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麦川アパート物語  作者: 美祢林太郎
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15 ピラミッド建設

15 ピラミッド建設


 国内外から信者を名乗る者たちがたくさん巡礼に来るようになって、さながら村は宗教都市の様相を呈してきた。彼女たちを泊める高層ホテルが林立した。信者たちを満足させるように、様々な種類の土産物もできた。萌は押し寄せてくる信者を満足させるためには、美術館や音楽ホールなどの文化施設も必要だということで、金に物を言わせて、イタリアやフランスから名画や彫刻を買い漁り、美術館を建設した。音楽ホールには世界一のパイプオルガンを設置し、海外から一流のオーケストラやバレエ団を呼んだ。

 そうした周辺のことと同時に、信者が礼拝できる壮大な礼拝堂の建設が喫緊の課題となった。これまでは、旧小学校の体育館を使っていたが、それはもはや手狭であった。どうせなら、ローマのバチカンにあるサン・ピエトロ大聖堂のような荘厳な建物を建てようということになり、萌は大聖堂の建設に着手することになった。萌は一人で全体構想を描いた。それは我々の想像を絶する代物だった。なんとピラミッドなのだ。現代の科学技術を駆使して一片が一キロメートル、高さが500メートルはあろうかという巨大なピラミッドが出現した。マスコミは現代のバベルの塔だと大々的に報道した。上方階は全面ガラス張りで、中階は吹きっ晒しになっている。真ん中にエレベーターが突き抜け、最上階に教祖が住むという。だけど、最上階におれはもちろん、じいさんも住んではいない。結局、美術館や音楽ホールもこの建物の中に入ることになった。スペースが空いているということで、キャバクラまでもピラミッドの中に移転し、随分豪華な内装が施されて、新装開店することになった。それならいっそピラミッド全体をラスベガスの街のような一大アミューズメントセンターにしようということになって、プロレスの会場も常設されることになった。他にはサーカス会場やサッカー場などの運動施設までもが中に入った。

 一方、麦川アパートの生活は何も変わらなかった。とは言え、駅前のキャバクラの客が旧小学校のキャバクラにとられてしまって、最近閉鎖されてしまった。このことを機会に、キャバクラもコンビニもラーメン屋もやめて全員で美咲が一人で行っている農業(おれが手伝っていることを誰も言ってはくれない。おれの存在は頭にないようだ)をしようということになって、みんなで農業を始めることになった。未来と亜美はラーメン屋のアルバイトの後任が決まるまで、ラーメン屋で働き続けることになった。これまで世話になった人たちに迷惑をかけるわけにはいかなかったし、なによりも亜美は彼女が勤めている『コタン』の味噌ラーメンが大好きなのだ。

 農業に従事する人数が増えたので、水田もしようということになり、近所の農家の人に教えてもらって米作りを始めた。おれは肉体労働者として重宝された。女の子たちは自分の好きなものを勝手に栽培するようになった。中にはキノコを食べたいと言って、シイタケやナメコを植菌する者もあらわれた。マツタケも植菌したが、農家の人にそれは無理だと教えられ、仕方なくあきらめた。

 こうして色々な野菜を栽培していったが、野菜だけではたんぱく質が不足すると言い出した者がいて、数羽の鶏と一頭の乳牛を飼い始めた。卵をとり、牛乳が呑めるようになった。こうして自給自足の生活モードに入っていったが、100%自給自足するつもりもなかった。実際、繊維から服をつくるわけにはいかなかった。彼女たちは作った野菜をピラミッドの産直売り場に出して、現金収入を得るようになったが、それでもキャバクラで働いていた頃の収入からは激減した。それでも彼女たちに不満はなかった。物を買うのを減らせばいいだけだからだ。

 そう言えば、おれはピラミッドの中に競馬場を作ることを提案したのだが、即座に萌に却下された。おれはその競馬場で八百長をして毎回おれが勝つようにしたかったのだが、毎回勝つような賭け事が面白いわけではないことに後から気づいた。却下されてよかったのだろう。それにつけても、いかさまを考えるようでは、おれのギャンブラーとしてのプライドも地に落ちたものだ。

 そう言えば、桜の樹の下に置かれていた観音様は今でもひっそりとそのままにしてあるが、賽銭箱はいつ頃からか朽ちてなくなっていた。賽銭箱が置かれた当初は、毎日ずいぶん賽銭が入っていたのだが、萌たちが旧小学校に移ってからは、賽銭を入れる者もいなくなった。アパートの住人は信仰心をこれっぽっちも持ち合わせていないのに、いつからか観音様の前に座って手を合わせるようになっていた。いったい何を祈っているのだろう。多分、静かに手を合わせているだけじゃないのか。まあ、人の心の中はわからないけれど・・・・。

 おれは時々、競馬に勝たせてください、と頼んでいる。最近は、競馬に行くよりも、祈る回数の方が多くなってしまった。これだけ祈りを貯めているのだから、いつか利子をつけてどかっと返してもらわなければ、と楽しみにしている。

 それにしても、新しい信者たちは誰もアパートに訪ねてこなくなった。この村で静かなところと言ったら、今じゃあこのアパートくらいなものかもしれない。おれは毎週日曜日の朝に礼拝のために萌に会いに行っていたが、アパートの住人は誰も萌とは会っていない。幸子や七海はたまにアパートに来て、トマトを食べて行く。やっぱりトマトが好きなんだ。最近は、牛乳が美味しいと言って、搾りたてを水筒に入れて持って帰るようになった。

 おれは萌を偉いと思っている。だって、勝手に入信してきた連中の面倒を見ているのだから。おれたちと同じように、信者たちを放っておいてもよかったはずだ。おれたちが自らを宗教団体と言った覚えはなかったし、ましてや入信を勧めた覚えもないのだから。そりゃあ、いまはおれだって萌から頼まれて教祖のふりをしているが、それだって萌もおれも望んでやっているわけではない。信者から望まれているからしょうがなくやっているんだ。彼女たちの期待に応えているだけだ。萌は慕って来る人たちの期待に応えようとする気持ちが人一倍強いし、実際に並々ならない努力をしている。彼女には信者に応えるだけの才覚があったのだけれど。きっと気持ちだけあっても、能力や行動力がなければ信者たちの期待に応えることはできなかったはずだ。

 世間には陰で萌のことをとやかく批判する者がいることを、おれも知っている。だけど、萌はかれらが言うように私利私欲を持って行動しているわけではない。彼女は一つの言い訳もしないので、自ら誤解を解くことはないが、彼女が自分のために何かを買ったり、蓄財していることは断じてない。それは彼女が着ている粗末な服を見ればわかるはずだ。だが、それすらもわざと貧者の服装をして、ひっそりとどこかで贅沢な暮らしをしているはずだと陰口をたたかれてている。若いつばめを買っているのかもしれないし、あの中年男とできているのかもしれないとさえ言われている。しょせん肉欲の宗教じゃないか、と吐き捨てるように言う奴もいる。彼女のところにもそんな声は届いているのだろうが、彼女は知らぬ顔を決め込んでいた。

 彼女は信者たちを守り、村人たちを守っているが、彼女はいったいどこにみんなを導こうとしているのだろうか? それはわからない。とりあえず、経済的な繁栄がもたらされ、それにみんなは満足しているだけなのだ。

 そう言えば、最近じいさんと競馬に行かないので、じいさんの予言を聞かないようになった。じいさんはどこかで予言をしているのだろうか?


        つづく


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