5.これは団長がおかしいというよりは、人手不足が故に起きた事件である
屋敷の中は見た目以上に広かった。それは紙燭では照らせる範囲が狭いが故の感情だ。玄関からでは壁を一部しか照らせておらず、広さを正確に観測できない。
「隠し通路があっても気付けるか心配ね」
セイバーの文句に皆が賛成した。自分の手元近くしか見えないので、隠し要素は見逃してしまいそうだ。いくら照らしてもくまなく調べなくてはいけないだろう。暗すぎてハイドのような者がいても気配を感じ取れなくては気付けまい。
「右、左、奥、上。誰がどこに行くか」
「私、奥」
「あ、オレも奥で」
「じゃあ、オレは上を」
「僕は左に」
「私も左」
「じゃあ、私は右かな」
ブローンの問いに対して、セイバーは即答し、パイクは片思いをする女の尻を追いかける。ホーリーは甘い展開を嫌い、それを避けるように上を選択した。プラダ―もそれを察して答え、アベイトは好きな人を追いかける。ブローンは残りの場所を選ぶ。
「明日の火の木の鐘の音の頃に前庭に集合だ。最優先事項は情報だ。敵と出会っても無理して戦うのではなく、情報を持ち帰るように動け。特にホーリー。お前は一人しかいない。そのまま行かせるのは団長として問題のある判断だが、人材不足を嘆いてくれ」
「分かっています。無茶はしません」
まぁ、戦わないとは言っていないが。
その心の内を察していないのか、ブローンが口角を上げて頷いた。
「いやー、セイバーさん。2人きりっすね」
「……」
「休日とか何して過ごすんですか」
「……」
「いやー、さっきの剣技速かったですね」
「…………」
先程からこの調子の同行者をどうしたらいいのかさっぱり分からないセイバーは、表情には出さないものの、結構イライラしていた。
すると、分かれ道が現れた。
これはチャンスだ。セイバーはパイクの意思など確認することなく、選択肢を押し付けた。
「貴方は右ね。行ってらっしゃい」
言うだけ言うと、振り返ることなく去っていく。唐突のことで呆然としていたパイクが我に返る。すでに目の前にセイバーの姿が見えない。パイクの脳裏に稲妻が走る。
「そうか。セイバーさんはオレなら一人でもできる、一人でも大丈夫だって、信頼してくれているんだな。見ててください、セイバーさん。オレ、頑張りますから!!」
「どうやら、行き止まりのようですね」
「そうだね。あと、敬語じゃなくていいのに。私の方が年下だし」
プラダ―とアベイトは先ほどまでとは違う、少し広い部屋にいた。成人男性6人ぐらいは雑魚寝できるだろう。
プラダ―が何かの焼き物の人形を手に持ちながら、アベイトの顔を見た。少女のように少しふっくらとした頬に、陶磁器のように白い肌。贔屓目に見てもかなりの美少女だ。そのアベイトと2人きり。意識した瞬間、少し頬が赤くなる。部屋が少し暗くて助かった。
「年下なんですか?」
「貴方は22歳でしょ。私は20歳だもの」
「確かに年下ですね」
「ところで、もうちょっと探索しよっか」
敬語を止めてほしいと頼んだはずなのに敬語が止まず、少し頬を膨らませている。プラダ―は気付かずに、探索を続けていく。アベイトは頬を膨らませながら探索を再開する。いくら探しても何も出てこない。
「何もないですね」
「おかしい。この部屋に何かあると感じたのに」
「アベイトさん?」
小声で何かをぶつぶつと喋っているアベイトに怯えながら、顔を覗くようにして尋ねる。己の下唇に触れながら俯いているアベイトは、そのプラダ―の行動に気付かず独り言を続ける。
「風の流れが他と違うから何かあると思ったのに。何か足りないのかな?どこかで手順を間違えた?」
「アベイト?」
「は~い♡何でしょう?」
「いや、その、何でもないです」
「?」
呼び捨てにした瞬間のアベイトの変わりようと、さっきのは忘れろと言わんばかりの雰囲気の滲出に、これ以上踏み込むことができない。躊躇いながら咄嗟に誤魔化すと、アベイトは可愛らしく首を傾げた。もちろん、誤魔化せていないので訝しませてしまった。
「何もないみたいですし、行きましょうか」
「はい」
アベイトは名残惜し気に部屋を一度振り返り、立ち去っていく。
2人が去った後の部屋の中。扉が閉まってからしばらくすると、1人の女性が壁から現れた。
「私の屈折の魔法、破られたのかと思った」
女性はそう言うと、プラダ―が持っていた陶器の人形を持ち上げる。六面全てを確認して、舌なめずりをする。
「まだ、時期が早いから教えるわけにはいかないんだ。だからもうちょっと我慢していてね」
女性は壁に消えていった。
プラダ―達が探索していた部屋の下にはセイバーがいた。パイクを追い払った後、階段を見つけて下りてきたのだ。
地下道は1本道だ。両側には扉がなく、本当にただの1本道だ。コツコツと靴音を鳴らしながら進むと、突き当りには幅10m、奥行き10mほどの正方形の部屋があった。部屋の中でセイバーは1人の男と対峙していた。
「君みたいな美人を手にかけなければならないなんて、悲しすぎると思わないかい?」
「別に」
変態だった。パイクとは別の方向性の変態であり、どうして私の周りにはこんな人しか集まらないのか、と嘆きながら目を細めた。
男は朱色の髪を揺らして首を振る。
