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8.こちらの弟子と敵の弟子の戦いがようやく決着したが、被害が大きかったのはこちら側の弟子のようで、敵の弟子は味方の温かさを味わった

「何よ、皆してアベイトアベイトって頼っちゃってさ。もっと御師様や私だって頼ってくれたっていいじゃない。そんなに私達って頼りないのかな?それとも顔?」


 文句を呟きながら歩く天才美少女魔法使い(自称)ウィッチはとある屋敷を目指していた。その屋敷は過去、地下に溶岩湖を作り、左奥には空間の歪みがある部屋を持つところである。


「アベイトは回復系統の魔法しか究めてないから、歪みに気付けてもその正体を見抜けなかったのよ」


 事実と私怨の織り交ぜられた事を言いながら、屋敷の門をくぐった。


「そういえば歪みのある部屋ってどこだろう」


 ウィッチは眉根を寄せながら足を動かす。部屋の位置は知らないが、知っているかのように足が赴いた。


 誰かに教えてもらったように。


 誰かに呼ばれるように。


 誰かに誘われるように、赴いた。


 不思議だ。初めましてのはずの空間なのに場所が分かる。これがデジャヴュというやつか。どこに結界があって、どこに歪みがあって、どこに向かえばいいのかが解る。


「アウフシュリーセン」


 半ば無意識に開錠の魔法を使う。水の入った袋が弾けたように、空間が撓み割れた。壁がなくなり、廊下が現れた。木造の屋敷とは違い、石造りの無機質な廊下だ。物々しい雰囲気を放ち、余所者を拒むように存在している。冷たい空気が流れてきて、どこか嫌な想像を掻き立ててきた。


 生唾を飲み込む音が妙に大きく響いた。誰かが反応してしまったのではないかと周りを確認する。


 何もない。しかし、体が上手く動かない。末端が震え始めて呼吸が乱れていく。実はウィッチの実践はこれが初めてだ。訓練の時とこんなにも違うのか、と涙目になる。部屋に蹲り、目を閉じた。頬を涙が流れる。


 靴と廊下が接する音。


 ウィッチの動きが、呼吸が、時間が止まる。


 細く長く息を静かに吐き、呼吸を整え心臓を落ち着かせる。手を開閉させて覚悟を決めた。


 靴音が近づいてくる。


(あと5歩で仕掛ける)


 カツッ。


 師であるエンチャントレスは魔法の知識だけではなく、戦い方も教えてくれた。


『いい、ウィッチ?貴方は間違いなく天才よ。だから驕っちゃいけないの。負けたら意味ないのだから。堅実に、勝てるように立ちまわるのよ。どれだけ準備して、どれだけ手段を用意できるか、よ』


 カツッ。口の中に溜まった唾を飲み込みない。音が出てバレてしまう可能性を危惧したのだ。


『相手にバレていないなら、奇襲でも仕掛けちゃいなさい』


 カツッ。目を瞑り、必死に心臓を抑え込む。


『魔法使いの戦いはね、どれだけ判断を迷わないでできるか、よ。相手が魔法使いなら、無計画ではテンパるわ』


 カツッ。必死に頭を回転させて解決策を探る。


『無計画はオススメしないけど、そういう状況になっちゃったならしょうがない。テンパっても勝てる手を探すための時間を作るのよ。相手よりも、ね』


 カツッ。もう距離がない。攻撃の範囲内に入った。


 カッと目を開き、右の五指を広げ、敵に相対する。自分と同じくらいの身長の女性。少し躊躇いそうになる。しかし、女性の服装、持ち物は魔法使いのそれ。


 判断は一瞬、行動は刹那。


 相手の女性が杖を構えようとするが、もう遅い。


「ブレンネン!」


 廊下は爆炎に包まれた。








 城が揺れる。








 赭の拳闘士は天を見上げる。


「あんだ?ソーサレスか」








 黒髪赤目の青年は木造屋敷の方を見る。


「何か始まったな。争いか?」








 色の抜けた綺麗な白髪の老人は瞑目する。


「…………成る程」








 空色鼠の女性は舌なめずりをする。


「あの娘が戦うのね」








 魔王は取り巻きの女性の一人を胸元に抱き寄せる。


「そろそろかな?」








 煤竹色の青年は異変に気付いた。


「ソーサレスちゃんが危ねェ」








 煙が晴れていく。


 大爆炎を引き起こした本人は、部屋の中のテーブルに身を隠しながら様子を窺う。


 煙の中の影が映る。


 肩で息をしている。


 しかし、無傷。


 ウィッチは目を張った。


(あの威力で無傷?ありえない。最高威力ではないけれど、遉におかしい。駄目だ。冷静さを損なうな、ウィッチ。考えろ。考えられるとしたら魔道具か?)


