17.グラディエイタは結局、二手に分かれてしまったため、何がしたかったのか目標を見失ってしまい、不思議な気持ちになってしまった
グラディエイタとパイクが屋敷と城の境に着いた頃、エイリアスはブローンにとりあえず報告していた。
「グラディエイタが、パイクを連れて、勝ち込みに行った?」
「はい」
椅子から半分だけ上げていた腰を椅子に落ち着かせ、頭を抱えた。本当に苦労を掛けられすぎていると思う。抑ブローンは前線に立って、我先にと戦う側の人種だ。この数年、事務仕事を良くこなしていると思う。
「城に行って、奴等を連れ戻してくるぞ」
「2人だと心配なので、他にセイバーも連れて行ってもいいですか?」
「……構わない」
少しブローンが考え、エイリアスの提案を受理する。
エイリアスは少し口角を上げた。
エエカッコを見せる場面を作ってあげようじゃないか。
「チッ。分かれ道か」
グラディエイタは城内で悪態を吐く。
かつてヴィクターとリムボウが戦っていた部屋の奥に、2つの扉が佇んでいた。
「先程も3つの扉のうち2つが施錠されていましたし、こちらも1つは鍵が掛かっているかもしれませんよ」
「おぉ、確かに」
ガチャ。
開いた。廊下が見える。誰かがいるわけでもなければ特別な構造をしているわけでもない。
「フム。そっちは?」
扉に手を掛けたままグラディエイタがパイクの方を見る。彼に促され、パイクはもう一方の扉に手を掛けた。
ガチャ。
「……」
「……」
「開きました」
「そうだな」
「どうしますか?」
「しゃーねー。二手に分かれるぞ」
グラディエイタは苦そうな顔をしながら告げる。
「危なくなったら構わず逃げろ。無理だと感じたら迷わず敗走しろ。無茶になる前に遠慮なく逃走しろ。死んでいいことはない」
「……はい」
パイクは何で連れてきたんだよという雰囲気を纏っていたが、気にしないことにした。
廊下の先の扉に手を伸ばした時、ある事に気付いた。
「そーいや、パイクの強さ見るために連れ出したんじゃなかったか?」
気付いたがもう遅い。扉はもう開いてしまった。
開けられた扉に一瞥をくれることなく男は訪ねた。
「何しに来た。ヴァンダル」
赭の拳士は本を読む手を止めない。
ヴァンダルは小さく口角を上げる。
「いつでもいいって言ったよな」
ヴァンダルは勢いよく地を蹴った。
グラディエイタは顔を盛大に歪めた。
扉を開けた時、飛び込んできたものにそうせざるを得なかった。
他では感じられない独特な空気。鼻を犯し尽くさんとする鉄くさい臭いと死臭。網膜を焼く致死にならない傷を刻み込まれた死体。
「悪趣味だな」
思わずといった、返答を期待していない呟き。
しかし、応答があった。
「俺の唯一の趣味だぞ。悪く言うなよ」
青白磁色の肌と同色の髪を揺らしながら、ケラケラと笑う青年。しかし、その肌と髪は血で染まっている。
「これがよぉ、楽しいんだよ。死なない程度に刻んでよ、そうするとよ、叫びやがるんだよ、この肉塊どもは。死にたくない、死にたくないってよ。叫びやがるんだよ。良い声でよぉ! テメェも! いい声で鳴いてくれよ!!」
「蹴り返す、悪趣味だな」
青年は死体の山に突き刺していた刀を抜き、片手で構える。
「四天王が一人、<増長天>のアトロウシャス。俺の技で鳴かせてやんよ」
パイクは扉の先の姿に瞠目し、口を噤んだ。
目線の先には鋭利な眼力を持つ男が立っていた。
その者は右腰に刀を佩いていた。
その者はいくつもの金瘡が刻まれていた。
その者は血のように真っ赤な髪をしていた。
厳かに口を開く。
「よく来たな」
パイクは拳を作り、プルプルと震え、男を睨んだ。
「よりによって、こんなところにいたのか、親父」
古兵、ファイタは微動だにしない。
「親父がいなくなってからも、ひたすらに、ただひたすらに槍技を磨いてきた。親父に見せるために。なのに、何でそっち側にいやがるんだ、親父」
息子の激昂に対し、父はただ刀を抜いた。
ただ一つ、開始の合図のように告げる。
「知りたくば来い」
静かにただ大きな覚悟が孕んだ言葉。
2人の間に鋼の交わる音が鳴り響いた。
渾身の右拳だった。
しかし、まったく相手に効いていない。
