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9.新体制を認めない者達は、自分達だけで手柄を立てて、自分達こそが長に相応しいということを認めさせようとしています

 ホーリーには毎朝している日課がある。それは兵舎の中庭で素振りをすることだ。そして今日も素振りをして汗を流していた。


「もうこんな時間か。今日はこれぐらいにしよう」


 顎を伝う汗を手の甲で乱暴に拭う。しかし、拭った側から汗が噴き出てくる。ホーリーは腹が外気に晒されるのを気にせず、服の裾を持ち上げ、汗を拭った。さっさと水を浴びたいが、その前に着替えを取りに行こうと私室に向かう。


 兵舎の裏口を開けると、目の前の長椅子に2人の影があった。


 1人は広げられた地図を黙々と見つめる白髪の老人。確か名前はダイハードだったか。ブローンはダイハードのことを、新しい考えを受け入れられない頑固者であると断じていた。


 もう1人は広げられた地図に指で示し、説明している髪のない中年。ビゴトだったはずだ。ブローンはビゴトのことを、ダイハードの弟子で師匠譲りの頑固者で、団長の言うことすら聞いてくれないと哀しんでいた。


 ダイハードがこちらに気付く。


「君は確か、そう、パイク」


「ホーリーです」


「…………何をしてるんだね」


「今から水を浴びようと思って、着替えを取りに行こうとしていました」


「そうか」


 名前を間違えられるのは良いが、どうしてパイクと間違えたのかだけは知りたいと思ったが、すぐに忘れてしまうだろうからもう気にしない。それに、あの2人はすぐに死にそうだったからな。








「ブローンが長なのが納得いきません」


「ダイハード様こそ相応しいと僕も思います」


「あんな懦夫では騎士団は潰れます」


 先程から滔々と流れ出るビゴトのブローンに対する文句に辟易していた。ダイハードは、ブローンの柔軟すぎる考え方には芯が感じられないことに反発しているだけで、人格まで否定しているわけではない。しかし、ビゴトの性格は想像を超えていった。ダイハードすら思ってもいないことを口にするのだ。人前では喋らせたくない。


 どうしようか考えを巡らせていると、玲瓏な声が割って入った。


「何か悪い企みでもしているの?」


 妖女が微笑む。ダイハードが計画を説明する。妖女は濡れ羽色の髪を揺らしながら首を傾げると、計画の肝の部分を答えた。


「部屋の歪みなら解錠したみたいよ」








 部屋はところどころ貫通しており、石材は焦げ、木材は良く残っているなという燃え具合。気を付けないと板を踏み抜いて落ちてしまうだろう。


 ダイハードとビゴトは慎重に突破すると、石材の廊下を進む。広い場所に出たかと思うと、道が3つに分岐していた。


「3つあるな」


「では、僕は左に」


 ビゴトが扉のノブを強く握り、思い切り捻る。しかし、開かない。


「ん?鍵がかかっていますね」


 ダイハードは無言のまま一番右の扉に手を伸ばした。


 ガコッ。


「…………」


「…………」


 最後の扉を開けてみる。


 がチャリ。


「ここだけか」


「そうですね」


 罠だと気付けなかった2人は魔窟へと脚を踏み入れた。








「魔王様」


「ん?」


「入りました。2人程」


「そう」


「手筈通りに真ん中だけ開けておきました」


「うん」


「他の者も準備は整っております。号令1つでいつでも動かせます」


「戦うの?」


「ああ」


「死んじゃやだよ」


「死ぬもんか」


「言っちゃやだ」


「逝かないよ」


「「「………」」」


「僕が戦うわけじゃないし」


「「「………………分かった」」」


「良い子達だ」








 突き当りが2つに分かれて、それぞれに扉がある。


「私は右に行こう。ビゴトは左に行け」


「分かりました」


 ビゴトは力強く頷くと、扉に手を伸ばした。


 両者ともに扉を開いた。


 両者ともに部屋だった。


 両者ともに、目の前に人がいた。








「私は<下無>(姑洗)ラサレイド。貴方良い体しているわね。ぜひ切り裂かせて」


 名乗りをあげた女は身をくねらせて、緒顔していた。ダイハードは目を細めて、少し半身になる。


「私はダイハード。悪いが一夜とて付き合う気はない」


 ダイハードは抜剣して、ラサレイドは少し先端の曲がった小刀を両手に装備した。


 何か合図があったわけではない。唐突にラサレイドが駆けだした。その速度は玄人のダイハードの目視できる速度のギリギリだった。少しでも視界から外れれば一瞬で切り刻まれるだろう。