 ウィッチは改めて、敵を視る。そこで一つの事実に気付いた。敵のしている装備のうち、嵌めている指輪の一つが壊れている。つまりは身代わり。そこを攻める。


 咳き込んでいた相手が涙目で睨みつけてくる。


「よくも」


 敵はプルプルと震えながら、恨みがましく言ってくる。


「よくも不意打ちをしてくれましたね。遉に焦ったわ。貴方は誰なのかしら?姿を見せなさい。私は<神仏>(無射)のソーサレス」


 ウィッチは姿を見せた。ソーサレスはこんなにも素直にあっさりと姿を見せるとは思っておらず、思わず目を丸くしてしまう。ウィッチはそんなこと関係なしに魔法を放った。


「フォイアー!」


「ッ!?アイスツァプフェン!」


 炎魔法に対して咄嗟に氷魔法を合わせる。氷が解けて蒸気になり、視界が狭まった。ウィッチはそれを利用して、四指に溜めていた炎魔法を放つ。


「フォイアー!」


「ッ!?ヴァ~~~ッ!!」


 魔法を唱えさせる暇を与えずに着弾する。体から煙を出しながら丸めるソーサレスを見て、ウィッチは油断しない。ヴァントの魔法を発動できるように準備しておきながら、攻撃の魔法も準備を始める。


「……ツァプ」


「?」


 何を呟いたのか、聞き取れなかった。ウィッチは眉根を寄せ、訝しむように顔を覗き込もうとする。


「フェン!」


 急に顔を上げたソーサレスが氷魔法が放たれる。


「ヴァント!」


 ウィッチは目を見開き、用意していた魔法を発動させる。壁が出現して氷魔法を防ぐ。しかし、それを分かっていたかのように、ソーサレスはミュルペを紡ぐ。壁が崩れていくのが理解でき、テーブルに隠れる。


