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1.ただ力を試しただけなのに、いつの間にか兵士になっていた

 その男は困惑していた。


 あたりを見渡すと見覚えのない光景ばかり。


 男は思う。これは俗にいう転移というやつだな、と。


 男は転生を経験したことがある。以前は魔王軍の幹部であった。その前は勇者であり、その前は日本という国の学生だった。しかし、転移は初めてだ。転移と転生の大きな違いはいわゆる常識面だ。転生で赤ん坊から育てられれば、自然とその世界の常識が身につく。だが、転移ではそうはいかない。ただの常識知らずと後ろ指を指される。


 経験したことがあるので、素早くこの世界について理解しようとする。


 男は自分の姿を見てみる。泥や埃で汚れた白髪、襤褸、剣を2本腰に佩いているだけ。剣奴という職だと理解すれば普通、いやかなりいい方なのだが、客観的に見ると十二分に怪しい。道行く人々を見れば、男と同じ格好をしている人など一人もいない。


 次に言語、文字が読めなかったり、会話ができないとなれば生き抜くことさえ難しい。路地裏から、道行く人々の会話に耳を傾ける。


「お隣のダムゼルさん、結婚するんだってよ」


「また今年もやるんだな、武闘会」


「リンタンは8ビーだよ」


 日本語だった。まぁ、別の言語よりはいいか。ダムゼルは結婚という単語から人名だろう。しかし、リンタンやハチビーは何か分からない。リンタンはあの店員が持っている緑色の何かだろう。ハチは8で、ビーは通貨単位だろうか。これは後で考えることにしよう。


 次は文字だ。目の前に貼っている貼り紙に目を向ける。……インドネシア語?見れば見るほどインドネシア語に見える。皆、インドネシア語を日本語で話しているのか?器用なことをするな。主催者はスポンサー。受付は試合開始の1時間前まで受け付けているようだ。3アジーンの火の火、場所は闘技場と書いている。なんのこっちゃ。


 悩む男の横から女性が声をかける。


「どうかされましたか?」


「ッ!?いえ、あの、ちょっと分からないことがありまして」


「答えられるものは答えて差し上げられますが、何が分からないのですか?」


「3アジーンの火の火とは何でしょう」


「それを知らないなんて相当な田舎から来たのね。3週目のアジーンの日の火の刻火番時ということです。泣きそうな顔をなさらないでください。詳しく説明いたしますので。今月の3週目の最初の日が始まって7時間後のことです」


「つまり、あとどれくらいでしょう」


「明日ですね」


 気になることは他にもある。聞こうと男が口を開きかけるが、先に少女の方が質問した。


「出場なさるのですか?」


 確かに張り紙を見ながら日時を確認するなんてことをするのは出場か観戦のどちらかを疑うだろう。少女が出場の方を聞いたのはこの格好のせいだろう。少し考え、それも悪くないと結論付けて問いに肯定の意を示す。


「まぁ、そうなんですか。昨年応援していた方が出場できなくなってしまい、どなたを応援しようか悩んでいたのです。これも何かの縁。貴方を応援させてください。私はキャニバル。貴方は?」


 男はこれまでにいくつもの名前を持ち合わせていたが、今回は前回と同じ名前を使うことにした。


「オレはホーリーだ」


 願いが叶うなら、オレの疑念が合わないことを。もしあっていたとしたら、この少女と繋がりを持つのは危ないだろう。








 武闘会の受け付けは何とか突破した。戸籍がないのによく突破できたと思う。


 剣の研鑽を計134年間積んでいる身としてどれほどこの世界で通用するのか興味があった。だからこそ出場した。なのに、まさか8人の勝ち抜き戦とは。最大でも3人としか戦えない。非常に残念だ。


 武闘会で殺しはしてはいけない。ただし、相手のものを奪ったり、姦淫したりするのは規約違反ではない。使う武器は持ち込んだものとされているため、剣でも槌でも徒手でも飛び道具でも何でもあり。したがって、自分の一番相棒を皆持ち込む。決着は場外か降参するかだけだ。


 シャディとブレイカウェイの試合を見ていると、後ろから声が掛けられた。


「アンタがホーリーかい?俺はブリトルってんだ」


「ブリトル?」


 ホーリーは勝ち抜き戦の対戦表に目を向けて、自分の対戦相手の名前を確認する。ブリトル。うん、この人だ。


「あー、ブリトルね。今一番知りたい奴の名前だね」


「その割に今、対戦表見なかったか?」


「いやいやいや、見てないよ」


「その態度とれんのも今の内だぞ」


 恨むように言い放つと、ブリトルはのっしのっしと控室に消えて行った。








 結果から言うと、今は決勝戦までの休憩時間だ。ブリトルは一回蹴飛ばしただけで腕が砕けた。2回戦目のヴァルネラブラは、攻撃にわざと当たっているのではないかと思うほど当たっていた。決勝戦で戦う相手はシャディだ。どう戦うか、頭の中で作戦を練っていると、男が話しかけてきた。


「やあ、ホーリー君」


 声の主は鶯茶色の髪を掻き上げながらこちらを窺う男がいた。今、頭の中でぶっ飛ばしたばかりのシャディである。


「何だ?」


「君に通達しよう。君では私には勝てない。足掻くだけ無駄さ。ハッハッハッ…………」


 笑いながらシャディが立ち去る。ホーリーは開いた口が塞がらなかった。何しに来たのだろうか。感情を揺さぶりに来たのだろうか。だとしたらもう少しやりようがあった気がするが。


 決勝戦が静かに始められた。相手が変なことをしてきたが、ホーリーは至極冷静に始められた。


 シャディの戦い方は典型的な型主義的な闘い方だ。型には崩し方があったりするので、そこまで脅威ではない。だが、そこに自信という名の依存があると話は別だ。負けるわけがない、倒せないなんてありえないと思うと、剣が応えてくれる時があるのだ。シャディの剣にはその絶対的な自信が感じられた。


(まずいな。どこかに一瞬でもいいから隙を作らせないと)


「どうしたんだね、君。防戦一方ではないか。やはり君では勝てない戦いだったね。諦めて降参すると良い。もうすぐ夕飯の時間だ。私の最大の秘奥義の時間だ」


(奥義すら見せてもらった記憶がないが、いきなり秘奥義ときた。どうする)


「しゃっ!!」


 シャディは剣を上段に構え、袈裟斬りを行う。剣は藍色の何かを纏い、シャディ自身は赤い雰囲気を纏っている。シャディの放つ大技に慌てて剣を合わせる。その一撃は何とも軽かった。今までの一撃と何ら変わらない普通の一撃だった。


 シャディの放った大技は何と見掛け倒しだった。


 ホーリーは拍子抜け、剣を弾いて腕をかち上げた。そして剣の腹で見掛け倒しの男の頬を叩くと、珍妙な声を出して倒れた。


 あっさりと決着がついた。あの強者感は何だったのだろうか。


 ホーリーは苦戦していた自分が恥ずかしくなった。優勝者への取材をこなし、大会の締め前の世間話を何事もなく進行され、最後の別れの挨拶に入る。


「それでは最後に、優勝者であるホーリーさんは明日、騎士兵舎へ行っていただきます。それでは皆様、またいつか!」


「っ!?」


 今、無視できないことを言わなかったか!?

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