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10.師匠の決着は弟子の決着を呼び、後に解放された師匠は弟子の死を悼む

 誰も気づかなかったことがある。


 ビゴトとサフォケイトの戦っていた部屋の外の天井には罅が入っていたのだ。ダイハードとラサレイドの戦いによる響きが罅に伝わった。


 結果として、罅は広がり、自重に堪え切れずに崩壊したのだ。


 瓦礫は扉を塞ぎ、崩落の衝撃で枠が、扉が、蝶番が歪んだ。空間の超能力を解除してなお、密閉にされたのだ。開き戸が機能していない。戸が壁に変わったのだ。


 サフォケイトはどんどんと扉を破砕する様に叩き、叫び散らす。


「有り得ない、ありえない、アリエナイ!!こんなこと!有り得るはずがない。何で扉が開かないんだ。何でビクともしない!何で隙間ができないんだ!!原因は!?理由は!?要因は!!?まさか、まさか、まさか!オラがこんなところで死ぬ!?これが世界の選択!?正義の末路!?何でだ!”正義が勝つ”んじゃないのか!?正義は!オラ達にあるんじゃねェのか!?シュド様――!!!」


 扉に爪を立てながら、ドシャリと崩れ落ちた。


 器具は外れており、空気の管からは一切の空気の振動が起きていなかった。








 連打には息継ぎが必要である。


 ダイハードは息継ぎをするために3歩ほど、後退る。


 息継ぎの瞬間は相手には逆転の好機になり得る。理解しているからこそ、さらに後退る。その相手、アサレイドは磔のような状態になっていた。左肩に剣が刺さり、右腕の匕首は貫通し、顔や体には多くの打撲痕がある。


 しかし、顔は恍惚としており、視線には熱が籠っている。莞爾な表情に欣懐とした浅い息、期待するような目線に、ダイハードの背筋が凍る。


「何だ、その表情は」


 思わずといった風な呟きに対して、艶やかに誘うように、ラサレイドは身をくねらせ始めた。その光景にもぞくっと背筋が震えた。


「貴方の猛攻に、想い重い拳に、子宮にズンと来る蹴りに、容赦のない串刺しに、……濡れちゃった」


 目覚めてしまった、新たな性癖に。


 恋に堕ちた乙女は、恋し、愛し、熱望するその男を見る。


 ダイハードは正しく言葉の意味を理解し、その上で気持ち悪く思った。要は、守備範囲外だ。


 この時、両者ともに戦意が喪失していた。ダイハードはラサレイドの胸を踏みつけ、剣と匕首を引き抜いた。嬌声をあげ、体をびくびくとさせ、満足そうな顔をして倒れた。口の端から涎がだらだらと零れ落ちている。


「……これからお前を捕虜として連れ帰る」


「捕虜。成る程、そういう趣味ね。私、貴方のために我慢するわ。私、尽くす女よ」


 ダイハードは嫌そうに顔を歪めた。ダイハードは重い女が嫌いだ。


「愛しているわ、ダイハード」


「誰にでも言うようなものはいらないぞ」


「心底よ」


 ラサレイドは愛の告白をして、ダイハードはやんわりと断った。ラサレイドはその文句を訂正しろとばかりに、頬を膨らませた。言動がかなり子供っぽくなっている。元の性格はこっちなのかもしれない。そういえば、とダイハードは思い返す。ラサレイドの年齢を教えてもらっていない。体つきがだいぶ大人なので勘違いしているが、もしかしたら年齢は10代なのかもしれない。


 ダイハードが痛む体を引き摺りながら部屋を出ると、痛みなどどこ吹く風、ラサレイドが後ろから追ってきた。


「っ!?天井が崩れている!?」


 両腕を首に回して、ラサレイドがダイハードの肩越しに覗いてくる。


「本当だ。これ、完全に閉じてない?密閉されてない?」


「っ!?」


 ダイハードが首だけを動かし、ラサレイドを見た。


「む、向かいで戦ってたのはサフォケイトだし、さっきの揺れたときに崩れたんだとしたら、もう手遅れなんじゃないかな」


 急に顔が近づいたため、ラサレイドの心臓は飛び出しそうなほどに飛び跳ねた。途中で前を向いたダイハードに対して、仕返しの意味を込めて頬の傷を舐めた。


 回された腕を解き、瓦礫へと走り寄る。ラサレイドは腕を後ろに回して、諭すように囁く。


「サフォケイトはね、防御特化の戦士なんだよ。遅効性の魔法を放って、あとは粘るだけ。魔法の効果は何だっけな。窒息死する空間を作ることだったかな。前に自慢していたよ。私達が戦っていた時間を含めると、相当な時間が経っているはず。息をいくら止めても無駄なくらいに。息を必要としないお人形なら別なんだけど」


「くそっ!!」


 ダイハードは瓦礫に拳を振り下ろす。その拳が砕けて血が滴る。すでに爪は剥げており、かなり痛そうだ。


「痛かったでしょ。瓦礫なんか殴るより、私を殴って。私満足、貴方スッキリ。ね、私を殴って?」


「……お前」


「?」


「丁番を切れるか?」


「ンー、無理かなぁ。先に短剣が刃毀れしちゃう」


  ダイハードは足りない頭を、物凄い速さで回転させる。少し考えに耽り、出した結論を口に出す。


「少しでいい。中が確認したい。窒息だというのなら、空気が入る隙間さえできればいい。できないか?」


 ラサレイドは、焦り散らすダイハードを見て、後ろから静かに抱きしめる。


「何でそこまでするの?」


「あいつは私の、私の弟子だからだ。唯一の弟子にして、私を師匠にした者だから」


 涙ぐみながらに答えるダイハードに、ラサレイドは理解できず、どういうことかと先を促す。


「私はあいつに技を教えた。あいつは私に変わる心を教えてくれた。あいつは特別な弟子だ。私の一番弟子で、唯一の弟子で、敬愛すべき師なのだ」


 ラサレイドは抱きしめる力を強めて、安心させるように体を密着させる。ダイハードはその腕に左手を添え、ぽつと呟いた。


「恥ずかしい姿を見せたな」


 泣き腫らした目を背けながらダイハードが言うと、少女は眼福です、と温かい目で見守る。


 今更だが、捕虜が自由に動き回っている事実に気づき、慌てて後ろ手に縛り始める。縛り、そういう趣味もあるのか、とラサレイドは終始笑顔だった。

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