 判断は一瞬、行動は刹那。


 ウィッチは呼吸を整える。今よ、と頭の中の師匠が合図の声が聞こえた気がした。


「フェアブレンネン!」


 今度は爆炎どころではなく、大爆炎に包まれた。








 城が揺れる。








 丹色の拳闘士は鼻を鳴らす。


「ハッ!景気がいいなァ」








 藍墨茶色のローブの男は疑問を口にする。


「誰と誰の争いだ?」








 勝色の男は呟きを口ずさむ。


「良い魔力だな」








 承和色の髪の人形遣いは作業を止め、顔を嫌そうに歪める。


「揺れが大きくて、細かい作業ができない」








 賢人であり哲人である男は、本から顔を上げ、奇しくも信愛なる者と同じ感想を抱く。


「そろそろですね」








 新橋色の髪を揺らす回復係は荒れた。


「さっきより強い揺れ!?震源はどこ!?被害状況は!?私はどうすれば!?い、行かなきゃ!?」








 煙が完全に晴れる前、ウィッチはシュトラール・プファイを行使する。生み出された光の矢は煙を貫き、ソーサレスに迫る。


 残りあとわずか。死を悟ったソーサレスは走馬灯を見た。








 ソーサレスは非凡であった。才能がない方で。


 間違っても魁傑ではない。だからこそソーサレスは天才に憧れ、魔法を習った。それから3年経った頃、ソーサレスは怪傑に出会った。


 貴族然とした立ち居振る舞い。名を告げず、顔には仮面。素人眼でも解る、蘊奥に位置する魔法。


 ソーサレスは端的に言えば魅せられたのである。


 3年ほど通い続けた結果、魔女の名前はハグだと教えてもらった。ソーサラと共に弟子として認められた瞬間である。


 16歳の頃、ハグから好敵手の存在を聞かされた。


 名はウィッチ。


 今、目の前にいる少女と同じ特徴を教えてもらった。ということはこの少女がウィッチ。やはり凡人にも満たない者の努力など、天才には届かないのか。


 目は閉じない。今の光景を目に焼き付けるのだ。ソーサレスは負けを記憶しようとした。








 襟首を掴まれ、後ろに投げられた。








 限界まで目が開かれる。映るのは煤竹色の髪。


 <断金>(大呂)のフリント。


 自分に好意を寄せ、それを隠そうとしない男。不覚にもキュンと来てしまった。


「大丈夫だか?」


「は、はい。貴方こそ大丈夫なのですか?」


 光の矢はフリントに直撃している。自分の所為で死なれるのは遉に嫌だ。


「そ、ソーサレスちゃんに心配してもらえるなんて、幸せだな。おいらは硬いから平気だ」


 照れて、頭の後ろを掻いた。


 ウィッチは焦っている。2対1はマズイ。ウィッチの素直な感想だ。唱っている途中に邪魔をされたり、唱っている人を庇われたら勝ち目はない。手は決まった。逃げに徹する。


 ソーサレスとウィッチは右手を突き出した。


「アイスツァプー」


「クヴァルム!」


「-フェン!」


 煙により視界を遮り、形振り構わず逃げる。氷槍が肌を掠め、傷付けていくが、気にしていられない。止まったら死ぬ。


 ウィッチは辛くも敗走した。








 ウィッチは兵舎へ帰ると、そのまま息を荒らげながら執務室へと駆け込む。


「ウィッチ?どうした!?その傷は」


「歪んだ部屋、解錠しまし…た…………」


 伝えることを伝えると、ウィッチは意識を手放した。ブローンは中途半端に席を立った状態から意識を取り戻し、ウィッチの体を抱えた。そのまま執務室を出て、師匠の下へと運んでやる。エンチャントレスは初め驚いた顔を見せたが、すぐに澄まし顔になった。冷静さを演出してブローンの話を聞く。ブローンはウィッチから聞き出した事情を掻い摘んで説明する。そう、と鷹揚に頷いたエンチャントレスは、ウィッチの体を引き取った。








 ウィッチが目を覚ますと、そこには見慣れることのない紋様の描かれた、見慣れた天井があった。いくつもの魔法陣が重なって描かれた、見ていると目を回してしまいそうな紋様だ。よく気を失ったウィッチが担ぎ込まれた御師様の部屋だ。


 首だけを動かして周りを見渡すと、何らかの作業をしている御師様の背中が目に入った。目にしているだけで心が休まる。目を細め、御師様の背を見続ける。


「おはよう」


「お、おはようございます」


 急に話しかけられ、ウィッチの目が見開かれる。手を当てていないのに心臓の鼓動が感じられてしまう。


 材料がなくなったのか、エンチャントレスが棚に向かおうとする。その際にニコリと笑顔を向けた。


「目が覚めたのなら言ってくれればいいのに」


「いえ、御師様の邪魔はしたくありませんでしたので」


「そう」


 エンチャントレスは一拍置くと、お説教形態に変化する。


「何で、怪我をしたのかしら?」


 幾度となくお叱りを受けたウィッチにはどれほど起こっているのか分かる。これは、マジだ。


「敵と戦っていたからです」


 余計な事を言えば、その分お小言が増えるので言わない。コレ基本。


「何処で?」


「…………空間の歪んでいた部屋で」


「何で、一人で行ったの?」


 一層底冷えした声にウィッチは声を失う。無理矢理感情を押し殺したような御師様の態度に、ウィッチは動揺してしまった。


「…………自分の力を誇示したくて」


 恐る恐る御師様を見ると、目尻に涙を溜め、何と言っていいのか分からないといった表情をしていた。


「…………特別訓練をしてやるからな、馬鹿」


 消え入るような声で聞き捨てならないことを呟き、部屋を出て行った。ウィッチは布団の一点を見つめ、反省する。


 後日、ウィッチは隊の意向を無視して暴走したとして謹慎処分を受けた。その間はずっと隣にエンチャントレスがいた。








「重くない?大丈夫?」


 大規模な炎魔法を受け、足を怪我したソーサレスはフリントに負ぶわれていた。


「オイラは力持ちだし、ソーサレスちゃんは軽いからなんてことァねェ」


 何て頼もしいのだろう。今は存分に甘えてやろう。ソーサレスはフリントの太い首に腕を回し、体の密着度を上げる。フリントが困惑した情けない声を上げているが、絶対に緩めてやらない。むしろもっと密着してやろう。


 廊下の奥から走ってくる新橋色の少女が見えた。その少女が2人の姿を捉えると、すぐに横たえられるように布地を敷いた。その上にソーサレスを横臥させ、回復を始める。


 背中の柔らかい感触が消えたからか、フリントは嬉しそうな悲しそうな顔をしている。相変わらず、揶揄うのが面白い人だ。


 ソーサレスは目を閉じて、アレイの回復に身を委ねた。

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