28.最終決戦前夜
プラダーの強さを考えるならば、今目の前にいるビトレイアルとしてのプラダーの強さは倍どころではない。
相当量の修行を積んだか。
そんな考えをする程度しかできないほど、余裕がなくなってきているオイスターはビトレイアルの剣戟に何とか付いて行く。
オイスターは全盛期を過ぎ去ったとはいえ、今もなお魔王軍の頂点に立っていられている。それでもビトレイアルは互角に戦っていた。
白髪と白髭を赤く染め、黒髪と頬を血で染めていく。両者とも致命となる傷が出来ぬまま、浅い傷ばかりが増えていく。
久しい感覚だった。命を削り、高揚するこの感覚。
楽しんでいた。
二人とも、この瞬間を楽しんでいた。最初は険悪だった空間も、一秒が幾秒にも引き延ばされるようだった。
「お前は私を倒してどうしたい?」
「何?」
「倒した後はどうするのだ」
「考えていない。このことを目標に頑張ってきたのだから」
「そうか」
オイスターの右腕が飛んだ。
「っ!?」
「イモータルの元に行きたいと、そう思っているのだ。ただ自死したとなれば、彼奴に怒られるかもしれないのでな」
ビトレイアルは剣を鞘に入れる。
「来い。連れて行ってやる」
十五年前、イモータルとプラダーの戦いに終止符を打った場所に二人は来た。
「この溶岩の中にいるのか」
「あぁ」
「いざ、行かん」
ビトレイアルはオイスターを前から刺し、蹴りで引き抜き、溶岩に落とす。
ドッパォオンッッ!
まさか師が上から落ちてくるとは。
溶け、戻り、融け、戻りを繰り返し続けていたところに師が落ちてきた。右手を損失し、腹に刺し傷が、体の節々に細かく傷がある。
成る程、戦いの中で亡くなられたのか。
溶けていく師を感じながら、私は溶岩を漂う。
「僕はこの先どうしたら」
夜空に耽る星々が惑う男を照らし続ける。
バサリとパピティアが外套を羽織る。
亡き骸を見たあの時、エクスキューショナーという男性の頭髪が少女と同じ承和色であることを初めて知った。そのことが意味するのは、すなわち親子。自分と一緒にいたのは親としての責務であることに気付いた。
大きく広げた小さな背中で想えば肩が震えて、篝火に影を落として、その思いを届けたくて、暗闇の中、小さく灯された廊下を、ぽつり、またぽつりと孤独な足音を響かせる。
偽物に頭を垂れるのは善行のため。
我々の誇りはどこに消えた。
この崩壊は正気じゃない。
彼女が歩く道は呪われている。
それでも名もなき兵士達は彼女に付いて行く。
「やぁ、サヴィチ。ちょっと今いいかい?」
「いいぜ」
サヴィチが振り返ると、猩々緋色の髪をした男が立っていた。
人気のない飲み屋につき、腰を落ち着かせる。
サヴィチは酒を一杯呷ると、話を切り出す。
「んで、何の用だ」
「今度の戦いさ。君は参加するのかい?」
「まぁな。するぜ」
「本当かい? 僕達はもういい年をしたおっさんだぜ。それでも?」
「何か参加してほしくないって言い方だな。約束しちまったんだ。パピティアの敵討ちを手伝うってよ」
「なぁるほどね」
両者とも再び一杯呷る。
「まぁよ。これが終わったら隠居だな」
「へぇ、そういう事も考えているのか」
「そぉいうお前はどうなんだよ」
「僕も齢には勝てなくてね。だから僕も引退だよ」
トラウンスが一杯呷る。
「じゃあ、戦い納だ。僕も参加しよう。でも、セイヂが上にいると、余分に人が死んでいる気がするんだよね」
「だからあいつは嫌いなんだ」
月明かりに照らされる中、彼等の密会はいつの間にか酒宴へと変わっていった。
後日、二人は二日酔いに苦しんだ。
「よぉ、セイヂ」
「ん? サヴィチか。珍しいな、私に用でもあるのか?」