「あはははははははははははは!」


 ラサレイドの嬌声が響く。楽しそうに、愉快そうに、嗜虐的に響く。両手を無造作に振り回し、ただひたすらに少し先端が曲がった小刀の斬撃が繰り出されている。ダイハードは剣で受け流すことで精一杯となっていた。


 まるで境界のような斬撃に手を焼く。剣戟の結界を凌ぐのに時間を使ってしまい、攻撃に転じることができない。踏み込むことができない。


 その時、なぜかビゴトのことが頭に浮かんだ。


 ビゴトが弟子になったのはいつ頃だったろうか。初めて会った時、ビゴトは今とは異なる戦い方をしていた。


 しかし、ふと気付くと、今までと違う戦い方を練習していた。なぜなのか疑問を持っていた。


 半年後、その疑問は氷解した。


 奴は私に憧れを抱き、私の戦い方を擬いてくれていたのだ。


 稚拙な剣技。幼稚な駆け引き。


 見るに堪えなかった。


 事情があり、1年兵舎から離れて生活していた。戻ってみると、驚嘆した。


 モノにしていた。そして、変わっていなかった。自分の剣技が。相手は変わっているのに、自分は変わっていない。


 その時だった、教えようと思ったのが。助言し、教示し、暁諭した。教喩され、示教され、指教された。


 私は成長できたのだろうか。


 ダイハードは受け身を止めた。


 肌が肉が骨が切り裂かれる。


 しかし、切り落とされない。神経もまだ無事だ。じわじわと嬲り殺すつもりか?


 興奮しすぎて痛みをあまり感じていない。剣を腰に溜め、敵を見据える。狙うは心の臓。するのは刺突。


 足元の石畳が剥がれるほど踏み切った。


 ラサレイドは2振りの小刀を器用に動かし、刺突を止めた。


 ダイハードは顔を歪ませる。驚愕から来るものではなく、力を込めたからだ。その表情を見たラサレイドは恍惚とした笑みを浮かべ、固まった。


 蹴りが入る。


 女の体が水平に飛び、壁に激突した。ラサレイドは何かに目覚めそうになる。何か気持ちいい。


 追撃でやって来た横薙ぎを、小刀で受け止める。ダイハードはそれを読んでいたかのように左拳を、朱に染まっている頬に叩きつけた。


 衝撃で手から小刀が落ちる。ダイハードの刺突が再開され、左肩を穿つ。骨に阻まれ、貫通はしなかったが、ラサレイドには相当の激痛が走った。


 ラサレイドは少し特殊な性癖に目覚めた。


 何度も殴打され、その振動は部屋全体に響いていく。








 部屋が揺れた。








「オラは<双調>(仲呂)のサフォケイト。オラの相手とは、オメー、運の尽きだぜ」


 ホーリーであれば、名乗られた瞬間に勝負をつけにいっただろう。もしくは全力で逃げた。


「僕はビゴト。運の尽きは君の方さ」


 ビゴトが猛然と剣を構えた。サフォケイトは大盾の陰に身を隠した。ビゴトの眉間に皺が刻まれる。じりじりと距離を詰めるが、サフォケイトは動かない。ビゴトが剣を振るうが、サフォケイトは完全防御だ。サフォケイトは大盾に器用に隠れており、剣撃が通らないのだ。


 ビゴトは気付けない、自分の息の上がり方に。その上がり幅に。


「はぁはぁ」


 少し距離を取り、剣を地を突き、体を支えて、肩で息をしている。汗が異常に出ている。眩暈がして、手先は少し変色し始めている。軽い窒息状態に陥っていることはビゴト自身にも分かった。


 深呼吸をしようにも浅い呼吸しかできない。意識が消失した。


 大盾から体を出し、敵の状態を確認する。サフォケイトの顔には何かの器具が装着されていた。器具からは管が伸びていて、背中の容器に繋がっている。自身が窒息しないための措置である。


 器具に遮られ、くぐもった声が響く。


「残念だったな。ビゴトだったか?ま、応えねェよな。オラの超能力は窒息死させる空間を作り出すことだ。馬鹿みたいに動いてくれたおかげで、早くに終わったぜ。あんがとよ。ここで扉を開けてったら、空気が入り込んで蘇っちまうかもしれねェかんな。溢血点が出てくるまで待つか」


 呼吸困難を起こし、痙攣し、のたうち回るビゴトを見下しながら嘲笑する。


 ビゴトは失禁し、脱糞した。


 臭いが伝達するための空気が少なく、さらに口に器具を装着しているサフォケイトには届かない。


 悶え苦しみながら動かなくなっていき、呼吸が停止していく。徐々に喘ぎ呼吸に移行していく。


 程なくして、動かなくなり、心臓が止まる。


(容器内の空気の残量が少なくなってきているな。粘った方か)








 部屋が揺れた。

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