15.セイヂは一体何を考えているのか、部下には一切分からないので、簡単に裏切れてしまう
撃て!
そう言い放たれたモータの言葉に、ブローンとスクワイアは身を固くする。
一瞬の出来事。
モータは剥がれ落ちていく身体を奮い立たせて反撃に出る。漆喰の欠片を振り上げ、ブローンを切り殺そうとする。相手はもう気付いていた。しかし、もう遅い。どう行動しようとも、間に合わない。受けるも、避けるも、もうできない。
剥がれ落ちた漆喰の破片でもって、ブローンの喉を切り裂こうとする。
暴風を巧みに受け流す。
レプティルは目を剥いた。
この暴風でも彼女を止めることができない。何と圧倒的な巧撃力だ。
レプティルが唇を舌で湿らせる。レプティルは遠慮していた。”シュトゥルム”で終わってくれれば、と思っていた。
しかし、思わない。
だからこそ、もう一段階上の技を出すしかない。
「奥義、オルカーン! 」
吹き荒れるのは大暴風。風が巻曲し、レプティルの尻尾もくねる。
見たことない技である。
それがオーバンの感想だ。
筆を走らせ、何かを書き、顕現させる。
誰も知らないだろう、秘術。
本職であり、数多の本を読み漁ったオーバンでさえ知らない技。
そんな技だ。
そんな技のはずなのだ。
そんな技であるはずなのに、なぜヴィクターは閃いたような顔をしている。
オーバンに昏く翳った感情が沸き起こる。
結論から言えば、ブローンの喉が切り裂かれることはなかった。
モータの一撃が当たる直前、横から攻撃が入ったことで、軌道がズレたのだ。
攻撃はホーリーの蹴り。
ホーリーは正しく理解していた。”撃て”の言葉の真意は、ただの陽動だと。ただの嘘だと、正しく理解していたからこそ、硬直せずに動けたのだ。
腹に蹴りを受け、モータは胃の内容物を吐き出す。ボロボロと崩れていく漆喰に呆然として何もできない。
何かを求めるように右手を伸ばす。
ブローンは目を細めた。
「何にそんなに執着しているのかは、私には分からない。ただただ、楽になってくれ」
ブローンは剣をモータの心臓部に突き立てる。
断末魔を上げ、すべての漆喰が剥がれ落ちた。
”オルカーン”は、石の部屋を軋ませる程の風の魔法である。
暴力的な風に体を飛ばされる。飛ばされたなら、骨の5本10本は折れるかもしれない。
自然と足に力が籠る。
風に抵抗する準備をする。
圧倒的質量の風の塊が目の前に迫る。
「フェアヒンダーン」
不意に聞こえたアベイトの声。
セイバーの体に淡い光の珠が付与される。
感覚で分かる。これは防護魔法。
珠が消えるまでの効果だろう。珠の数は全部で5個。行くしかない。
1個目。
一気に間合いを詰める。
2個目。
振るう細剣が鉾に防がれる。
3個目。
尻尾がうねりを上げ迫り、それを切り落とす。
4個目。
レプティルが激痛に体を縛られている隙に、腹を細剣で刺す。
5個目。
腹から喉にかけ一閃し、鉾ごと切り開く。
風が凪いだ。
「躬行具象法、だな」
ヴィクターの確認にリムボウは時を止める。
「沈黙は肯定、かな」
リムボウは、なぜ知っている、という雰囲気を出す。
「オレは失われた文明ってのが好きでね。休みの日にはよく調べるんだ。その中にあった、一つの魔法。いや、魔術って言った方が正しいか? 」
オーバンは瞠目する。
魔術とは、魔法の前身である。
今ではほとんど本には載っておらず、使える者もいないとされている。
「その魔術の中にあった術法の一つ。躬行具象法。一子相伝される術法で、師が技を見せ、弟子が目で覚えるという非効率的な伝承で続いた魔術」
歌うように語る。
「巻物に文字や絵を描くことで、描いたものを具現化する技。識っていたが、実際に見たのは初めてだ」
「……知ラレテイルカラトイッテ、ドウトイウコトハナイ。倒セバ良イノダカラ」
筆が走る。
ヴィクターは出てきた自立型戦士を通り過ぎ、オーバンに押し付ける。
「クッ! 」
リムボウは慌てて筆を走らせようとする。
「ハァッァアアア! 」
下からの剣戟が閃く。
漂う巻物が斬られていく。走る文字が切り開かれる。走らせていた筆が砕かれる。被る兜が飛ばされる。
