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6.前哨戦が終わったのは良いが、敵は会議を通じて本気で王国軍を潰そうとし始めました

 セイバーの勘は合っていた。セイバーの細剣がラーヴァの右肩を貫いた。まったくの予想外だったのか、ラーヴァは目を丸くして細剣を見ている。


「は?え?」


 ラーヴァの脳内での処理が追い着く前にラーヴァの右肩を切り飛ばした。


「ああああああああああああああああ!!?」


 ラーヴァは右肩を押さえて叫び散らす。


 セイバーは右腕が落ちていった大穴を覗く。ラーヴァの腕は未だに溶岩を出し続けている。腕が融け、骨が見えてしまっていても溶岩は出続けていた。すでに大穴は溶岩だまりになっている。


 セイバーが内心戦慄していると、背中に衝撃が与えられた。


 ラーヴァに体当たりされて、押されたのだ。


 セイバーが大穴に落ちた。








 怒りに身を任せた剣は大上段に振りかぶられやすい。フローステッドは類に漏れず大上段に剣を振りかぶった。そこを見逃すことをするはずがなく、ホーリーはフローステッドの両腕の神経と両頬を切る。構えたまま目を丸くした。


 フローステッドの手から剣が落ちる。わなわなと震えながら両手を顎に当てた。すると、突然その顎が外れた。


 ホーリーは警戒して少し距離を取った状態で剣を構えた。


 フローステッドの口から冷気が出てきた。漏れ出た冷気が地表面の温度を下げていき、霜を生み出していく。冷気へ無防備に晒されたフローステッドの体は、徐々に凍っていき、白んでいく。そして、凍ったフローステッドの体が砕けた。








「何にもないな。アイツらに情報を持って来いって言って手前、何の情報もなかったなんていう情報を持って帰るのは気が引ける。…………ん?天井の方が涼しいな。床側は暖かい。何が起こっているんだ、この屋敷は」


 男は溜息を吐き、頭を掻くと、探索を再開した。








 セイバーは咄嗟にサーベルを壁に突き刺し、即席の足場を作り、柄を蹴り、大穴の淵に手をかける。何とか穴から脱出することに成功したが、武器を失った。セイバーは苦い顔をして、手に力を込めて上がった。そして、すぐに腰を低く落とす。


 ラーヴァは血走った眼で敵を見据えていた。こちらを目視した瞬間に突進してくる。穴を物ともせずに飛び越えようと踏み切った。


 セイバーはそこに照準を合わせて、慣れていない両脚飛び蹴りを食らわせた。


「ぐぎゃ!」


 ラーヴァはセイバーの全体重の乗っかった両脚を顔面にまともに受けた。反動によってセイバーは穴の横に伏せ、空中で勢いを失ったラーヴァは穴に落ちた。


 ラーヴァは大穴の壁に指をかけようとするが、止まることなく引っ掻くことになり、爪が剥がれた。そして、セイバーの残した細剣の柄を掴み取る。


「くそっ!くそ、くそ。セイバーめ。セイバー!セイバー!!セイバーっ!!」


 腕の力だけで上がろうとするが、その前にセイバーの細剣が壁から抜けた。


「ぬぁあああああ!!?」


 ラーヴァは溶岩の中に落ちた。セイバーはそれを見届けると、ホゥと一息ついた。そこではたと気づいた。そういえば、情報を聞き出していない、と。








 火の木の鐘が鳴る。


 前庭にて、ブローンが声を発した。


「私の方に有益な情報がなかった。団長が真っ先に何かを持ち帰るべきなのだろうが、済まない。お前達の方はどうだった」


 ブローンの問いに最初に反応したのはプラダ―だった。プラダ―が申し訳なさそうにしながら話し出す。


「僕達の方も何も見つけられませんでした」


「フム。アベイトは?」


「空間の歪みみたいなものは感じましたが、詳しいことは何も。どこが発生源なのかも不明のままです」


「そうか。他の組は?」


 プラダ―はアベイトの補足に目を丸くした。そんなこと一言も聞いていない。なぜ隠していたのだ。ブローンは気にせずに先を促す。次に反応したのはパイクだ。


「こちらも何も」


 ものすごく落ち込んでいる。かなり悔しそうな顔をしているが、そんなに自信満々だったのか、とホーリーは訝しんだが、セイバーは無反応だ。パイクのことなど気にせずに自身の報告に移る。


「私の方は<勝絶>(夾鐘)のラーヴァというのがいたわ。それ以上は何も」


「倒したのか?」


「もちろんよ」


 報告を終えると、セイバーはアベイトのところに向かった。回復をしてもらいに行ったのだろう。


「最後はホーリー」


「はい。<平調>(太簇)のフローステッドというのがいました。称号持ちがあと何人いるのでしょうかね」


「そうだな。あと2,3人ならありがたいが、10、15人となってくるとキツイな」


 十二律を考えるとあと8人だが、それを伝えるのが面倒だ。なぜ知っているかを聞かれたら、うまく誤魔化せる自信がない。誰も知らないのだから知らないふりをしている方が得策だろう。








