24.決戦当日⑤
白髪の青年は石を目視した時、黒髪の青年からは見えない位置に屈んだ。
黒髪の青年が上を向いた時、足を伸ばして刺突していく。
黒髪の青年は気付き下を向くが、もう遅い。
ゾブリ、と胸を貫く。心臓を傷つけられなかったが、
黒髪の青年は白髪の青年の脇腹を抉り、体を飛ばして強制的に距離を取らせる。
錯乱した黒髪の青年は、剣を破砕し、壁に手を着く。杭となっていた剣を散らしたことで、失血死が近づいてしまった。錯乱した黒髪の青年は血を吐きながら走り去る。
白髪の青年は脇腹を押さえながら、壁に体を支えさせながら進む。深く抉られれすぎた。すでに死んでいてもおかしくない量の血が溢れている。
「ご、ごめんなさい。治せなくて。右目と左腕は戻らないです」
「いいよ。別に構わねぇ。喪ったのは俺の責任だ」
「ですが、それを治すのが回復役である私の役目なのです」
「アレイ、思いつめないで。こいつが馬鹿なのがいけないんだから」
「……もしかしたら、部位だけだったらパピティア様にお願いしたら作ってくださるかもしれません」
「にゃるほど、パピティアか」
「何処?」
はたと帰らないエクスキューショナーは、行方を探されるまま、変わり果てたその姿を哀れな少女に晒した。
二度とと動かぬその姿から、もはや約束など破られたのだと知った。
咆哮。
慟哭。
大地を揺らす。
もはや何も物言わぬ骸の前で。
「嘘つきめ! 裏切者め! 約束一つ守れぬ軟弱者めっ……!」
球団の声もついには虚しく響くのみ。叫び果て、疲れ果て、立ち尽くす少女の眼には―――――――――涙。
着いた、ようやく。
もう死んでもおかしくないのに、ここまで保てたのは、神の気まぐれだろう。十分に活用させてもらおう。
「ホーリー? ホーリー! どうしたの!? その怪我!?」
よかった。キャニバルで。他の人だったら間に合わなかった。
「キャニバル? 聞いてほしいんだ」
「何で? その前にその怪我」
「治している前に俺は事切れる。いわばこれは遺言さ。だから聞いてほしい」
キャニバルは思いつめた顔をし、分かったと受容する。
「初めてキャニバルと出会った時から、俺は、君が人肉食をすると分かっていたんだ。自分の予想が当たったのが嬉しかったろう。あの泣いたときは。最高の食糧に成れって言われた時、何を馬鹿なって思ったよ。でも、君の言う最高には程遠い状態だが、君に食べてほしい。俺の屍を喰らってほしい」
キャニバルは返事できない。
「あぁ、目が見えなくなってきた。耳もあまり聞こえてこない。力も入ってくれない」
伸ばした手が弱弱しくキャニバルの頬を撫でる。
「元気に、笑顔で食べてくれ」
力が抜け、腕が落ちる。
キャニバルは泣きじゃくり、骸を抱きしめたまま、夜を明かした。
光線が過ぎる。
魔王城侵攻した者達がシュドと対面する。放たれた光線に何者も止めることをせず過ぎ去る。
ブローンはその時点で撤退の二文字を確定させていた。
しかし、号令より早く、光線が過ぎる。ケインとブローンの左腕を巻き込んで。
魔王が狂笑を浮かべ、指先が光らせる。
「撤退っ!!」
皆が走り出す中、トマホークはラントを突き飛ばす。光線がトマホークを手斧ごと貫通した。
「トマホーーーーークッ!」
「止まっては駄目だ! 死が無駄になる!」
ラントの腹に腕をぶつけるように救い上げてブローンが走る。
誰もがいなくなった部屋で、シュドは一人笑う。
「これで邪魔者は消えたか?」
ガリガリと自分の髪を掻く。
「さて、と」
シュドは弔いに歩く。
「耐えて、今、アレイを探しているから」
「無駄だ。俺は魔王様のお創りなさる世界のための礎として死ぬのだ。永らえても意味がない」
発狂を聞きつけたハグはキルを抱えて生かそうとするが、キルは死を受け容れていた。
「芽生え終えた生命よ。彷徨いの冥で逢おう」
キルはその姿に掌では抑えきれない程の涙を流していた。
最愛であり、唯一の理解者、シュド。
