女性の集い 〜お茶会編〜
2023/11/26 修正
数日後の昼下がり。
人口数千人の王都バハムルで唯一立派な建造物である迎賓館の一室。
この日、約束していたお茶会がここ迎賓館にて開催。
イシルディル帝国から遣わされたルシエル・メネリルとモルノア・テルメシルを迎える女性たちの集いである。
褐色の肌を持つダークエルフのルシエルとハーフダークエルフのモルノアを饗すはバハムル王国の初代国王となるシドル・メルトリクスに近い四人の女性。
バハムル王国が滅ぼしたエターニア王国の第二王女フィーナ・エターニア。
旧エターニア王国の三大公爵家の一つ、ミレニトルム家の長女のイヴェリア・ミレニトルム。
フィーナは長身細身の女性でありながら非常に豊かな二つの実りを持つ天衣無縫の美少女。そんな彼女が国を正すために自ら父の首を斬り血に塗れた姿は民の語り草となっている。
そのフィーナの左に座るイヴェリアは絢爛華麗な容姿を持つ凛とした美少女。女性としては背が高いほうだがフィーナほどではなく、そして、フィーナに負けず劣らずの恵まれた乳房が印象的。バハムルでは民に教育を施し〝先生〟と敬われている。
フィーナとイヴェリアは、いつも、フィーナが右でイヴェリアが左と何故か位置が決まっていた。この二人の女性とシドルは幼馴染で生まれたばかりの頃からの仲として今はシドルに寄り添い、二人の正妃として捉えられている。
客人扱いの二人の女性と旧王族と上級貴族のご令嬢というこの四人に、茶菓子を作り自ら配膳するのはソフィ・ロア。
それと、茶を煎れて給仕にあたるカレン・ダイル。
ソフィ・ロアは立派な乳房のお陰で細身だと言うのに中肉中背という印象。この中では最年長で婚期を逃したのは言うまでもない。一挙手一投足ごとに揺れる柔らかくて大きなその胸が目立つが、何よりも、年齢に見合わない可愛らしい顔が見る者を魅了する。
男爵家の令嬢で嫁ぎ先が決まっていないことから手が届きそうな女性ということで王都に住んでいた頃は言い寄られることもしばしば。
しかし、ソフィは冒険者組合の受付嬢と言う仕事が気に入っていたため応じることは無かった。
だと言うのに、ある日、登録に訪れた幼い日のシドル・メルトリクスを一目した頃からどことなく印象に残っていて、その後彼が気になって追いかけてバハムルに移住。
以降、シドルの傍に仕えてダラダラと時間を過ごし、完全に婚期を逃してしまった。
料理が得意なソフィと、同じく料理が得意なカレン・ダイル。
ダイル准男爵の爵位を継ぎバハムルに仕える少年らしい見た目の可憐な姿をしているが、剣を持てば威風凛々とした王国最強と評される美少女だ。
彼女も大きな胸を持っているが、普段は晒布で胸を押さえ付けている。
シドルがバハムルに追放されて一番最初に世話をしたのがカレンで、以降、シドルに忠義を強く誓う忠臣であることを心掛けた。
一時、フィーナに仕えていたが、その頃ですらシドルへの忠誠を隠すことをせず、それをフィーナが何故か高く評価している。
ソフィとカレン──特にソフィは妙齢ということもあり、多感な年齢のシドルのお手つきではないかというあらぬ噂が独歩。
そんな風評を他所に二人は見目麗しい〝シドル陛下の側仕え〟としてバハムル王国の美を象徴するものの一つとなっていた。
「本日はこのような場を設けていただき、感謝いたします」
お茶会の始まりの挨拶を交わした後、ルシエルが謝意を表す。
「いいえ。こちらこそ。とても良いもの戴きましたし、それに、長いお付き合いになりそうですから」
「私こそ──。長くお付き合いいただけることを望みます」
フィーナがルシエルの謝意に応えた。
「それはそうと、ルシエル様はこちらで領事館を設けるとお伺いいたしましたが──」
イヴェリアがルシエルに訊く。
「はい。この数日、領事館を建設する用地の選定を行いまして目処が立ったので予算の交渉を行っているところです」
「では、領事館ができるまではこちらで?」
「いいえ。私は領事館が出来たら居を領事館に移すつもりです。こちらのモルノアと一緒に──」
ルシエルが隣に座るモルノアの名をあげるとモルノアに視線が集まる。
モルノアは居た堪れない様子で手で胸元を押さえて俯いていた。
「あ……ああ──」
自分の名前が唐突に出てきて狼狽えたが、何とかと言った様子で声を振り絞る。
