31.その死は救済であったのか
取り巻きの三人には話をした。泣き崩れ、放心し、認めようとしなかった。それほどシュドは好かれていたのだろう。あと一人の取り巻きが見当たらない。
サヴィチは活気のなくなった城内を歩く。
「アイツは人を引き付ける力ってのがあったんだな」
「サヴィチさん」
振り向くと探していたペチューニャがいた。
「お前に話があんだ」
「私も、貴方にお話が」
サヴィチは心当たりがなく、眉を顰めた。
「魔王様がなくなるなんてとても悲しいですね」
「え、あ、あぁ。俺の話はそのことだったんだ」
「そうですか。私の話は違います」
ますます分からない。
「スラッガーという男をご存じですか?」
「スラッガー? あぁ、六、七年前に戦ったな。あいつの拳は一発一発が結構重かったな」
視覚情報を遮断するために目を瞑る。
ペチューニャは暗赤紫色の眼で見届けると、行灯袴を気にせず、静かに蹴りを繰り出す。
しかし、サヴィチは目を瞑ったまま、少女の足首を掴み、未然に防ぐ。
徐に目を開き、フーと息を吐く。
「何だ、いきなり」
サヴィチが手を離すと、ペチューニャは距離を取る。
「スラッガーは私の父なの」
「……」
「お父さんは貴方に負けてから自信を失ってしまって、引き籠ってしまったわ」
「……」
「だから私が貴方を倒してお父さんを取り戻す」
「いろいろとツッコミどころがあるが、とりあえず美しい親子愛だな」
「ツッコミどころ?」
「一つ、オレ一人に負けて自信を失うって精神面弱ぇな」
「……」
「二つ、自信を失った程度で引き籠るとか、戦士として失格だな」
「……」
「三つ、スラッガーの失った自信はスラッガーが取り戻すべきだ。娘に託し、任せるな」
「それでも私は戦う」
「そのうえで歓迎するぜ。来いよってな」
サヴィチは舌を出し、ゆらりと軽く構える。
ペチューニャは下着姿になることを構わず、行灯袴を脱ぎ捨てて構えた。
「はぁあ!」
ペチューニャは全体重を込めた両足跳び蹴りを行うが、サヴィチにとって少女の体重などどうということはない。左腕一本で受け止め、弾き返す。
着地しようとしたペチューニャの腹を軽く蹴る。
ペチューニャは尻餅を搗き、腹を押さえる。
「オイオイオイ、お前。オイ、お前。お前、オイ、弱ぇな」
「くっ!」
「弱ぇなのは悪いことじゃねぇ、伸び代があるってことだからな。だが、その自覚を活かせてねぇのが問題だ。まぁ、そぉいうのも嫌いじゃあねぇがな」
「うるさい!」
勢いに任せて、殴りかかるが、その拳は掴まれ、捻られ、ペチューニャの体を宙を回り、壁に叩きつけられ失神する。
「あー、どうしたもんか」
戦闘後のことなど毎度何も考えていないサヴィチは、下半身が下着の少女を前に途方に暮れた。
「あー、パーム?」
「はいはーい」
もしかして、と思い声を出して、まさか本当に出てくるとは。
「あら、あらあらあら、やってしまいましたなぁ」
パームが真っ先にウザ絡みをする。左手で口を押さえ右肘でサヴィチの脇腹をツンツンしている。
「後始末はどうすればいいと思う?」
「まず行灯袴を履かせて、優しくお姫様だっこをしてそのまま……きゃ~~」
「そぉだな、まずは履かせねぇとな(諦め)。ん? 構造が分かんねぇぞ」
「しょうがない。それは私がしましょう」
パームの指導(?)のもと、ペチューニャを本人の部屋に運ぶことに成功した。
「私、あの男に勝てるのかなぁ」
少女が目を覚ました時には、すでに一人だった。
少女は不安に駆られ、呟きを溢す。
誰もいなく、誰か在った花畑。
今も返事がない。見慣れた景気でもさみしがる。
花を見る私を邪魔して笑う。頬を赤く染めて。風が。
目覚めた後の虚しさを余所に打ち上がる花は夢と同じ。
いつの間にか溢れていた。貴方への想い。
ツーと頬を伝う涙を拭う事すら躊躇いを覚えた。
一人佇むキャニバルに声を掛けられずに見つめる男が一人。
ペルソナだ。
気付かれないようにこそこそと叢に隠れる。
どう話しかければいいんだ?
