言葉が聞こえてくる。
残念、少なくともこの中には僕をやれそうな気配はないんだよなあ。
ふむ、狸をなめてはいけませんよ。
むふうと鼻息を吐き出してから、僕はポンっとお腹を突き出して、その場でくるくるとアイススケート選手のように優雅に回転を始めた。
「狸が踊り出したぜ」「ププ、まん丸が回ってボールみてえだ」「闇の中でサッカーでもやれってか?」「触りたぃ」「いいねえ、ボールにして蹴りまくってればそのうち死ぬだろ?」
ばかな奴らだなあ。
ターゲットを見た目で判断するなって昔から口すっぱく言ってたのに。
僕の回転が最高潮に達し、完全にスピードが乗ったタイミングで、忍術を発動する。
「狸隠神流忍術! たぬ毛針!」
僕はもふっとした毛並みを硬化させ、回転の勢いと、それに風魔法を加えて放った。
狸の細やかな毛が球体となった僕から立体的に放たれ、その毛針は僕を囲む最前線の奴らはもちろんの事、ゆみなりに放たれたそれは遠く離れた敵にまで届いた。
特に前線で僕らを嘲笑っていた奴らの被害は甚大だったようで。
「ぎゃあああああああ」「いでえええええ」「な、なんで武器なんて持ってなかったのに!!」「目が目があああああ、可愛ぃ狸が見えなあぃ」「クソがあああああああころおおす」
さっきまでの余裕はどこへ行ったのか。僕を取り囲んでいた奴らが口々に叫びながら苦しんでいる。だから狸をなめるなって言ったのにさあ。
「あ、ちなみにその毛針、毒入ってるからねえ」
毒。
その言葉を聞いて。
叫びがピタリ止まる。
「たかが毛が刺さっただけにしては痛いでしょう? それ、細胞破壊系の毒が回ってるからだよう。あ、安心して細菌兵器じゃないから拡散はしないよう、効果があるのは毛が刺さった人だけえ」
僕の言葉に冷静に戻った忍者たち。さすが神農流の忍者、優秀だなあ、なんて思ってると。
「あ、あばあ、だぬ、びが、ど、く」「狸になっても哲人は哲人だった……」「あ、溶ける。目が溶けて。可愛ぃも何も見えなぃ」「あー死んだわ、これえ」
あ、違ったみたい。
冷静になったっていうか、毒が回ってまともに喋れなくなっただけかあ。
これが末期の言葉だったのか。
もう無駄口を叩く忍者はいなくなった。
一気に僕を囲む気配が、引き絞られた弓のように締まり、そこから放たれた矢のように無数の忍者が飛び掛かってきた。
ふむ。
面倒だけど、ここからは地道に首を刈っていくかあ。
僕は毛を固めて作った忍刀を逆手に構えた。
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