 ペタッペタッと石畳を歩く音が廊下に響く。男は眠たそうに欠伸をして、頭を掻いた。


 すると、後ろから声が掛けられる。


「サヴィヂ様。神将会議でございます。御出席をお願い致します」


「あ?議題は?」


 サヴィヂは後ろから近づかれていることが分かっていたので何も驚かない。しかし、神将会議だと聞かされた途端、あからさまに機嫌が悪くなった。神将会議は堅苦しく、サヴィヂの肌に合わない。しかし、出席しないと後でぐちぐち言われるので、仕方なく出席を決意する。


「議題は王国軍との均衡が破られたこと、です」


「はいはい、そォかよ。伝令ご苦労さん、メッセンジャー」


 サヴィヂがひらひらと手を振って感謝を述べる。しかし、後ろにもう気配はない。メッセンジャーと呼ばれた少女ははいはい、と言ったあたりでもうすでにいなくなっていた。サヴィヂは気付いていたが、感謝はする。それがサヴィヂという男だ。


 しかし、メッセンジャーほどの速度があれば、匕首を持たせた瞬間立派な暗殺者になるだろう。強さだってきっと上位に食い込める。その機会を奪ってしまった本人であるサヴィヂはその事実を再認識し、苛立たし気に舌打ちしながら会議室に足を向けた。








「神将会議を始める」


 セイヂは卓に両手をついて立ち上がり、音頭を取る。


 しかし、人数が足りない。


 神将会議は魔王と参謀、十二神将の計14人が出席する。しかし、今ここにいるのは12人。2人足りない。サヴィヂは規律を守らない奴が許せないので、ぐるりと円卓を見渡して、セイヂに質問する。


「おい、パームはどうした?あのガキ欠席か?」


 サヴィヂの質問に、セイヂが顔を見て答える。


「彼女なら諜報活動中だ」


「待たなくていいのか?」


「あぁ、まだ帰ってこれそうにないようだからな。よし、始めるぞ」


 すると、サヴィヂがまた質問する。


「魔王はどうしたんだよ。神将会合じゃなくて神将会議なんだろ。何でいねェんだよ」


 サヴィヂは魔王が嫌いだ。見た目がものすごく不真面目で、言動はもっと不真面目である魔王はサヴィヂの対極に位置しているため、サヴィヂはかなり嫌っている。とはいえ、命の恩人であるため、サヴィヂは魔王に仕えている。恩を返し終わったらきっとすぐに立ち去るだろう。


 セイヂの血管が一気に浮き出た。


「このようなことに魔王様の御手を煩わすなど、あってはならぬことだ!」


「何のための会議だよ」


「今度こそ始めるぞ」


 サヴィヂの呆れは無視された。サヴィヂは鼻息を漏らしながら机に肘をつき、手の底に顎を乗せた。魔女はその光景をニヤニヤしながら見つめていた。


「今回集まってもらったのは他でもない。王国軍が均衡を破ったのだ。均衡を保つ間、我々は強兵を行ってきた。我々ならば勝てるだろう。しかし、十二律のランキーがやられている。戦う相手を見定め、叩く相手を考え、潰す相手を誘導するのだ。いくら勝てる相手とはいえ、相性というものが存在する。悪ければ負けもあり得るのだ。そこで戦略を考えようと、皆に集まってもらったのだ。