「はい──。私もこちらに当分、住む予定です。エル──ルシエルと一緒にということになりますが……」
モルノアはフィーナやイヴェリアと同じ年。
年齢が近いことからもっと打ち解けられる筈だとルシエルは考えていたが、モルノア自身は周りの女性たちの胸が皆立派で、自分だけが貧相だと薄い胸の奥で嘆いていた。
(シドル様はやはり、お胸が立派なお方が好きなのですね……)
その言葉が何度も反芻。
しかし、これだけの女性を抱えているのだから私にも機会はあるのかもしれないと期待を持つが、やはり──と繰り返す。
イシルディル帝国は衣服が薄いことから豊かな体型ほど見た目が綺羅びやかで輝いて見える。
男性の人気は凹凸に富んだ女性が占めることから、年頃のモルノアの自己肯定感を否定するものだった。
そういったわけで、久し振りの再会を果たしたシドルがモルノアの開いた胸元をチラチラと刺す視線が女性としてのモルノアを刺激していたのだが、やはりこうしてシドルの女性たちと言われる彼女たちを目にすると貧相な私ではやはりお目に適わないのかと落胆する。
それが居た堪れなさとなり彼女を俯かせた。
そんな彼女を見てルシエルは話題を変えることにする。
「そういえば、フィーナ様とイヴェリア様はシドル様とご婚約をなさったと伺ったのですが──」
ルシエルは行き違いで知らされていなかったシドルの婚約について確認を取った。
その問いにはフィーナが丁寧に答える。
「ええ。来年の収穫時期を終えたらシドルの戴冠式に続けて私とイヴがシドルの妻となる結婚式を行う予定です。イシルディル帝国にご案内をお送りさせていただきましたが、時期的にルシエル様は行き違いになったのでしょう」
「そうなんです。先日、姉から聞いて初めて知ったので驚きました」
「前回、お会いしたときにはお茶の席を設けていただきましたが、こういったお話をしませんでしたものね」
「あのときは、シドル様は戦時中でしたしお姉様がいらしたから、戦況の確認が主体で込み入ったお話はしませんでしたしね」
「とはいえ、以前、お伺いさせていただきましたときは様々にお気遣いいただきまして本当に助かりました。今でもとても感謝しております」
フィーナとルシエルは和やかに言葉を並べ、互いに語らった。
「お茶を煎れ直しましょうか」
そうして言葉が途切れた頃合いを見たソフィが一端、休憩を促す。
「それにしても、冬のバハムルがこんなに寒いものだと思ってもみませんでした」
仕切り直してルシエルが言う。
バハムルは高地にあり低地とは気候が異なる。
南に隣接し崖下にあるヴェスタル領よりもずっと冷え込みが厳しく、その崖下の領地と異なり雪が積もる豪雪地域。
これまでは交通量が少ないから崖を昇る峠が冬場は使い物にならず積もった雪に慣れたものでないと往来が厳しいためバハムルは孤立を深めていた。
今ではバハムルの断崖は人が多くなったからか、以前より道を覆う雪が減り、雪に慣れない者でも峠を越えるに耐える道路状況を維持している。
「私はここに住んでもうすぐ五年ほどになるけれど、この時期の冷え込みは本当に身体に堪えるわね」
ルシエルの声に応えたのはイヴェリア。
彼女は中等部の一年生の終わりに聖女と主人公の二人を相手に決闘を行い、シドルが誰にも勘付かれないタイミングを見計らってイヴェリアを拐い、バハムルに連れてきた。
それから生存を誰にも知られることなくシドルと共に過ごし、シドルが興国を宣言してからしばらくしてイヴェリアは親元に帰ったことで、彼女の生存が明るみに。
イヴェリアはシドルに拐われてからずっと、このバハムル高原の厳しい冬を越えてきた。
それでも身体に堪えるというのだ。
「確かに、私はバハムルを出るまで、こっちの冬がこんなに厳しいものだなんて知らなかったし」
イヴェリアに同意する趣をカレン・ダイルが続くのだが
「あら、カレン様は今でも袖も裾も短い衣服を好んできてるじゃないですか……」
ソフィはカレンの言葉に呆れ顔を向けている。
彼女の服装は本格的な冬を迎えようとしているのに肘ほどの長さのシャツに膝丈のスカート。
下着はフィーナやイヴェリア、ソフィが着けている厚手のものではなく帝国製の薄くてピッタリとフィットする涼やかなもの。
「やー、私、そんなに寒くないっていうか暑がりな方なので……」
そう言って誤魔化して、