「お前の作戦ってよぉ、犠牲者が多く出てくんなぁって思ってよ。ちょっとした反乱っつーか暴動っつーか、まぁ、そんなもんが起きそうだぞ」
「身を案じてくれているのか」
「似たようなもんだな」
セイヂは裏でも探るように見つめる。
「だから、まぁ、言いにくいけどよ。身ぃ引いてくれや」
「何を言う。私は魔王様に認められてこの立場にいるのだ。引く気など、毛頭ない」
「まぁた毛の話しているよ」
サヴィチの視線は自然とセイヂの禿頭に向く。
「何だ?」
「何でもねぇよ。だが、引かねぇとなると、無理矢理引き摺り落とすしかねぇよ」
「分かっているのか。私は賢人だぞ」
サヴィチが一歩一歩セイヂに近づくと、セイヂは無詠唱で魔法を放つ。
サヴィチの脚は地から浮き、強制的に後ろへ下げられる。
「流石だな。傷一つついていない」
「拳闘士だかんな」
セイヂはサヴィチの体を褒め、サヴィチは砂埃を鬱陶しそうに手で払いながら粗雑に答える。
サヴィチは再びセイヂへ近づく。
「馬鹿め」
再び後ろへ下げられる。
再び近づく。
「それしかできない脳なしか?」
再び後ろへ下げられる。
再び近づく。
再び後ろへ――
「飽きたぞ、全く」
――下げられることはなかった。
魔法を放つ直前、トンッとどこか軽い音とともに肩口に匕首が生えた。
「な、に?」
「一対一なんて言ったか? 馬鹿。そんな訳ねぇだろ」
サヴィチの拳がセイヂの顔を捉える。
「変な感触だな。念力的な膜でも張ってんのか」
「お、お前が集団、だと?」
「変な話じゃねぇだろ」
「いや、変だ。今までお前が集団で戦ったことなんてなかったはず」
こちらに指を差すセイヂを見下ろしながら、サヴィチはそりゃそうだろ、と答える。
「やる必要がなけりゃあやらない。誰だってそうだろ」
「……」
「俺は普段、戦いにおいて勝敗にはこだわんねぇ。勝てば自分の強さの自信が持てるし、負ければ反省して改善点が見つかる。良いこと尽くしじゃねぇか」
「……」
「けどなぁ。絶対ぇ勝ちてぇときは別だ。勝てる戦いをしなくちゃなんねぇ。だから、勝てるように徒党を組む。当たり前のことだろ」
「……何人いるか知らないが、私は賢人。負けはしない」
立ち上がったセイヂの両手に魔法が帯びる。
サヴィチは一気に地を蹴る。
範囲攻撃的な魔法を放つが、当たっても気にせずに近づいてくる。
攻撃力の高い単発魔法は避けられる。
攻撃力の高い範囲攻撃は無視される。
焦り、惑い、それでもサヴィチは止まってくれない。
サヴィチの拳は腹を殴り、意識を奪ってきた。
死角から邪魔していたパームがひょっこりと出てきて、セイヂを縄で縛り付けた。
「終わり?」
「いや、これから十五年前の続きさ」
「ホーリーがいない?」
「おいおいおいパピティア、睨むなよ。俺は何もやってねぇよ」
パームが手に入れた騎士団の情報を手に、パピティアは光のない目でサヴィチを睨む。
「私の恨みは誰にぶつければ」
「ぱ、パームの話だとよ、今パピティアの持っている、何つったっけ? ぺ、ペルソナだっけ? 何か、そいつがホーリーの生まれ変わりだって言っているぜ」
「こいつが」
パピティアはクシャッと、手にしていた紙を握り潰し、サヴィチを見る。
「お願い」
「約束は守るさ。どの部屋に案内すりゃいい?」
「?」
「……決まってねぇもんな。当日教えてくれ」
「うん」
パピティアは人形作りに没頭した。
「もう一度、戦場に立つとはな」
重装備に身を包んだブローンが発言する。
「片腕で大丈夫なの?」
「何とでもなる」
「終わらせよう」
「もちろん」
「断ち切ろう」
「こんな縁」




