12 幸子の出アパート
12 幸子の出アパート
毎日、たくさんの報道関係者や見知らぬ人たちがアパートに押し寄せてきた。日曜日には親が小学生くらいの子供を連れてピクニックにやって来る。そして、アパートを指差して子供に「いま頑張らないと、大人になってこんなおんぼろアパートに住むことになるんだから」と言うのだ。子供は深く頷いている。それから二人は、アパートの傍にビニールシートを敷いて、母親が作ったであろうおにぎりを食べ、水筒からお茶をコップに注いで飲んでいる。平和な親子のように見えるが、ここに子供を連れてくること自体が異常だ。こんなことは教育でもなんでもない。ただのやじ馬じゃあないか。わざわざやじ馬になることを子供に教える必要はない。
子供はおにぎりを食べ終わると、リュックサックからゲームを取り出し、それに熱中した。その隣で親もスマホを取り出し、メールを打ち出した。かれらに会話はなかった。のどかな春の一日だ。
ある朝、桜の下に石でできた小さな観音像が置かれ、その前に賽銭箱が置かれていた。多分、在家の信者と名乗る者がおいていったのだろう。すると、アパートを物見遊山に訪れた人たちがこの観音像に手を合わせ、「シュワッーチ」とお祈りをして、賽銭を入れた。アパートの住人の思いとは裏腹に、アパートは宗教施設の体をなしていった。
世間の喧騒とは別に、アパートの住人たちの生活は落ち着きを取り戻していった。みんな一緒に朝食を食べて、コンビニ組やラーメン組はシフトに合せて働きに行き、キャバクラ組は毎日夕方に出勤した。彼女たちは全員働き者だった。
キャバクラ組は全員人気者だったので、世間の批判はあっても、雇い主は露ほども解雇を考えなかったようだ。客たちの多くは常連客だったが、最近はテレビで評判になったこともあり、一見の客もたくさん来るようになった。気に食わない客からはたんまりふんだくったので、そんな客はあることないことをSNSに書き込んだ。それで店の客は減るどころか、益々増えていった。その理由は、SNSで拡散されたのが悪口雑言だけでなく、幸子のジャイアントスイングの動画も客たちによって繰り返し発信されたからだ。振り回される七海は毎日パンツの色を替え、店はその色を当てるゲームまで始めた。ジャイアントスイングでパッとスカートが開き、下着が見えた時にはやんやの喝さいが飛んだ。このアトラクションを直に見たいと、新規の客が来店するのだ。
ある朝、唐突に幸子がみんなでこのアパートを出ようと言い出した。朝から晩までテレビのレポーターや在家の信者、それに物見遊山の人たちがアパートの周りをうろつきまわるのがうざいと言うのだ。ならばどこに行くかと話し合ったが、みんなで住めるような安いアパートに思い当たることはなかった。もしアパートを出て、共同生活をするならば、数人で同じ部屋に住まなければならなくなるだろう。みんな一人一部屋の方がいいと思っている。それかと言って、別々のアパートに住みたいとも思わなかった。万が一、ここと同じように安いアパートがあったとしても、野原に一軒家のアパートはそうそうないだろう。ここは、みんなで深夜に「レットキス」を大声で歌って踊っても、誰も文句を言いにくる者はいないのだ。交通の便が悪かったり、立て付けが悪くて隙間風が吹いたり、廊下がミシミシいうことくらいどうってことはない。麦川アパートは彼女たちが自由を謳歌できるパラダイスなのだ。
たとえ引っ越ししても、レポーターややじ馬はどこまでも付いてくるだろう。それに遠くに引っ越したならば、今のキャバクラやコンビニ、ラーメン屋に勤めるのは難しくなる。すると、また一から生活の基盤を構築しなければならない。考えれば考えるほど面倒くさくなってきて、みんなは引っ越しに消極的になっていった。
結局ここに残るしかないだろうということになったが、それでも幸子はここを出ていくと言って、荷物を片付け始めた。彼女に従うものが2名いた。幸子の子分の七海とお調子者の玲奈である。玲奈は何か楽しいことが起こるのではないか、とワクワクしている風であった。小学生の修学旅行前夜みたいものである。
彼女たちはテントを持って、行く当てもなく野原を泊まり歩いた。ところどころで無断で畑から野菜を盗んで食べたので、悪評が立って、それをSNSに書かれた。レポーターたちは、アパートの連中よりも幸子たちの方が何かはでなことをしでかすと思い、アパートを離れて幸子たちの後を追い始めた。朝のワイドショーは、幸子たちの野菜泥棒のニュースからスタートした。
