13.総力戦が始まったにもかかわらず、魔王は未だに戦場に現れない
3つの扉が目の前にある。
送り出された4人は悩んでいた。ダイハードやラサレイドがいれば判ったのだが、たらればに意味はない。
アベイトが左の、セイバーが真ん中の、ヴィクターが右の扉に手を掛ける。しかし、セイバーだけ開けられなかった。
左側をアベイトとセイバーが、右側をオーバンとヴィクターが担当することとなった。
「アベイト」
「何?」
「プラダーとはどうなの?」
「っ!?あ、ああ、じゅ、順調だよっ!」
ものすごく動揺している。セイバーは突っ込まないことを決めた。
「そ、そういうセイバーはどうなのさ。パイク君とは」
「パイク?都合のいい練習相手」
「うわぁ」
パイクのおかげで剣技の速度が上がっている。そのことに関して、かなりの感謝をしている。何のうわぁだろう?
アベイトはセイバーにジトっとした目を向けている。緊張感のない空気感だが、これが敵地に潜入している人の空気だろうか。
廊下の先に存在しているもう一枚の扉を開けると、緊張感が一瞬にして生まれた。
そこにいたのは蜥蜴人。背中には新緑の鱗があり、お腹側は白く、眼は淡黄色の切れ長である。爬虫類の男は舌をシュルシュル鳴らしながら、目を細める。
「まさか、あたしの相手が女性とは。紳士であるあたし、<多聞天>のレプティルには悩ましいことだよ。だけど、あたしの夢の妨げとなるなら、女性だろうと容赦しないよ」
鉾の石突で床を一回叩き、両手で水平に構えた。
オーバンとヴィクターは甲冑を身に着けた『何か』と相対していた。
『何か』は認識阻害をしているのか、何かまでは分からない。その為、性別や輪郭すら理解できなかった。
甲冑を着た『何か』は左肩に靫を背負い、腰の後ろには壺をつけている。壺には棒状の何かが刺してある。
(何だあれは?筆っぽく見えるが)
(不可思議な格好をしているな)
オーバンは一点を見つめ、ヴィクターは全体を観察する。
「ジロジロト見ラレルノハ良イ気ガシマセンネ」
抑揚のない声が発せられる。オーバンはいつでも対応できるように佇み、ヴィクターは剣の柄に手を持っていく。『何か』は靫から巻物を取り出し、壺に突き刺さった棒を抜き取る。
「名乗リマショウ。ワタシハ<広目天>ノリムボウ。ワタシヲ思イ出シナサイ」
巻物を広げ、墨のついた筆で走り書きした。
「そっちが名乗ったならばこっちも名乗っておこう。私はブローンだ」
敵はモータと名乗った。
「オレはホーリーだ」
「私はスクワイアです」
「どォでもいいンだよ、そんなこと。私が、俺が勝てりゃソれでいいンだよ」
ホーリーの予想が正しければ、モータの体の白いものは漆喰。しかし、塗料で使われることしか知識にないので、どういう行動をとってくるのかまでの予想がつかない。
モータは剣を力任せに振り回す。モータの豪剣をブローンが受け止めた。空いた胴に他の2人が剣を振るう。
しかし、モータはホーリーの一閃にも、スクワイアの一閃にも動じない。漆喰の欠片が多少出てくる程度に抑えており、罅さえ入っていない。
3人が目を張り、1人が口角を上げた。
口角を上げたのは、ブローンだった。
「何だ。割れんのか、その白いの」
「な……に……!?」
欠けたのは予想外だったようだ。
モータは飛び退いて、3人から距離をとっていく。そのまま震えながら、自分の体に手を当てた。
「クソッ!欠けるなンて」
モータは焦る。
ブローンは不敵に笑う。
「欠けるなら砕くまで叩くだけだ。行くぞ、お前ら。ゴリ押しだ」
「紳士な蜥蜴には名乗っておかないとね。私はセイバーよ」
「アベイトだよ」
レプティルは目を弓なりに曲げる。
