14.戦いが始まり、それなりの時間が経ち始めているにもかかわらず、優勢なのがどっちか分からないし、大ボスは参戦していない
ブローンの巨拳が漆喰を砕く。
モータの意識が飛びかける。漆喰はモータにとって、存在できる理由である。
漆喰への絶対的な信頼。
漆喰への狂信的な愛情。
漆喰への圧倒的な希望。
それこそがモータが漆喰へ寄せる想いであり、依存である。
漆喰が砕かれ、剥がれていく毎に、信頼は裏切られ、愛に見放され、希望は絶望へと変わっていく。
混濁する意識の中、ブローンの攻撃を避けたとしても、ホーリーやスクワイアが攻撃をしてくる。檻、鳥籠、逃げられない。まさに集団暴力。
朦朧とする意識が、モータに声を上げさせた。
ブローンの攻撃を避け、スクワイアの剣が届く前、息を短く吸って大声を上げる。
「撃てっ!! 」
声は屋敷中に響いた。
セイバーは咳き込みながらも、アベイトの方を見た。
気絶している。壁に頭をぶつけて、意識が飛んだようだ。
アベイトのことを考えるのはやめておこう。助けるのは全部終わってから。今は目の前の敵に集中しよう。
「あたしの記憶が正しければ、その子、何かしたように思えないのだけど」
「奇遇ね。私もよ」
「……」
「……」
数瞬の沈黙が流れ、両者が同時に動き出す。
セイバーの振るう剣先は残像を作るほどの速さで、レプティルに向かう。
レプティルは鱗と鉾を駆使して、細剣を防いでいく。しかし、速度に対応しきれておらず、徐々に赤い線を作り始めた。
「ぐ、む。相変わらず速い。対応しきれないね」
セイバーが眉を顰める。なぜ今そんな話をする? 蜥蜴人に余裕が見える。押されているのになぜ?
レプティルが舌をシュルシュルと鳴らす。
「プラーゼン! 」
また、突風が吹いて壁に飛ばされる。セイバーは、猫のように空中で身を捻り、回転させて、壁に着地した。魔力や身体強化など使用せず、単純な脚力だけで足元を爆発させ、風に逆らって蜥蜴に向かう。
レプティルはその有り得ない光景に、目を見開き、息を呑む。
「っ!? シュトゥルム! 」
暴風が吹く。先程とは比べ物にならない程の風の量。暴風が吹いて、セイバーの勢いは止まり、壁に叩きつけられた。
筆が走る。
またしても幻獣が現れる。
オーバンとヴィクターの合技に沈む。
筆が走る。
剣が、斧が、武具が次々飛んでくる。
剣で切り、魔法を放ち、撃ち落としていく。
筆が走る。
剣を組み合わせて作った人形が姿を現す。
苦戦を強いられるが、何とか倒す。
筆が走る。
筆が走る。
筆が走る。
筆が何回走ったのか分からない。50を超えたころから数えるのを止めた。意味がないことだからだ。
オーバンとヴィクターは消耗していた。汗がとめどなく流れ、肩で息をしている。
「ソロソロ倒レテ」
筆が走る。
知っている。
それがヴィクターの感想である。見たことはないが、知っている。どこでいつ知ったのかすら覚えていない。
しかし、知っている。
飛び出してきたのは3匹の幻獣。それらも切り殺す。
1秒が5分にも10分にも感じられるほど、思考に沈む。
筆が走るのが見える。何もない空間から幻獣が現れる。
観察する。
リムボウの動きを。
リムボウの技を。
リムボウの発言を。
電撃を浴びたような感覚に陥った。そうか、なるほど。そうだったのか。
シュドが帰ってくると、怒れるセイヂがいた。
「せ、セイヂ、どうしたんだい」
笑顔を引きつらせながら尋ねる。
「何処へ、行ってらしたのですか? 」
誤魔化しが効かないと悟ったシュドは、目を逸らしながらセイヂに言う。
「林檎の包焼を買ってきたんだぜ」
紙袋から一つ取り出し、セイヂの口に無理矢理押し込み、親指を立てた。
セイヂは熱さで涙目になりながら咀嚼し、飲み込んだ。その間にシュドは執務室の席に座る。
「旨いだろ? 」
「確かに美味しいですが、無断でいなくならないでください」
シュドはセイヂの言っていることを適当に流す。
「アドーラブル、アモウス、ブルーネットも食べるかい? 」
「食べる! 」
「あのお店のは美味しいよね」
「欲しい」
話を聞かないシュドにセイヂは頭を抱える。どうすれば話を聞いてくれるのかを思案しているが、どれもこれもが意味をなさない。
「セイヂ! ここにいたのか! 」
キルが勢いよく入ってくる。女3人は音と勢いに驚き、シュドに抱き着いた。キルはシュドに深々と一礼をして、セイヂの方を見る。
「セイヂ! お前が渡してきた資料が読めねェ。何て書いてあんだ」
「読むのは構わないが、君の腹心は文字を読めるのではなかったかね? 」
キルは気付いていなかったのか、驚きの顔を見せる。
「キル。おいで」
シュドがキルを手招く。キルは何も考えず、シュドに近づく。シュドはキルに林檎の包焼を手渡しながら、資料を引き抜いた。
「で、資料って何? 」
セイヂは汗が止まらなくなった。このことに関して、何も話していない。
シュドの笑顔が、処刑を待つ罪人のような気持ちを加速させた。