 1人が手を挙げた。剣呑な雰囲気のまま出席している男にセイヂが少し気圧される。


「キル」


「あぁ、ランキー?は単騎だったのか?複数だったのかは分かるか?敵の大まかな指標が欲しい」


 キルの質問にオイスターという老人が賛同する。綺麗な白髪をしているオイスターが机に肘をつき、指を組んだ。


「私も気になる。戦略が練れないからな」


 空色鼠の髪の魔女が発言する。


「エンチャントレス。あの魔女を任せない。あの性悪女、ぶっ殺してやるわ」


「そ、そうか。誰か異議があるか?」


 全員が関わりたくなさそうに目を逸らした。誰か何か言えよ、という空気も流れない。


 そのまま会議が進む。そして、数時間が経ったとき、サヴィヂが噛みついた。


「おい、セイヂ。何で、魔王を呼ばなかった。聞いてりゃ聞いてるほど、滅茶苦茶重要じゃねェか」


 会議が終盤に差し掛かった時、サヴィヂが首に手を当てて言う。セイヂの血管が再び浮き上がる。


「聞いていなかったか?言っただろう。御手を煩わせたくないのだと」


「聞いたけどよォ。魔王が知らないって問題じゃね?もはやこれ、”反乱”だろ」


 セイヂがキレた。堪忍袋の緒が切れたようだ。


「貴様!何を言っている!だから貴様は!思慮が足りない!!」


「そういうテメェは裁智が足りねェ」


 目線で火花が散っている。出席者達はまた始まった、と呆れ始めた。


 キルが席を立ち上がる。


「もう会議は終わりだな」


 キルは円卓に置かれていた紅茶を飲み干し、会議室から立ち去った。


「ハッ!本物の賢人ならこんな簡単に冷静さを欠かねェよなァ」


 高笑いを残してサヴィヂが会議室から消えた。


 プルプルと反論できずに体を震わせたセイヂが円卓に拳を叩きつけた。


「クソッ!解散だっ!」


 セイヂは会議室の奥に消えていった。残された人達は互いの顔を見て失笑を溢した。








「あぁ、熱くなりやすいのはオレの悪い癖だな。クソッ!」


 ペタリペタリとサヴィヂの廊下を歩く音が響く。


「あれ?サヴィヂさん。どうしたんですか?」


 後ろから機会を計って近づいて来ている癖に、何偶々ですみたいな声を出しているのだ。声の主を見ると、丹色の身体と花紺青色の髪をした男が歩いて来ていた。


「あ~~~。…………ヴァンダルか」


「今、名前忘れていただろ」


「そんなことねェよ?」


 棒読みだったが、ヴァンダルはそこに触れない。ヴァンダルがニヤニヤとサヴィヂを弄り出す。


「落ち込んじゃってよォ、らしくねェ。野蛮人なんて相応しくねェ」


「…………野蛮人なんて自分から名乗ったことねェからな」


「ならくれよ。その<称号>を」


 サヴィヂは呆れ顔になる。


「そんなに<真達羅>が欲しいのか?」


「当たり前じゃねェか!<鳧鐘>(蕤賓)と<真達羅>じゃあ、文字通り、格が違う。生活が違う。扱いが違う!」


「欲しいならくれてやるよ。そこまでオレは固執してねェからな」


 思わぬ提案にヴァンダルが色めき立つ。もし手に入るなら思わぬ収穫だ。


「じゃあ、くれんのか?」


「だけどな、まぁオレだってこの地位を実力で奪い取ったんだ。欲しけりゃオレから手に入れるんだな」


「ブッ潰す!!」


「いいぜ、来いよ」








 ヴァンダルは天才だった。


 生まれ育った故郷は拳闘士の郷である。拳闘士は生まれつき身体能力が高く、男女も大人も子供も問わず、身体が強い。鍛え鍛え鍛え抜かれた身体は、並の攻撃では傷すらつけられない。剣でも銃でも何でもだ。


 ヴァンダルは郷の中で一番強かった。


 ヴァンダルが増長するのは必然だった。


 しかし、井の中の蛙だった。


 ある日、郷に客が来た。


 爛爛とした眼光、鍛え上げられた赭の胴は、男が同族であることを直感させた。


 この特徴に加え、鉄紺色の髪が男の名を知らせていた。


 サヴィヂ。


 拳闘士の中で知らない人はいないとされるほど、強いことで有名な三大拳闘士の一角だ。


 刀禰が前に出る。


「何の用かね?」


「バーリは在るか?ハンクは在るか?」


 名を呼び始めた。何のために呼んでいるのか分からないが、呼んでいるのは郷の中でも強いと評判の者だ。


「アロガントは在るか?ラスカルは在るか?ブレイカーは在るか?ブロールは在るか?そしてヴァラは在るか?」


「その者共に何の用だ」


「この者達は魁傑にして怪傑だと聞いた。拳闘士が闘いたいと思うのは自然なことだろう?」


 ヴァラは武勇に優れた三大拳闘士の一人だ。選ばれるのは誰もが納得できる。他の者達に対してだけは、待ったをかけた男がいた。


 それが天才ヴァンダルである。


 ヴァラの実力は認めているため、誹りはしない。しかし、他の者達よりヴァンダルの方が強い。にもかかわらず、呼ばれた名前の中に自分がいないことに怒りを覚えた。


「おい!テメェ何でオレが入ってねェんだよ!!」


「あん?誰だ、お前」


「オレはヴァンダル。ここにいる奴等よりオレの方がずっと強ェ!」


 サヴィヂは値踏みする様にヴァンダルの姿を見る。


「何で?闘えば分かるだろ?何で襲ってこねェんだよ。来いよ」








 ペタッペタッと廊下に歩く音が響く。


「まだまだだな、ヴァンダル」


 一つ溜息を吐く。


「……強くなってんじゃねェかよ」


 拳闘士は少し口角を上げ、月を見上げる。まだ少し熱を持っている左腕を持ち上げ、拳を握った。


 増長していた頃と奇しくも同じ構図で倒れた拳闘士は月に向かって右手を伸ばす。右手で月を掴む様に拳を作り、その拳を胸に引き寄せ、ジッと見つめた。


「オレは…………強くなってんのかな」


 目をゆっくりと閉じて、考える。


「いや、強くなっているんだ、オレは。サヴィヂ、強ェなァ…………」


 眼を細く開け、月を見つめる。


「「また、闘いてェなァ…………」」

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