「セイバーさんにアベイトさんね。良い名前だ。でも残念だ。すぐにお別れなんて」
「そうね、私も悲しいわ」
セイバーとレプティルは刃を交える。アベイトにはその初速を見ることができなかった。何合も交えると、セイバーは目を細めて戦力を変える。足の速さにものを言わせて、背中に張り付くことにした。
そこからあっという間の7閃。
レプティルはその速さに全く追いつけない。しかし、背中には一つも傷ができない。
「っ!? 」
思わず息を呑む。その心中を十二分に反映した行動に、レプティルは笑みを作る。
「あたしの鱗に傷はつかないわ」
レプティルの反撃に、セイバーは反射神経と勘で避けてみせる。
「剣戟は鱗と鉾で防御できるけど、その足の速さは脅威になる。厄介ね」
レプティルは石突で床を強く突く。
「ブラーゼン! 」
叫びに呼応するように、強風が吹く。
セイバーは吹き飛び、壁に衝突。アベイトはころころと転がり、壁にぶつかった。
ちなみにこの間、アベイトはオロオロしていただけである。
何を走り書きしたのか見当がつかない。そもそもそんなこと考えている暇がない。余裕がない理由は、攻撃が飛んできているからだ。
何もない空間から矢が出現して、飛んできている。オーバンでさえ、そんな魔法は知らない。
「うおっ! 」
「っ!? 」
ヴィクターは突然のことに声を出して驚き、抜剣して矢を切り落とす。
オーバンは出力を極限にまで絞った魔法で矢を落とした。
筆が走る。
幻獣が飛び出してきた。牙を剥き出しにして襲い掛かってくる。自分達よりも大きい体を持つ獣に、汗を垂らしながら剣を構える。舌で舐めて、唇を湿らせた。
「オーバン、合わせろ」
「了解」
走り出しながら命令を出すヴィクターに、オーバンは動じずに対応する。
幻獣は爪を振り上げ、切り裂こうとする。オーバンが詠う。
「シャイン」
ヴィクターの背から射す光が、幻獣とリムボウの網膜を焼いた。強い光による一瞬の硬直の隙に間合いを詰める。一瞬遅れて、幻獣の足が誰もいないところに振り下ろされた。ヴィクターは当然のようにその足を切り、勢いそのままに獣の首も斬り落とした。
「やぁ、セラちゃん。また来たよ」
セラと呼ばれた少女は笑顔でありながら、どこか呆れたような顔をする。
「お客さーん。来てくれるのは嬉しいんだけどさ、お客さん今日で六日連続だよね。お客さん、仕事してんの?」
「失礼な! してますよ、ちゃんと。ただ、部下達が超優秀だから、僕の出る幕じゃないの」
「お客さん、さぼってんだね。でも、そのままじゃいつの間にかクビの話とか進んじゃってんじゃない? 」
少女が冗談を言いながら、快活に笑う。
男は不貞腐れながら明後日の方を向く。
「お客さん、注文は? いつもの? 」
「いつものは10個だ。あとは、君はまだ出ないだろうから、君の体温と同じ温かさの牛乳を頼む」
「お客さん、流れるようにそういうこと言うよね」
咎めるような台詞なのにもかかわらず、負の感情があまり込められていない。慣れてしまったのだろう。それを考えると、少女は溜息を吐いた。
「代金は1エスと15ビーだよ」
「ん」
料金を支払い、いつものが入った紙袋を抱え、牛乳が入った容器を受け取る。袋からいい匂いがしてくる。
「ここの林檎の包み焼は美味しいから、毎日食べても飽きないよ」
少女は自分の作った料理を褒められ、頬を紅潮させた。それを誤魔化すように言い返す。
「お客さん、明日は仕事しなよ! 」
返答の代わりに牛乳の容器を振った。
「ほんっと、何の仕事してんだろ」
男は、抜け出したことについて、今日も部下に叱られるのであった。




