1話 象牙の門
風が気持ちいい。頬を撫でる爽やかさの中に、わずかに青草の匂いが混ざっている。背中や手足、首元に感じる柔らかなくすぐったさがそれかもしれない。
本儀海路はわずかに目を開け、飛び込んできたその青い視界にパッと目を見開く。見渡す限りの青い空、柔らかな風にそよぐ緑の草原。それから。
「………門?」
白く輝くような、アーチ状の格子門がポツン、と目の前にあった。風に揺れる草原の中でその門だけが孤高のように佇んでいる。
「どこココ」
たしか、教室に居たはずだ。一年三組、一ヵ月過ごした俺のクラス。田舎の自称進学校(笑)なだけあって、そこそこ成績優秀な生徒が集まった、プライドエベレストな高山地帯。当然、教室内でも成績格差はあったわけだが。中の下位の成績でへらへらしている自分にはあまり関係はない。いやしかし、我がクラスは女子のレベルは高いな。それだけでもあの薄皮の下にブリザードを飼っています、みたいな薄ら寒い日常のやり取りに耐えられるというものだ。それで………、そうだ、あの組合長!商店街の福引みたいな恰好をしたあのふざけた野郎にわけわからん話をされて、なんかいきなり放り出されて落とされたのだ。
「え、なに。思い出せば思い出すほどわけわからん」
経緯も何も分からないが、とりあえず全員で落ちたはずだ。何故今は一人なのだろうか。いや、もしかしたらよく見たらそこら辺に生徒に一人や二人転がっているかもしれない。
とりあえず立ち上がりながらズボンを叩こうとすると、手元から何かがポトリと落ちる。不可解に思い地面を見ると、メモ帳の切れ端の様なものが畳まれて落ちている。それを拾いよく見ると、「本儀海路君へ」と書いてある。なんとなく見覚えのある字に、クラスメイトが書いたものだと察する。すぐにメモを開くと、そこにはびっしりと文章が書いてあった。
『本儀君、今君は一人で戸惑っていると思います。申し訳ない、事情があり、僕たちは先に白い門、あの商店街の福引を担当している組合長みたいな恰好の人曰く「象牙の門」を潜ります。本儀君も連れていこうとしたのですが、一度に二人以上は潜れないみたいでした。落下のショックで君だけ気絶して、一向に目を覚まさないのでどうしようもありませんでした』
君だけって余計じゃない?
『時間もなかったので仕方がなく、このメモを残します。たしかあの福引の人が「特殊な能力」が付くとか色々言っていたのですが、今認識しておくべきことは「一か月後、ポートレベッカで会いましょう」と言っていた気がすることだと思います』
気がするってなんだよ。
『一日待って君と合流できなければ、僕たちはとりあえずポートレベッカに行くので、君も来てください』
文章の書き方の節々に引っ掛かりを覚えるが、つまり、みんなすでにあの門を潜ったという事か。
改めて、白い門を見つめてみる。「象牙の門」と書いてあったが、きっとこれで間違いはないだろう。辺りには何もないし、非ッッッッ常に怪しい事極まりないが選択肢としてはこの門を潜ってみる他ないだろう。足踏みしていても事態が好転するとは思えないし、先に行ったクラスメイト達と合流できなくなってしまうかもしれない。ここは、一か八か潜ってみるしかない。
もう一度、目線をメモ帳に落とす。
『追伸 僕たちは化受園計画に選ばれたんだと思います。胸を張りましょう。』
そこまで読んでメモを畳み、ズボンのポケットに突っ込む。息を整えて、目の前の門を見据えた。考えている暇はない。こうなれば自棄だ。
一歩踏み出し、多少早歩きになりながら門に直進していく。勢いのまま門の格子を掴み、思いっきり開けて一歩門の中に飛び込んだ。
その時、ふと疑問が頭をよぎる。
あれ、なんでみんな俺を置いて行ったんだろう。文章にしたって、何だか言い訳じみていた。時間がないとかどうとか書いていたが、時間って——
はっと脳裏に組合長の姿が浮かぶ。
『今から30分以内にオーチャードにいらっしゃった方には、今なら特殊な能力だけでなく!身を守るためのお守りまでお付けいたします!』
つまり。あいつらお守りに釣られて俺だけ置いてけぼりにしやがった‼
「あんの薄情者共めがああああああああああああああ!」
その断末魔の様な叫びと共に、本儀海路の体は、眩い光に包まれていった。