「フィーナ様に仕えたばかりのころはあまりの暑さに鎧なんて着る気になれませんでしたし、騎士服も暑っ苦しくて……」
と、言葉が続く。
そのカレンの声に、フィーナがニコニコして揶揄う。
「カレンは『姫様、この服暑すぎて死んじゃいます』って言い出して次の日には騎士服を裁断して短くしてましたね」
フィーナに仕え始めたころのカレンは支給された騎士服が気に入らず、ズボンは太ももが露出するホットパンツに、ジャケットは七分袖に詰めた上に腰のクビレが出る裾丈と魔改造。
これが女性騎士に流行ったため選択式で正式な騎士服の一つとして導入された。
そんなカレンは帝国製の衣服を今はとても好んで着ている。
ともあれ、今、バハムルは寒いというのに、カレンの薄着は彼女たちの良いネタとなった。
居た堪れなくなったカレンは口を尖らせ、拗ねて見せる。
「そうですけどー。今、それを言わなくても良いのにー」
声にしてそれを表現すると、それがおかしかったのか、ルシエルとモルノアがくすくすと笑い声を堪えた。
「このような感じで、今日はお話できるようになれた良いなって思いますので、ルシエル様、モルノア様、どうか自国でご友人と歓談するのと変わらず、私たちと接してくれればと思います」
と、ここまでの話をフィーナは〆る。
それから少し、間が空き、フィーナが静かに新しい話題を言葉にする。
「ところで、ルシエル様とモルノア様は、どちらかが、或いは、どちらもかしら──シドルに嫁がれたいと思われているのですよね?」
唐突なフィーナの言葉にルシエルは一瞬、ピクリと表情を動かした。
モルノアは俯いてしまい、少しだけ尖った耳を朱色に染める。
フィーナの左に座るイヴェリアは涼しい顔で茶を啜り、茶の温かさに頬を緩め、カレンとソフィはにこやかにしていた。
元王女のフィーナに言葉を変えたのは皇帝の妹君のルシエル。
「そうね。正直に言うとそれが叶えば我が国としては最善。そう思っています」
ルシエルは一端、言葉を落ち着かせてから更に言葉を続ける。
「──ですが、私もモルノアもダークエルフの血脈にある長命種。ですから、今すぐにということでもありませんので、お気になさらずに」
と結んだ。
ルシエルの言葉に納得を示したのはイヴェリア。
フィーナは腑に落ちない様子を見せている。
「まあ、フィーナ。この話は今しても不毛なだけよ」
落ち着いた声で凛とした涼やかな声でフィーナを嗜めたのはイヴェリア。
「話は変わるけれど、バハムルでの生活はおいかがかしら? こちらは寒いですけれど、恐らく帝国に居るときよりも調子が良いのではなくて?」
イヴェリアは結婚の話より、彼女たちがバハムルでの生活に馴染めそうなのかが気になっていた。
バハムルは超高難易度ダンジョンであるバハムルの森の迷宮を抱えているからか、王国内でも魔素が濃密な地域。
それを身体で感じ取っているから、魔素が薄い地域に慣れた彼女たちにとって、ある部分では過ごしやすいと感じてるのではないかとイヴェリアは考えていた。
彼女たちはダークエルフと言うエルフの系譜にある精霊に連なる種族なのだから間違いないはずだ──と、それを確かめたくてルシエルとモルノアに確認。
「ええ、そうね。ここに来てからとても調子が良いわ。お姉様と精霊魔法で念話をしてもそれほど苦にならないのも不思議なの。もしかしてイヴェリア様はその原因をご存知で?」
答えたのはルシエルだが、モルノアも「私もここに来てから身体がとても軽くて調子がとても良いです」と言葉にしていた。
「バハムルはエルフの森ほどではないけれど、王国内の他領よりもずっと魔素が濃いのよ。エルフの血が濃ければ濃いほど、この地の恩恵は強いのではないかしら。精霊魔法を使うのにも、今までと違って魔力や生命力を使うことがないでしょう?」
「ああ、そういうことでしたのね……。魔素が濃いから空気中の魔素を取り込むだけで精霊魔法が使える」
「そう……。私はその他にもシドルの身から溢れる魔素を取り込ませて頂いてるからより一層ね。ルシエル様も以前、そうされたことがあったのでしたら、シドルから魔素をいただいてみてはおいかがかしら?」
イヴェリアはシドルの体内の血脈を巡って肺から外界に漏れ出る濃密な魔素を間近で、或いは、唇を重ねて摂取する。
特に経口摂取はシドルの魔素を最も効率良く取り込めた。
