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麦川アパート物語  作者: 美祢林太郎
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13 キャバクラの新装開店

13 キャバクラの新装開店


 麦川アパートに平穏な時が戻ったが、それもつかの間のことであった。多くの在家の信者たちが、アパートで教祖や十二使徒と一緒に共同生活をしたいと言い出したのだ。おれたちはこれまでも教団ではないことは口酸っぱく発信してきたが、勝手に在家信者を名乗るようになった人たちは、それを許してくれなかった。我々は江戸時代の隠れキリシタンのように、何らかの理由で、自らが信者であることを名乗り出ることができない試練を与えられた人たちであると、在家の連中に妄想を抱かれるようになってしまったようである。もはや我々の手で信者の膨れ上がった妄想を萎ませる ことは、不可能に思われた。

 それにしても、十二使徒とはいったい何のことだ。信者によると、アパートに住む女の子が12人いるから十二使徒ということになるらしい。萌によると、そもそも十二使徒とはキリスト教の用語だという。イエスに従った宣教者が12人いたらしい。萌からレオナルド・ダ・ヴィンチの「最後の晩餐」の絵を見せられて説明を受けたが、十二使徒が偉い人だということだけはわかった。それ以外はまったくわからなかった。疑問は、イエスを裏切ったユダがどうして十二使徒に入っているかということだった。萌によると、十二使徒に入れない場合もあるそうだが、本当はそんなことどうでもいいことだった。12人もいたら一人くらい裏切者が出ることは世の習わしじゃないか。宗教の恐ろしさは、未来永劫、決して裏切者を許さないことだ。もっと寛容になってもいいんじゃないか。いいや、執念深いのも人間の性なのか・・・、やだね。

 アパートに12人の女の子が住んでいるのは、たまたま部屋が12室あったからに過ぎないし、ただアパートに居ついているからにすぎないのだ。信者が言うように彼女たちが神から選ばれた人間なんて主張するのは、おこがましいのにもほどがある。十二使徒様が知ったらきっとばちが当たるだろう。あまりに恐れ多いことだということくらい、下々のおれにだってわかる。でも、彼女たち自らが十二使徒と言った覚えはないことくらい神様だってわかってくれているだろう。彼女たちは信仰心がひとかけらもないけれど、日々何事もなく幸せに生きられたらそれで満足な人間たちなのだ。宗教とはほど遠い人間たちばかりである。それがよりによって十二使徒にされてしまうなんて。滑稽にもほどがある。彼女たちはキャバクラや野菜作りで楽しく生きているんだから。麦川アパートに来るまでは、みんないじめにあったりして大変だったんじゃないかって? そんなの大なり小なり誰にでもあるだろう。不幸は売り物じゃないし、買ってくれる人はいないんだ。不幸が多いくらいで使徒になれるんだったら、世の中、使徒だらけだぜ。

 教団でのおれの位置づけか? 教祖の次の位らしいんだ。教祖の最高の弟子ってところかな。そういう意味では、十二使徒よりも上の地位にあるらしい。そう思ってくれると、悪い気はしないけどな。だけど、おれなんて生まれてこのかた、何も良いことをしていないよ。たいした試練があったわけもないし。だいたい競馬で一儲けすることしか考えてこなかったんだから。他人の幸せなんてこれっぽっちも考えたことがないよ。全然禁欲的でないし。幸子にジャイアントスイングで振り回されたのがトラウマになって、しばらく禁欲的みたいになっているだけで、おれが好き者なのは変わってないって。おれ、禁欲的にはなりたくないんだから。

 我々の日々の平穏な生活とは裏腹に、100人以上の女の子がアパートの回りでテントを張って住み始めた。あるテントには母親と二人で生活している者もいる。真面目な萌が、この状態を打開しようと、みんなに相談した。幸子はそのうちテント生活が辛くなっていなくなると言ったが、どうも彼女たちは辛さも試練のようにとらえているらしい。厄介なことに、彼女たちは我々と違って筋金入りの宗教心を持っているようなのだ。

