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バニラチョコレートにスパイス

作者: 七狗


 

 どうして大好きなチョコレートは男の人ばかりが貰えるの、と言われ、豊橋修哉(とよはししゅうや)は熱くて飲めそうにないカップに向けていた視線を、目の前の彼女に向けた。ミルクティ色の髪を緩く巻いた彼女は、そんな事には目もくれず、目の前の席でストロベリーチョコレートのかかった一口サイズのドーナツを頬張って、ほんのりとピンク色に染めた頰を膨らませている。

 真っ白なコートに淡い色のワンピースという可愛らしい格好も、ハートの形をしたネックレスも、華やかなのに主張し過ぎない化粧も、髪が揺れるとほんのりと香る甘いバニラのような香りも、相田愛莉(あいだあいり)の武装だという事を、修哉はよくよく理解していた。

 忘れっぽい性格をしているせいか、席替えでたまたま席が隣になっただけの修哉に対し、物怖じせずにあれを貸してくれこれを見せてくれと頻繁に頼んでくるのが、この愛莉である。面倒だと思った事は少なくないけれど、彼女は実に要領の良い人間であって、必ず笑顔で嬉しそうにお礼を言い、手作りのお菓子を手渡してきたり、飲み物を奢ってくれたりする事もあるのだ。お人好しそうだ、と言われる容姿だけが取り柄の修哉にとって、特別顔が良いわけでなく、気の利いた事が言えるわけでない自分が、どうして彼女と一緒に出かけたりしているのだろう、と悩んだ事もあったのだけれど、彼女は学校でも外でも何ら変わらない。

 愛莉は思った事を思ったまま口にする性格で、裏表がなく、それが時折わがままに感じる事もなくはないけれど、嫌だと感じるラインが修哉とよく似ているようで、不満を感じる事があっても仕様がないと甘受してしまう。一緒にいて気楽に何でも話せて、苦痛を感じる事がない、という人間はとても希少なものだ、と修哉は思っていて、だからきっと、こうしてだらだらとショッピングモールへ買い物に来たり、セール中のドーナツ店でのんびり過ごしたりしているのだろう。修哉は熱くて飲めそうにない飲み物を諦めて、チョコレートコーティングにアーモンドやピスタチオ等がデコレーションされたドーナツを手に取り、一口齧った。香ばしいナッツの香りとチョコレートの甘さが、口の中にいっぱいに広がっている。


「友チョコとかいうのもあるじゃん」


 毎年バレンタインの時期になると、女子達がこぞってラッピングされた小さな袋を友人同士で交換しているのを思い出して、修哉は言った。

 愛莉はその言葉に肩を竦め、困ったように眉を下げて首を振っている。


「あれは女の子から女の子にあげるのがメインだもん。クラス全員にあげる子もいるけど、それはちょっと違うでしょ?」

「別に気にしなくても良いと思うけど」


 海外ではどちらが贈ろうが何を贈ろうが決まっていない、と聞いた事があるので、愛莉自身が欲しいのなら欲しいと言えばいいだろうし、彼女の性格からしてみても、可愛らしく頼み込めば幾らでも誰からでも貰えそうだ。修哉にとってそれは、あまり面白くない、あまり考えたくもない事、ではあるのだけれど。そんな考えを見抜かれないよう、一向に冷めそうにないカップに息を吹きかけた修哉に、まあるい眼をした愛莉は前のめりになって嬉しそうに言う。


「それって私が貰っても良いって事だよね?」

「ああ、まあ、そうなんじゃない?」

「じゃあ、私はホワイトデーにお返しするから、豊橋は私にチョコ頂戴!」


 無邪気な笑顔を向けてとんでもない事を言い出す愛莉に、修哉は思わず頭を抱えてしまった。一体何をどうしたらそんな事を言い出す事になっているんだ、と思うけれど、彼女は嬉しそうに返事を待っている。

 彼女はチョコレートが大好きで、だからバレンタインにかこつけてチョコレートを思う存分食べたいだけなのだろうけれど、と考えて、修哉はカップをテーブルに置き、深く長く息を吐き出した。

 頼み上手な愛莉だからといって、修哉にも譲れないものがあるのだ。


「俺、好きな子からチョコレート貰うの夢だったから、それは駄目。特別だから」


 一緒に出かけているのだし、今までだってお礼と言って手作りの菓子を用意してくれたのだから、もしかしたらバレンタインのチョコレートくらいは貰えるのではないだろうか。そう都合の良い考えをしなかったわけでもない修哉にとって、出来るならば、その機会を奪われたくはないのである。次第に顔が赤くなっているのを感じながらそう言うと、愛莉は大きな瞳をぱちぱちと瞬かせて、首を傾けていた。


「じゃあ、私もあげるから豊橋も頂戴。それなら良いでしょ?」

「あのなあ、それがどういう意味かわかってんの?」


 修哉が呆れて片手を振ると、何故か愛莉は真っ直ぐに修哉を見つめている。明る茶色の大きな瞳は、透き通るように綺麗に見える。あまりに真剣な眼差しだったので、修哉が驚き閉口してしまうと、彼女はゆっくりと柔らかく眼を細めていて。


「そういう意味じゃなきゃ、バレンタインのチョコレートの話なんてしないよ?」


 大体、こんなめいっぱい気合い入れておしゃれしてるのは、かわいいって言って欲しいから、なんだから。

 ほんのりとピンク色に染めた頬を膨らませている愛莉は、そう言うと途端に頰を緩め、ほっそりとした指先を修哉の鼻先にとんと当てて、ことりと首を傾けた。動作に合わせてミルクティ色した髪が揺れ、バニラみたいな甘い香りがふわりと香っている。


「豊橋だからわがままだってたくさん言いたいの、わかってない、なんて言わせないからね?」


 自信満々にそう言った彼女に、修哉は顔が熱くなるのを感じて、慌てて目の前にあるカップを手に取って俯いた。熱過ぎるカップの熱が、じんわりと伝わってきて、まるで今の自分と同じだ、と修哉は思う。セール中のドーナツ店の中は、人が多くて煩いけれど、もう彼女以外見えなくなってしまったかのような、そんな錯覚を覚えてしまう。

 どんなに彼女がわがままを言ったって、無理難題を言ったって。考えて、修哉は顔を上げると、息を吐き出して彼女を見た。どんなに彼女がわがままを言ったって、無理難題を言ったって、結局の所、惚れた弱み、と言うものなのだろう。

 苦笑いを浮かべた修哉がカップを置き、その手を握り締めて頷くと、愛莉はこれ以上ないほど可愛らしく笑っていた。



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― 新着の感想 ―
[良い点] とても可愛らしいやり取りでニヤけました!! 最高に甘かったです!!
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