そうすることでイヴェリアは魔素を巡らせて自身の魔力を活性化する。そんな感覚を知ってしまったからこそ、イヴェリアは毎朝、シドルと唇を交わすことを欠かさない。フィーナ以上におはようのキスに拘った。
イヴェリアはシドルが他の女性たちと見知らぬ関係性を築くことは嫌うが、シドルの立場として必要なことであれば、女性との接触を咎めることはない。
むしろ、以前なら貴族の嫡男として──今であれば一国の王として、妻の一人に迎えることはあって然るべきだと、イヴェリアは考えている。
目の前の女性──ルシエル・メネリルという女性は、シドルが帝国の世話になっていたときに過ごした女性の一人で、シドルがバハムルに帰ってきたときに匂いを残した一人。それをイヴェリアはよく覚えていたのだ。
そのときにはシドルのもとに嫁ぐという覚悟があったはずなんだとイヴェリアは、その残り香から感じ取った。
今も彼女たちのその考えが変わらないのであれば、シドルとそういった関係性を発展させても吝かでない。
だから、イヴェリアはルシエルに薦めた。
『もしかして、知っていらっしゃたので?』
センシティヴな話になるかもしれないと声にすることが憚れたからルシエルは念話でイヴェリアに問い掛ける。
イヴェリアのただならない佇まいに、ハイエルフ並に精度の高い【精霊魔法★】を駆使してバハムルから遠く離れた帝都の様子を伺っていたのかもしれないとルシエルは憶測。だったら隠すよりも素直に答えたほうがイヴェリアの気分を害することにはならないんじゃないかと彼女は考えた。
『ええ。もちろん。直ぐにわかったわ。だからといって怒ったりそういうことはないのよ。むしろそうしてお近付きしていただいたほうが、私たちにとっての利点が多いもの』
利点。
というのはエターニア王国を引き継いだ新興国でしかないバハムル王国に帝国の後ろ盾がつく。
帝国にしてみたら濃密な魔素を持つ【召喚魔法★】を行使するシドルの子をもうけて、血こそ薄まってしまうがエルフとしての霊性を維持したいという望みを持っていた。
とはいえ、ここに来てみたら岩塩のみならず、様々な鉱床があり様々な金属が算出する。
ここで原料を得て帝国に送れば産業の活性化を図れる。
バハムルにはドワーフの技師がいて、彼らとそりが合わないかもしれないけど協働することができそうだ。
そうとなれば帝国から技術者を送ってもらってバハムルで採取する金属類を研究し、工業製品の開発が捗るのではないかと姉と相談していた。
「シドル様がよしなにしてくださるのでしたら、吝かではございません」
ルシエルは笑顔を作ってフィーナに見せる。
「そう。私としてはこの国の安寧にご協力いただけるならシドルに十分に言い聞かせておくわ。とはいえ、シドルは私とイヴに真面目すぎるのよねー」
フィーナはルシエルの言葉にそう返してから呆れ顔をしてみせた。
まるで同意を求める様相で。
「シドル様はお姉様が迫ったときも『お姫様たちに申し訳ないからこれ以上はご遠慮したい』っておっしゃられまして──」
口づけ以上の行為に及べなかった。
とルシエルは言葉に出しかけたが、
「皇帝陛下の直々にというのはちょっと──そこはシドルを褒めてあげたいところだわ」
フィーナが遮って返した。
「でも、それって皇帝だけじゃないのでしょう? 数人の女の匂いをつけて帰ってきたし」
というのはイヴェリアだ。
彼女の鼻はシドルが経口摂取で魔素を供給した数人の女性を捉えていた。
「それは、お母様と私のことね」
念話で話したのが台無しだ。
と思ったが隠しても仕方ないとルシエルは諦念。
「皇帝陛下本人でなければ私としてはいくらでも歓迎するわ。だって帝国から皇族に近しい方に来ていただけるなんてとても有り難いことだものね」
念話で話した通りにイヴェリアは自身の考えを口にする。
それはフィーナも同じ考えで、帝国と敵対関係にならない約束みたいなものだから新興国の立場上、そうして懇意にしてもらっていることを肯定的に捉えていた。
「そうおっしゃっていただけると私としてはとても気が楽です」
咎められなかったということにルシエルは安堵。
この点は旧エターニア王国の王侯貴族の価値観とイシルディル帝国の結婚感の違いでもある。
このお茶会では、そうした国の違いによる風習や価値観のすり合わせに役立った。