見えたのは可憐で優美な女の顔。
リムボウは尻餅を搗き、ヴィクターを睨む。
ヴィクターは剣先をリムボウの顔に向ける。
「殺セ! 辱メナド受ケナイ!」
ヴィクターは緩慢な動きで剣を収めた。
「好きにしろよ、リムボウ。いや、レタ」
「っ!?」
オーバンは成り行きを見守ってくれている。空気の読める男だ。後でお礼にサボテン揚げか地酒でも買ってやろう。
「ナゼ。忘レラレタ存在タルワタシヲ知ッテイル?」
ハッと鼻で笑う。
「思い出してみろって言ったのはそっちだろ? 知っていたのさ。一子相伝の最後の伝承者を」
一族を復興させたまえ。
途切れ途切れでレプティルが遺した言葉。
セイバーとアベイトは無言で部屋を後にする。空気の重さに耐えられないアベイトは、会話の材料を探すが見つからない。
セイバーはアベイトの顔芸を見て、呆れていることをアベイトは知らない。
すると、ヴィクターとオーバンが合流してきた。
2人の女の視線はヴィクターの袖を掴む存在に集中する。視線に気づいた存在は身動ぎして、ヴィクターの後ろに隠れた。
「憑りつかれた」
「「は?」」
「依存されているな」
「「意味不」」
「落チ着ク」
ヴィクターは弁明、助け舟空しく女性陣から冷たい目で見られることになった。
ヴィクターは恨めしくレタを睨みつけると、一層腕に力を込め、ヴィクターに纏わりつく。
「ぶぇっくし!」
「どうしたの? ダイハード、風邪? 」
「いや、噂かな? 」
「誰がダイハードの噂をしているの? 嚏をさせるなんて信じられない。ダイハードをいじっていいのは私だけなのに」
「おい、ラサレイド。その匕首仕舞え。怖いから。あと、オレはお前にも許可した覚えない」
閑話休題。
鋼と鋼のぶつかる音が聞こえた。セイバーが音のする方に顔を向ける。
「団長達はまだ戦っているのね。早くいかなきゃ」
セイバーの声に反応して、皆が走り出す。ヴィクターはレタのせいで走りづらい。
「……離せ」
「ウーウン」
ヴィクターの懇願に対して、レタは首を横に振る。密着しているので、服が巻き込まれている。兜はなくなっても鎧は健在なので、硬くて痛い。
「オレもいかなきゃ」
「キット、行ッテモ無駄」
「そんな強敵がいんのか?」
「逆。雑魚バッカ。昨日今日剣ヲ握ッタバカリトカ、敵ニ向カウトキニ石ニ躓イテ転ブ天然ジャナイカギリ、勝テルグライノ敵」
合流すると、そこに広がる光景はあたかも午後の昼下がりのような優雅さがあった。
「ヴィクターも来たな。ん? そいつ誰だ?」
レタの方を見ると、口パクでレタ、レタと主張している。何で今までレタではなくリムボウと名乗っていたのだろう。
「レタという、四天王の1人らしいです」
「敵ならば倒せと言わなければいけない立場なのだが」
ブローンは目を細くし訴えかけ、スクワイアは手を柄に当てている。レタは絡ませている腕に頬擦りして、敵ではないという意思表示をしている。
「ヴィクター、お守りは頼んだ」
「はい」
「聞きたいことは聞いておこう。大事な敵の情報所有者だからな」
レタに視線が集中する。人前はあまり慣れないのか、ヴィクターの後ろに隠れっぱなしだ。
「考えられる敵はあと何人だ?」
「オソラク20人トチョット。魔王、参謀、十二神将ッテイウ幹部。レプティルガヤラレタノナラ、四天王ハ残リ2人。十二神将ノ1人、ハグノ弟子2人ト、戦闘不能ニナッテイナイ十二律ガ2,3人カナ」
「素直だな」
「私ハモウ魔王軍ジャナイシ、ヴィクターノモノダカラ」
「……」←黙る一同。ヴィクターに同情の目が集まる。
「……?」←小首を傾げるレタ。
「他の敵はどこにいる?」
「私ヤレプティルガ戦ッテイタ部屋ノ奥ニ道ガアル」
オーバンの眉根に皺が刻まれる。
「そんな道などなかったぞ」
「えぇ、私達の方も見つけていないわ」
「参謀ノセイヂガ多分、施錠シタ」
「開錠の魔法はエンチャントレス達しか使えん。私では無理だ。今は撤退やむなしかと」
オーバンの進言に、ブローンは鷹揚に頷いた。
「一旦帰って、態勢を立て直した方がよさそうだ。立て直した後、突撃だな」




