10.勝利青年と憧憬少女と稀覯本と
ヴィクター(四十四歳)は、両手をわなわなさせて戦慄いていた。
原因たる物を持ったレタはヴィクターの前で交渉していた。交渉内容は至って簡単、構ってくれ、というものだ。
原因は稀覯本である。
稀覯本とは、滅多に手に入らない珍しい本のこと。失われた文化を学ぶことが大好きなヴィクターにとって、喉から手が出るほど欲しいものなのだ。
なぜレタが持っているのかというと、レタ自信が五百年以上生きてきたからである。
「い、いくらでも構ってやる。だ、だからその本を、その本を読ませてくれないか」
「交渉成立」
ヴィクターが胡坐をかくと、その膝の間にレタが座ってきた。ヴィクターはレタの頭に顎を乗せ、本に集中する。
レタはペチペチと器用にヴィクターの頬を叩く。
「ンナー」
ヴィクターの口の中に指を入れ、強制的に開けさせる。
本を読む手を止め、レタの両手を右手で掴む。
「止めーや」
「カマエ」
「ったく、しょーがねーな」
ヴィクターは珍しく本を読む手を止め、両手首を持って立ち上がる。
季節はすでに十の月。四シュースチ。外に積もった雪にレタを投げる。
「エ、ワッ、ワブッ!」
「もう一年が終わるな」
「ソウダネ」
頭をブルブルと振って雪を落とす。レタは雪玉を作ってヴィクターにぶつけた。
「ヤッタゼ」
「よくもやってくれたな」
稀覯本を読むのは年明けになりそうだ。




