百.無我夢中にルビ注意
「ハハッ、随分と愛されてんじゃねえか」
「そうだねえ。だから転生させてくれた灰司にはとっても感謝してるんだよう」
「そりゃあ良かったぜ、今からそれを全部ぶっ壊して、お前を地獄に落とせるんだからなあ!」
声と同時にクナイが空を走った。
はいはい、開戦の合図だね。
僕は飛んできたクナイを眼前で掴んだ。
もちろんその時にはすでにバルコニーには灰司の姿はない。それどころか中庭にすらその姿も気配もない。
「えー逃げた?」
まさかねえと、辺りの気配を探っていると、いきなり足元に殺気が現出した。
おお。
その殺気を感じて後ろへとピョンっと一歩分下がる。すると何もない地面から今まで僕が立っていたそのラインをクナイが真っ直ぐに通り過ぎて、僕の鼻先を掠めた。
あぶなあ。ハニガンの鼻が無駄に高いから下手したら当たってたよう。
下を見る。
やはりというか、そこにはないもない。
灰司の姿もなければ、殺気すらも消えている。
「灰司も成長してるんだなあ」
僕に気配も殺気も見せずにクナイを飛ばしてくるなんてさあ。前世の灰司だったら絶対にこんな事できなかったよねえ。えらいえらい。
弟の成長に感心してふむふむと頷いていると、どうやらそれが気に入らなかったらしく。
今度は四方八方から殺気が一気に現出した。
さっきと同様に何もない空間からクナイが僕に向かって飛んできた。今度はさっきとは違って一方向だけではなく、多方向から、立体的な攻撃になっている。
とは言っても。
結局これじゃあさっきと同じ。
直前まで殺気が出ないとはいえ、放たれる時には殺気はあるし、その殺気の現出場所と向かう先を把握さえすれば、あとはただよければいいだけ。
シンプル。
右左、上下、斜め、地面から、空から、噴水の水の中から、ガゼボのテーブルから、ありとあらゆる方向から同時多発的にクナイが僕に向かって飛び交う。
僕は上体をほぼ動かさず、ステップだけで踊るようにそれを避ける。
狸ころころ回避の人間版なんだけどさあ。
どうにも見た感じが華麗になってしまう。ああ、これが狸の姿だったら絶対にころころころんとしてて可愛いんだけどなあ。どうしてもハニガンの姿だとねえ、可愛いよりかっこいいが先に立つよねえ。
「避けてばっかりで手も足も出ねえのかよ!」
何もない空間から灰司の声だけがする。僕の飛声と同じような忍法かなあ。
それにしても、なんだい、灰司、もう負け惜しみかい?
「そういうのは一発当ててから言ってくれるう? あと、クナイに経費かけすぎじゃない? 何本飛ばしてくるのさあ。事務方のおばちゃんに怒られても知らないよう?」
中庭のあちこちに飛んで刺さったクナイが散見される。無駄遣いだなあ。
僕もよく怒られた。前世の案件で新規の忍法が使ってみたくて装置やら設備やらにお金をかけすぎてギャラからはみ出した時には領収書が落ちずに自費で払ったっけ。事務のおばちゃん何気に上忍だから怖いんだよねえ。
懐かしいなあ、なんて思っているその間も、殺意をはらんで飛び交うクナイを僕はスタスタとステップを踏みながら避けている。
なんだか、ちょっと楽しくなってきたよう。
「はっ、全部この国で調達してんだから経費なんてねえんだよ。あのおばちゃんはこっちの世界にはきてねえから怒られる心配はないからよ!」
お前もおばちゃんが怖かったのか、灰司よう。
「いい思い出だねえ」
「クソみてえな記憶だよ」
あらま、真反対。
「そうかなあ。あの人はしっかりと僕をみて怒ってくれたから嬉しかったんだけど」
「……んなのはお前だけの感想だよ! だけど最後にいい記憶を思い出せて良かったなあ!」
僕の脳天を狙って、今までのクナイとは違う、魔法の気配を感じるクナイが一本降ってきた。
あれ? 灰司、魔法も使えるようになったのう?
そんな疑問を持ちながら、もちろん、僕はそれを避ける。
地面にクナイが突き刺さり。
それにこもった魔力が一気に解放され、光が放たれた。その光は地面のあちこちに突き刺さったクナイと繋がり、僕を囲む様にして光の陣が一瞬にして完成した。
同時に声が天から降り注ぐ。
「神農流忍法! 空間空殺呪縛陣!」
地面にできた光の陣は一気に反転する。
光から闇へ。
僕の周りの地面がとぷりと闇に変わり、僕の足はその闇の中に沈み込んだ。つま先や膝だけの跳躍で抜け出せないかと試してみるも、なんの反作用もなく下に伝えた力は虚しく闇に飲み込まれた。
そうやっている間にも胸の辺りまで僕の体は沈んでいる。
ふわああ、この忍法すごいじゃあん! 空間干渉系の忍法をこの世界の魔法で進化させてるんだろう? いやあ、僕も試したい試したい! それぐらいすごい忍法。
なんだけどさあ。
それだけに残念だよ、灰司い。
僕の意識を逸らして、避ける事に楽しみを感じさせたり、話しかけたりして、僕の意識を逸らして、陣にかけたのはいいけどさあ。
「その忍法名はいただけないよう?」
忍者が邪気眼に目覚めてどうすんのさあ。
それはもはやただの本物なんだよなあ。
「うるせえ! かっこいいだろうがよう!」
かっこいい?
いやー、その年齢でそのセンスはどうかなあ。
なんて考えながら僕はとぷんっと、地面の闇の中に吸い込まれた。
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