3 闇落ち
輝な子は一杯いっぱいだったが、それから何とか耐えて、港南台の自宅に帰った。二階のベッドまで姉に肩を支えられて上がると、柔らかい布団の上に倒れるように横になった。寒気がひどくガタガタ言っていたが、厚い布団にくるまって、じっと静かにしていることで輝な子のなかに一つの想念が芽生えだした。それはひとつの人生ともいうべき想念で、輝な子はベッドの中、それをこねくり回し、やがて気づくとおびただしい発汗をしていた。そしてある瞬間、かちっ、という音がして何かピースがはまったような感触があった。すると体の冷えもある程度おさまってきて、調子もすこし回復してきた。三日後、輝な子は自宅をやんわりと追い出され、苦労した。大変苦労した。雪の降る週の事だった。
そして輝な子は闇落ちした。職場に向かうと、人が以前よりも、さらに冷たくなった気がした。気がするだけなのだが、それはボディブローのように少しずつ堪えた。電車に乗れば声が刺さった。街で買い物をすれば――平日だった。輝な子は、この国では大人が平日買い物をすることは悪なのではと考えた――、店員はさっと輝な子から品物を取り上げ、さっさっとレジを打ち、冷たい声で「お会計」と言った。
それが限界だった。私は何かしたのか、と思ったが、心当たりはまるでなかった。輝な子には、人々が手ぐすね引いて裏で連帯し、彼女を苦しめようとしているように思われた。
くじらの言葉は届かなかった。こんな世界は生きるに値しない、それが結論だった。彼女は死のうと思い、海に向かった。
2024・2・28