 とりあえず、萌は村にある廃校になった小学校の体育館で、信者たちに共同生活をさせようと言い出した。幸子もこのアパートの周りから彼女たちがいなくなることについては賛成だったので、萌の提案にのった。どうせならと、幸子は小学校の校舎を改装してキャバクラを開こうと、突拍子もない案を言い出した。幸子が勤める駅前のキャバクラが繁盛し過ぎて、全部の客を収容することができなくなっているそうなのだ。

 当然のことだが、旧小学校をキャバクラに使うことには村長を始めとして警察署長や教育長が大反対をしたが、かれら3人は彩乃から浮気したことをばらすと脅されることで黙ってしまった。浮気相手は3人とも彩乃だった。それぞれの浮気場面の写真には、彩乃の左腕に村長たちの名前と「命」の文字がタトゥーされているのがはっきりと認められた。「命」の文字は本物のタトゥーだが、名前はいつもの偽物だった。綾乃のためにニセタトゥーを作ってやったのは優花だった。肌の上に「命」の文字と寸分違わない色合いで精巧に名前が書かれ、直に見ても騙されてしまう代物だった。こうして地域の女性群の反対を押し切って、旧小学校の一部はキャバクラに改装された。それと抱き合わせるように、旧小学校の教室がキャバクラの従業員として働く信者用の宿舎になることが村の議会で承認された。

 旧小学校のキャバクラが軌道に乗るまでは、幸子がチイママとしてサポートすることになった。ここでも幸子のジャイアントスイングのアトラクションが行われ、大盛況だった。幸子は近い将来自分が駅前のキャバクラに戻ることを考えて、ここで働く女の子たちの中で一番屈強な女の子にジャイアントスイングを教えた。すると他の子からも自分たちにもプロレスの技を教えて欲しいと頼まれたので、自分も体が鈍らないようにプロレスを教えることにした。まずは基礎体力からである。一日2時間、週5日が練習に費やされた。

 いずれにしても、働く信者たちの献身的な努力によって、キャバクラは大盛況となった。駅から遠いのでタクシーで来る客が多かった。タクシーの利用客が増え、村のタクシー会社は大いに潤った。もちろん村長や警察署長、教育長もこちらのキャバクラにやってきた。かれらの指名によって、彩乃は駅前のキャバクラからこっちに移動することになった。

 こうしてキャバクラは小さな村の主要産業となり、そのうち村の男や女もキャバクラで働くようになった。まだ使っていない教室が残っていたので、いくつかの教室は昼間に蕎麦屋を営業した。ある教室は地元のシカやクマを提供するジビエ料理のレストランになった。旧小学校はなんでもありの繁華街となった。何もなかった村が、一挙に華やぐ村に変貌していった。教室の一つはカジノとなって、怪しい連中が出入りするようになった。村の女たちがたくさんの宝石を身に着け、ブランド物の衣装を身にまとい、エステに通って派手になっていった。村人はマンションを建ててそこに住むようになったので、建築業者は儲かった。

 この旧小学校の経営者は萌だった。銀行から融資してもらい、旧小学校の改装に金をつぎ込んだ。ここでも頭取と彩乃の関係が役に立った。萌は忙しくてアパートに帰ってこなくなった。

 ここで彩乃の名誉のために断っておくが、彩乃が頭取や村長、警察署長、教育長をハニートラップではめたわけではない。彼女は一時的にかれらを真剣に好きになって夜を共にしただけなのだ。萌が困っていたので、村長たちとの関係をばらしたのは軽率ではあったが、綾乃は口が軽いのだ。村長たちは、彩乃と萌から脅されるかたちになったとはいえ、萌を恨むことはあっても、彩乃を恨むことはなかった。実際、浮気が奥さんにばれることはなかったし、仕事に支障が出ることもなかった。却って、キャバクラの成功によって、死んだような村が活性化され、税収が上がったことで村長の株は上がったのだ。


           つづく

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