「私は悲しいのさ。悲しくて悲しくてたまらない。だから誰も悲しくならないように、君は私の女にならないかい?」
「嫌」
食い気味に返答する。男は目を丸くして、溜息を吐きながら首を振った。
「…………そうか。私は<勝絶>(夾鐘)のラーヴァだ。君は敵対を選ぶんだね」
「そんなに私が欲しいのなら、屍姦でもしていればいいんじゃない?」
「残んないよ、死体なんか」
ラーヴァが残念そうに言うと、革手袋をした右手を突き出した。その瞬間、手から溶岩が飛び出した。
上の階には、5つの部屋があった。
上がった時、目の前にある部屋から冷気が放たれている。ホーリーは絶対に中に誰かいると確信したので、周りから調べることにした。ブローンから情報を持ち帰れと言われているしな。
4つの部屋は小部屋となっており、人が最近までいたという形成はなかった。埃の層が厚く、机や椅子が朽ちて壊れている。何か変わったものがなく、ただの廃屋にしか思えない。冷気が出ていることを除けば。どんな人が住んでいるのかの予想ができるが、どのような思想を持っているかまでは分からない。
冷気を放っている部屋の前に立つ。この冷気を一身に受け続けている扉はかなり冷たくなっており、開けようとした時に皮膚がくっついてしまうだろう。そのため、剣の柄で押してみる。
冷気が一気に漏れ出してきて、体感温度が5度くらいに下がった気がした。思わず寒っと呟いた。
「何だね、君は?」
部屋に中心には椅子が設置されており、そこに白髪の青年が座っていた。まさか部屋の中に霜が降りているのを見られるとは思わなかった。ホーリーが白い息を吐きながら名乗る。
「オレはホーリーだ」
「僕はフローステッドだよ」
名乗りを返すと、フローステッドは立ち上がり、一歩こちらに近づく。フローステッドは値踏みするようにホーリーを見つめる。
「君は特別顔が整っているわけではないから、飾っても心地よくないな。氷像にしても、すぐに壊してあげよう」
フローステッドは左手を突き出すと、掌から吹雪が吹き荒れた。
セイバーは驚いたが表には出さず、溶岩を避ける。着弾した部分が溶けだす。圧倒的な熱量、なるたけ遠くに離れていないと溶けてしまいそうだ。
体内の水分も蒸発していく感覚、喉が一瞬にして渇いていく感覚が手に取るように分かり、干物になる前に決着をつけないといけない、と焦る。
「これだけだと思うなよ!」
ラーヴァが叫ぶと、掌が噴火する。軽石や火山弾などが打ち出され、セイバーを襲う。セイバーは細剣で砕き、切り落としていく。すべてを打ち落としているだけで達人の領域にいる。
しかし、視界は火山灰により塞がれてしまい、思ったように動けなくなる。
「まだ間に合う。今からでも降参して私の女になると言えば、今までのことは水に、いや、溶岩流にすべて流してあげよう。さぁ、もう諦めて私の女になれ」
ラーヴァの言葉を聞き流しながら、敵の姿を探す。セイバーは気付いた。ラーヴァの声は自分の右斜め前から聞こえてきている。そして声は一切動いていない。
しかし、もう一つ重要なことに目がいく。床が溶けて下に大きな穴を作っていた。
(厄介だ。こんな穴があといくつあるか分からない。それに正確な距離も分からない。でも)
セイバーは誰にも聞こえないくらいの溜め息を、細く長く吐き、覚悟を決めた。
セイバーは突貫した。
ホーリーは準長机を隔てることで直撃を免れる。
しかし、寒い。
睫毛に霜が着き始めている。瞬きするたびにパキパキ鳴っている。両肩を抱きながら、働かなくなり始めている頭で考える。
フローステッドは名前的にこれ以上の攻撃はないと考えてもいい。歯の根が合わない。靴音が近づいてくるのが聞こえる。とりあえず、作戦1.不意を衝く。
「生きているかい?」
息を殺して、機会を待つ。ここで返事をするへまはしない。
「返事はないのか」
気持ちが逸る。早くこっちに来い。
「生きているんだろ。分かっているんだ。出て来いよ」
気持ちが焦ってしまう。もうこっちが生きていることを確信している節がある。パキパキと氷を踏みながら近づいてくる。
「まだ耐えるのか。強情だな、君は」
フローステッドが準長机を蹴り上げた。ホーリーはその机の下を通り過ぎて、剣を凍える手で握り締め、刺突する。フローステッドはそれが分かっていたかのように、持っていた剣の腹で攻撃を受け止めた。剣を捻り、ホーリーの刺突を往なすと、その勢いのままに切りつけようとする。
ホーリーは無理矢理体を傾けて回避する。無理に体勢を変えたせいで、少し脇腹が痛い。
通り抜けざまにフローステッドの脇腹を浅く切りつけた。そして、振り向き様に左足にも切り傷を創り出した。ホーリーは止まることができず、氷で滑ってドンドン差ができていく。
「君、苛立たせてくれるなァ」
フローステッドは平静な顔のままに、怒りを漏らす。霜を降らす男と剣を交え、2、3の傷を増やす。
すると、フローステッドは怒りを滲ませながら発現する。
「君、ホーリーだっけ。君の氷像はすぐに壊さないでおいてあげるよ。君の氷像を前に嘲笑と侮蔑を毎日のように浴びせてやるよ。改めて、僕はフローステッド。<平調>(太簇)のフローステッドだ。覚えておくといい。君を殺す男の称号と名前をさ!?」