「あぁ、魔王様。俺ぁ貴方のセカイへ旅立ちます。勝手だと叱られるのは承知の上です。満開の麗華に見惚れて、この身を静かに散らせましょう」
「何の引用かは知らないけど、美しい文句じゃないか。芽生え終えた生命よ。死に逝く意味を見つけたか? 全てを理解できないなら、黄泉の国で語らおう。旅先の清掃は任せたぞ」
満ち足りた笑みを浮かべ、キルは息を引き取った。
噎せ返るような空気に抱かれて揺らめいていた蜃気楼に啼きたくなる。繋いだ掌には何も意味がないと分かっていても、ただ悔しくて、わざと振り払う。
「シュド様は悲しくないのですか?」
ハグの涙ぐんだ声を聞き振り返る。
「そりゃ僕だって悲しいさ」
泣き腫らした顔のハグに澄ました顔で応じる。
「何で、泣かないのですか? 近しい人を亡くしたのに」
確かに、キルはシュドの息子である。だが、ん-、と考える素振りをする。
「人の涙を弄び、人の哀しみを省みない者が涙を流すなんておかしいじゃないか。僕に涙を流すなんて資格ないよ」
そう応えるシュドの表情はどこか昔に馳せているようだった。
「こちらの損害は大きい。死者の報告を頼む」
「ウィザードが死んだわ」
「ケイン、トマホークも目の前で」
「プラダー、グラディエイタ、ヴィクター、レタ、ホーリーが不明です」
「あ、今、ヴィクターとレタが戻ってまいりました」
「ブローン、お前、左腕が」
「生きているだけマシさ」
「サヴィチ、何だい、その損失は」
「気にすんな。後で作ってもらう」
「損害は大きいな」
「下から言っていくぞ」
「了解」
「フリント、行方不明」
「参加してたんだ」
「アレイ、ソーサラ、ソーサレスはハグとともに帰還。ギャロウズは淡水路にて死亡。ランパート、ストールも死亡。エクスキューショナー死亡」
「パピティアは?」
「生還。これから会いに行く」
「そうか」
「トラウンス、パームは無傷で生還。イモータルは行方不明。俺、オイスターさんも帰還。キルは死亡」
「看取ったよ。黄泉の国で待っていろって」
「そいつぁ永い事待ちそうだな」
命の意味、美しさは相反する。地に降った花弁に手を伸ばして、恋をした。
人を花にたとえることに彼は疑問を抱いた。
「僕らは花のように美しくないだろう」
鮮やかさに焦がれ、美しさに恋焦がれ、そして造花になった。散ることのない美しくない造花。
大人は子供の感性に惹かれるだけということに気付いた。擦り抜ける怪しさが瞬くから愛おしいのだ。
花は枯れて落ちてゆく。形あるものはいずれ壊れ消えてゆく。だから美しい。
記憶の中だけに生きていくことが穢れることなく美しい。永遠こそが死とも気付いた。
此度の戦い、儚さに目を逸らし、僕は生き残った。
真理を見つけた。
忘れられて、そして思い出される。それこそが僕の望む、失った美しさ。
シュドは美しさを取り戻させてくれる人のことを思い、溜息を吐いた。
「おぉー。ありがとうよ、パピティア」
新しい粘土色の左腕をぎこちなく開閉させる。
これって凄ぇ技術だよな、と人形に話しかけるサヴィチの背中を険しい顔で見つめる。
「サヴィチさん」
「あん?」
振り返ったサヴィチは手にしていた人形の脇部分を抱えて、腕をぴょこぴょこ動かしている。
心なしか人形が嬉しそう。
「敵討ちに重要なことって何ですか?」
途端、おちゃらけていた顔を引き締める。
「討つ相手を見極める、とか。倒せる力を身に着ける、とか。まぁ、要素としてはいろいろあると思うけどよ、一番は、そうだな、後悔があろうと、悔恨に打たれようと、戦うんだって討つんだって決めたんなら、戦えってことかな。ま、難しそうに言ってっけど、結局言いてぇのは逃げんなよって話。それが重要じゃね?」
「……ありがとうございます。一週間後、使い心地の報告と、点検をするので、ここに来てください。それとお話も」
「……おう」
清々しい顔で立ち去ろうとするサヴィチを見ていると、少女は覚悟を決めた顔をした。
「サヴィチさん。人形は置いて行ってください」