サヴィヂはただ右拳と同じ速度で首を振っただけ。ただそれだけで威力を逃がして見せた。
サヴィヂはヴァンダルを煽る。
「終いか?」
ヴァンダルは煽られるがままにキレて、サヴィヂの水月を殴った。サヴィヂの体がくの字に折れ曲がった。ヴァンダルは反撃が来る前に連撃を叩き込む。
サヴィヂからの反撃はない。可能な限り相手を潰すために、拳を叩き込み続けた。
しかし、サヴィヂは手にしていた本を、まだ手放していない。
パキッ。
破片が飛ぶ。刃毀れした刀に目線を移す。
「硬ェな。カッテェな」
刀で切り付けられた右腕をプラプラと振る。
「その程度じゃあ、オレの筋肉に傷ぁつかねぇぜ」
アトロウシャスは体を回転させ、罅の入った刀で相手の脇腹を切りつけた。
しかし、刀が負けた。
宙を舞う刃の隙間から、グラディエイタが右腕を振るのが見えた。
アトロウシャスは咄嗟に身を屈めて拳を避け、左手でグラディエイタの首を掴むと、折れた刀の断面で頭を狙う。
「シャア!」
右腕を引き戻し、肘をアトロウシャスの顎に的確に当てる。
攻撃は途絶え、首を掴んでいた手がゆっくりと剥がれる。人工的に脳震盪を起こされたアトロウシャスは一瞬意識が飛ぶ。しかし、そこは戦士。瞬時に意識を呼び戻し、踏み止まる。
その時、眼前にはいっぱいに拳があった。体を起こそうとする速度も相まって、絶大な威力を発揮する。
拳を振り抜かれ、アトロウシャスの体は比喩抜きで一回転する。
「これで終わりか? オレは無傷だぜ」
グラディエイタは腰を折って見下ろす。ぴくりとも動かないアトロウシャスに失望し、目線を上げ、周りを見渡す。
死体の山の中に一か所、扉を見つけた。
拳闘士は微笑みながら扉の方へと向かった。
今にも鼻歌を歌いそうな程軽い足取りをする赤銅色は気付かない、今その後ろで青白磁色が動いたことに。
精錬されていた。
左利きの剣士の技は、熟練者でも到達の難しい領域に踏み込んでいた。その眼光に込められた覚悟は、いっそ見蕩れ、見惚れてしまう程に一途だった。
対するパイクは防戦一方となっていた。
反撃しようものにも攻撃した瞬間、殺られる光景がはっきりと見えてしまう。
防御をするしかない。集中力が切れた時に、命を刈られる。理解できてしまう。
焦燥に駆られていた。
剣の天籟が凪いだ。
パイクが不思議に思っていると。
「私はそんな槍を教えた記憶はないのだが」
父は確かに消極的な戦いを好まない。
解っている。
しかし、同時に父は途中で道を道を諦めるようなことは決してない。
解っている。
父の言葉に再び瞋恚の炎が瞳に宿る。
前へ出る。
先程よりももっともっと前へ。
炎のような赤と血のような赤が今一度ぶつかる。
変わらず、無感動に、だがどこか嬉しそうに呟く。
「そうだ。それでいい」
「う、うぁわああああああっ!?」
恥も外聞も気にする余裕なく逃げ惑う一団がいた。
「おいおい、待てよ」
心底嬉しそうに一団を狩る青年が一人。走り逃げる一行に青年は馬の頭を投げつける。当たった青年は転び、そのまま這って逃げようとする。そして、笑顔の青年は逃げようとする青年の髪を掴み、顔を上げさせる。
「次の弾は君だ。頭、骨、臓器、投擲する部分が多いよな、人間って。さっきの馬は体が蒸発しちゃったからな。あと5人か。君の骨で殺れるかな?」
一団の悪夢は続く。
ゴッッッ!!と重々しい音が資料室に響く。
ヴァンダルのこめかみに本の角が突き刺さる。身体が浮き上がり、向かいの本棚まで飛ばされた。ヴァンダルはそのまま座るような体勢になり、首を折り、ぶつかった本棚の本に埋もれていく。
サヴィヂは殴りつけた本の角をグニャグニャといじり、ペラペラと捲り、舌を鳴らす。
「何処まで読んだか、分かんなくなったじゃねェか」
溜息を吐いて、本を閉じて棚に戻した。
「その本、戻しておけよ。じゃねェと、パームあたりに怒られちまうかんな」
聞こえていないだろうことなど、重々承知で言いつける。
サヴィヂはもう一度、本を仕舞った棚を見る。もう先程まで読んでいた本が分からない。仕舞ったことを後悔し、溜息を一つ。
仕舞った本の題名は『文字入門』という、齢一桁の子供が読むような本である。
サヴィヂは唐突に顔を上げる。
「2人とも帰ってきたのか」




