薔薇の花びら
琴葉が学校からか帰宅すると自宅のポストに1通の手紙が入っていた。表に琴葉の住所と名前が書かれている。
「誰からかしら?」
裏を見るが差出人の名前がない。しかし手紙の開封口に薔薇の花びらが貼られている。
「お嬢様お帰りなさい。」
庭の掃除をしていた女中が話しかけてくる。
「お嬢様どなたからお手紙ですから?」
女中は琴葉の手の封筒に気づく。
「さあ、分からないわ。差出人の名前が書いていないから。」
「差出人不明の手紙なんて気味が悪いですね。薔薇の花びらはロマンチックですが。」
薔薇の花びら?琴葉には心当たりがあった。
「もしかして?!」
「お嬢様、どうされました?」
琴葉は声を挙げると女中が尋ねるのも無視し自分の部屋へと戻る。
部屋の鍵をかけると封筒をハサミで開ける。
「琴葉ちゃんへ
話は分かったよ。僕のせいで嫌な思いさせちゃったね。ごめんね。
琴葉ちゃんの言う通り戦争なんかなければ僕は今大陸で英雄だったかもな。だけど僕はなぜか今の自分を不幸には思っていない。だって戦争がなければ琴葉ちゃんとは出会ってないだろ。
僕が北京にいた時も親しくしていた少女がいたんだ。僕と同じ「ヨシコ」って名前で今の琴葉ちゃんと同じくらいの年の少女だった。僕のことをお兄ちゃんって呼んで慕ってくれていた。だけど彼女も君と同じように周囲から反対されて僕の前から姿を消した。
琴葉ちゃんのお父さんの判断は当然だろう。僕は日本人からは非国民、中国人からは裏切り者扱い。そんなやつと一緒にいたいなんて思う方が可笑しいだろう。でも、僕も琴葉ちゃんとお別れしたくない。もう誰かに裏切られるのは嫌だ。
もし琴葉ちゃんが嫌でなければまた手紙を書く。僕の名前は封筒には書かず、代わりに薔薇の花びらを開封口に貼って投函する。だから琴葉ちゃんも僕に書いてほしい。
それからもし僕の望みを叶えてくれるなら芳子様ではなくお兄ちゃんと呼んでくれないか?
昭和16年9月5日川島芳子」
手紙の差出人は芳子であった。
「やっぱり芳子様だったのね。」
芳子からの返事、そして自分といたいと思ってくれてたこと。それだけで嬉しかった。
琴葉は引き出しから便箋を取り出す。
「お兄ちゃんへ」
そう書こうとしたが消し再び違う文字を綴る。
「芳子様へ
芳子様からのお返事琴葉は嬉しい限りです。私は芳子様の前からいなくなったりしません。初めてお会いした時から芳子様のことを少女歌劇のすたあのような美しい方と思っておりました。それだけでなく、お優しくて、意志が強い薔薇の花のように高貴で気品ある方。そんな芳子様を慕うなという方が無理でございます。お返事も書きます。だからどうぞ落胆しないで下さい。
ただお兄ちゃんと呼ぶことには些か抵抗を感じてしまいます。どうかお許し下さい。ですがなんとお呼びしようと私の芳子様への想いは変わりません。
昭和16年9月6日 園寺琴葉」
お察しの方もいらっしゃいますがかつて芳子様と親しくしていたのはあの歌手です。
ちなみに芳子様は親しくなった女の子には自分のことを「お兄ちゃん」と呼ばせていたそうです。