幸子の人徳なのだろうか、それとも怜奈が催促したのだろうか、付いてきたレポーターたちが彼女たちに食料や酒を差し入れするようになった。さらに、夜になると火を焚いてレポーターたちと一緒に酒盛りをするようになったので、行く先々で近隣の顰蹙を買うようになってしまった。昼間に一緒に歩いている人数は幸子たちを入れて10人足らずなのに、夜の酒盛りの段になると、レポーターや村人たちで30名以上に膨れ上がっていた。さらに、SNSでこれを聞きつけた人たちが、一升瓶やつまみを持って酒盛りに参加するようになって、毎晩50人以上の大団円となった。毎日宴会の人数が増えて行き、田圃や畑が荒らされた。朝はそちこちに糞尿が残されていた。幸子たちが次にどこに野営するか、近隣の人たちは不安になった。
そして一行に小さな事件が起こった。一緒に歩くうちに七海と親しくなっていたレポーターが、ある夜、七海に夜這いをかけたのだ。それがどうしたわけか間違えて幸子の寝床に入ってしまった。お察しの通り、レポーターは幸子に逆エビ固めにきめられ、ジャイアントスイングで振り回されて、泡を吹いてノックアウトした。テレビ局は、レポーターの不手際を幸子に謝罪したが、SNSによってレポーターたちが毎晩の乱痴気騒ぎに参加していたことがみなの知るところとなっていった。こうしてテレビ局を始めとしたマスコミは、幸子たちの取材を止めざるを得なくなった。マスコミに登場しなくなってしばらくすると、幸子たちに関心を払う者もいなくなり、やじ馬も見に来なくなって、騒ぎは沈静化していった。
こうして幸子たち3人がアパートを出て一ヶ月が経ち、騒動もすっかり収まって、幸子たち3人はアパートに帰ってきた。萌たちアパートの住人は幸子たちの帰りを盛大に迎えた。幸子は我々には打ち明けなかったが、初めからレポーターたちの注意を自分に引きつける計画だったのではないだろうか。幸子が出て行った翌日から、アパートは静かになった。幸子は畑を荒らすなどして、わざと話題になるような派手な行動をとっていたのだろう。幸子が単独で考えたのか、萌と二人で考えたことなのか、おれにはそこまではわからなかったが・・・。
この一ヶ月の間に、アパートの周りの環境は大きく変わっていた。以前クズの蔓に覆われて藪だったところが、きれいに刈り取られ、野菜畑になっていた。美咲がどうしても美味しいトマトをみんなに食べさせたいと主張し、実家に電話をかけてトマトの苗を取り寄せて植えたのだ。おれは美咲に言われて、毎日草刈機で雑草を除去し、ひたすら鍬で土地を耕した。美咲は農業は嫌だと言って家を飛び出したくせに、トマトの栽培には異常に熱心だった。彼女は自分が思っている以上に農業に向いているようだ。それはアパートの誰もが思うところだった。だって、彼女は喜々としているのだから。彼女はトマト以外にも、色々な野菜を植えようと言い出した。美咲はキャバクラを止めて農業専従になり、他の連中は時間が空いた時に彼女を手伝うようになった。彼女たちは、ホウレンソウが食べたいとか、トウモロコシが食べたいとか、口々に好みの物を美咲に言った。ピーナッツを食べたいと言うので、落花生を植え、地中から落花生を引っこ抜いたのを見て、みんなびっくりした。トマトのように、地上で落花生が実ると思っていたのだ。バナナも栽培しようという者がいて、それならとマンゴーが食べたいと言い出す者もいた。美咲は「いつかね」と言ってごまかした。
おれが開墾したのは幸子がいなかったから仕方なくである。やっぱり力仕事だったらみんなは幸子を頼りにし、おれを頼りにすることはない。だが幸子がいないと、やはり男のおれだということになるようだ。おれだってずっと力仕事をしていないので、率先してやりたかったわけではないが、みんながおれを頼りにしているのがわかったので、おれはおれなりに一生懸命働いた。初日は体中が痛んだ。女の子たちが変わりばんこにマッサージをしてくれた。もしかすると、おれは彼女たちに初めて頼りにされ、喜ばれたのかもしれない。頼りにされると、こんなに気分が良いものか。
朝食にトマトが出た。うちの農園で採れたトマトだという。みんな一個丸かじりした。口々に「美味しい」という言葉が出て、みんな何個もトマトを食べた。幸子が「おまえの家のトマトが美味しいって言っていたのが、よくわかったよ」と言った。おれはトマトを丸かじりにして中身が外に飛び散り、その一部が幸子の顔に付いた。おれは一瞬凍ったが、幸子が笑い、それにつられてみんなも笑った。おれも恐る恐る笑った。
つづく