九十七.波乗り狸の足取りまずい
波だった。
僕の号令に端を発した進撃は地を埋め尽くす波となった。
魔獣の波が地をうねり、空を飛ぶ鳳や魔族は地を波立たせる風のようで、それに乗って進む地上戦力はみな一騎当千の兵だった。
僕らは順調に占領された王都へとなだれ込み、王都の人間にとって変わって現れた、黒づくめの集団を蹂躙している。蟻装兵の体内にはトラップで蟻酸が詰め込まれているのだが、魔獣の群れはそれをものともせずに。
踏みつけ。
切り裂き。
食いちぎった。
感情のない蟻装兵は無為にその活動を停止させていった。
王都の路上にはその体液すらも黒い残骸が撒き散らされた。
順調だった。
「じゃあ、魔族は本体から離れて王都の右側の殲滅に向かう!」
誰が言ったか。
誰もそれに異を唱えなかった。
ある程度の魔獣を従えて魔族は消えた。
「ふむ、我ら鳳も負けていられんな。左側は我らが受けもとう」
誰が言ったか。
誰もそれに異を唱えなかった。
残りの魔獣を従えて鳳は消えた。
順調すぎるほどにすこぶる順調だった。
そうやって順調に進軍して。
敵を殲滅して。
いざ、王城にたどり着いた時には、そこには狸しか残っていなかった。
王城の中庭で我に返った時にそこに立っていたのは。
リキマル、リケイ、おやじ、キンヒメ、僕、だけだった。
ああ、はめられたのだと。
そこで気づいた。
僕は、僕だけは、もっと前に違和感に気づくべきだった。
王都の門戸が開いている事。
王都の街中に忍びがいない事。
敵の抵抗が少ない事。
これらの事実に気づくべきだったんだ。
でも誰も気づけなかった。僕も。
僕らは敵に酔わされていた。
自分達が強いと。
圧勝していると。
このまま異世界の侵略者を殲滅できると。
そこをつかれた。
どんなに気配を探ってみても、すでに魔族と鳳の気配は王都の中にはない。
死の気配すらない。
まるで神隠しにあったかのように。
王都の民と同じように。
消えていた。
これは空城計だ。
圧倒的優勢だと勘違いさせて、巣の奥まで誘い込み、罠にはめた。
僕がきっと普段通りだったら、これが敵の空城計だとすぐに気づけただろう。
多分、僕も酔っていたのだろうと思う。
制御されたスタンピードという力に。
魔族たちの圧倒的な武力に。
異世界に転生して魔法を得た僕の忍術に。
王城で僕を挑発する、僕がよく知る気配に。
酔わされていた。
◇
「リント……」
キンヒメが不安げに僕の手をとる。
普段は暖かい肉球が冷たく硬くなっている。
「大丈夫、僕がいるから」
その肩を抱いて言葉をかける。
「にいちゃあん」
リケイが心細そうに鳴く。ここまで来てくれてありがとう。今日のために化け狸になってくれてたんだな。あんなに嫌がってたのに。キンタがおっきくなってリーサちゃあんに嫌われても鳴くんじゃないぞ?
リキマルは闘志に震えている。
頼もしい。
おやじはいつも通りビビって震えている。
キンタでっかい。
戦況は圧倒的に不利になってはいる。
僕らは主戦力である、坩堝の森の獣と、魔族の精鋭を失った上で。
敵の主戦力と正面に相対しているわけだ。
戦力はなく、正面には虎、後門には狼に詰められている。
まさにお手本通りみたいにはめられたわけだ。
僕があほ狸だったってのもあるけど、相手がうまく準備して僕の気を引きながら、罠に気づかせないように見事にやってのけたのだ。
そこばっかりは賞賛だ。
拍手拍手。
僕は見覚えのあるバルコニーの上に立っている人物に向けて前脚で精一杯の拍手を送った。
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