そんな二人を見つめるエスキモーとカプリース。
「何あれ」
「さぁ、でも、あの男の人、何か赤の他人って気がしない。どっかであったことあんのかなぁ」
意を決したペルソナはキャニバルに近づき、話しかける。
「あ、あの」
振り返るキャニバルは涙が止まらない。おそらくこれは先程の涙とは意味と感情が違う。
声はかけられたものの、話題が見当たらない。
「もしかして、ホーリー」
時が止まる。
根拠など持ち合わせていない。ただ、そう感じただけ。だけれども、なぜか確信があった。ペルソナの返答は勿論。
「その通りだ。俺は元ホーリー。ペルソナを脱ぎ捨てたホーリーだ」
キャニバルは感極まり、ペルソナに抱き着いた。
「俺の体は食べたか?」
「うん」
「残さずに食べたか?」
「うん」
「骨はどうした? 骨までは流石に食えんだろ」
「砕いて、この花畑に散骨した」
「そうか」
エスキモーとカプリースが合流する。
「いや~びっくりしすぎて置いてけぼりだよ」
「うん、気まぐれなあたいでも釘付けだ」
「あぁ、戦いは終わった。と、思っていたんだけどなぁ」
ペルソナはキャニバルを押し返し、距離を取らせる。
花畑のある丘の上、一人の男が立っていた。
「見つけた」
本人にしか聞こえないほどの声で呟く。
「見つけた。見つめた。見つめた。見つめた。見つめた。見つめた。見つめた。見つめた。見つめた。見つめた。見つめた。見つめた。見つめた。見つめた。見つめた。見つめた。見つめた。見つめた。見つめた。見つめた。見つめた。見つめた。見つめた。見つめた。見つめた。見つめた。見つめた。見つめた。見つめた。見つめた。見つめた。見つめた。見つめた」
地が爆ぜ、花弁が舞う。
「あ」
キャニバルの哀しげな声が響く。
迫りくる男の右拳を避け、懐に入り、右腕を取ると、勢いに任せて林の方へと投げた。
キャニバルが育てた花を傷つけたくないじゃない。後、俺の体が埋まっているわけだし。
「誰だ、お前」
「俺は、ダイ。でも、ダイじゃない」
「は?」
「分からない。断片しか思い出せない。ただ分かっているのは、俺は誰かに仕えていた。誰かに負けて死んだ。でも、お前を見た時に思った。俺はお前に負けた」
「……」
彼はあるとき、ある場所で目を覚ました。灰色の空の下、恨むる敵は分からずとも、大きく息を吸って胸を張った。燃え滾る渦を宿して。
ダイは剣を構える。応じて、ペルソナも構える。
両者は同時に動き、剣を交える。
剣技は圧倒的にペルソナが勝っているが、単純な膂力はダイが圧倒していた。
グググ剣がペルソナの頭に徐々に近づけられていく。
ペルソナは体の芯を少しずらし、剣を往なす。前につんのめるダイの体に合わせ、袈裟に薙ぐが、ダイは無理に体を動かし、掠る程度で躱してみせる。
しかし、ペルソナは進撃する。交戦していく。
ダイは防戦一方だが、不利な状況には陥っていなかった。
最初の頬の傷以来、料理中に間違って切ってしまった指程度の大きさの傷しかつかない。
滴る紅い洋墨を呑み干して啜る手紙は、『何者』かへの偏執病。
何かに妄執するような、どこかペルソナを見ているようで見ていない眼差しに身を固くする。
滲む傷跡。治らぬ傷を胸に前も後ろもどちらに生きても地獄。後悔と悔恨の地獄。
空を斬る。
向かい合う。
相手の顔がすぐそばに、眼光が貫いて、頬が少しずつ消えてゆく。思考が急速に冴えてゆく。冷静さを取り戻していく。
「お前、キルか」
ペルソナから決定的な一言が飛び出す。
「キ、ル?」
「何か根拠があるわけじゃない。ただ剣を交わした時の緊迫感。命を削り合う焦燥感が、十五年前のキルとの戦いを思い起こさせた」
ダイはペルソナの言葉の後半など聞かぬまま、走馬灯のようにキルの人生が頭の中に流れていく。
「シュド……様」
「……」
「シュド様はどうなされた?」
「死んだよ。ついこの前、俺達騎士団が魔王に勝ったのだ」
いっそ、無慈悲な報せ、数多の罪。それらに対して耳を伏せ、声にならぬ激情を乗せた最後の詩を叫ぶ。
剣を粗雑に持ち、乱雑に振り回そうとするが止まる。
ダイは力なく剣を落とし、腕をだらりと下げ、カラカラと乾いた笑いが喉を押し開き、口を飛び出す。
真っ直ぐにペルソナを見て射貫くと、ペルソナも動きを止める。
どこか、この空間だけが止まったように感じた。ゆっくりと剣を拾ったダイは、両手で構える。ただし、刃の向く先は己。
ペルソナの時が動く。
「ま、待っ」
「さらば!」
生死の声を振り切り、自らの心臓に剣を突き立てる。
さらば。
俺を救い上げる船などもう沈んだ。
生死どちらに進んでも地獄。
怖い恐いコワいと嗤う声が耳にこびりつく。
雨降る心に夜明けは来ない。来るべき、訪れるべき朝にさよならを告げ、赤黒い水の音を響かせる。
宴の終わりにしんと狂う恋路。明けても一人駆られていく。誤め、殺めて、現切って廻る。
巡り巡り、長い永いこの迷路の果て、その出口は黄泉路へと続いており、交わした約束を果たしに参ろうか。
暗闇の中、ただ一つの光。
憧れのシュドの後姿。
あぁ、どうか共に溺れて狂い咲いて下さい。
貴方の本音を喰らいたい。
「遅かったな。どこに行ってたんだ?」
久し振りに聞いたシュドの声に感涙し、視界が歪む。
「黄泉路で、死に逝く意味を探していました」
「見つかった?」
「はい」
貴方と共に歩むこと。傍に侍ること。それこそが我が使命。
「あはれ。さらば。咲いては散る花弁よ。お前は造花とは違う美しい花弁よ」
ペルソナは聞こえないことを理解したうえでキルに捧げる。
蜩謳う夕間暮れ。茜に空を染めていく。刹那に響く。
誰を弔い燃ゆる、曼殊沙華が生気のない目に映る。
本編はこれで終了。このままAfter Storyを書いていきます。




