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麦川アパート物語  作者: 美祢林太郎
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11 カルト教団

11 カルト教団

 

 食堂で女の子たちが話をしている。最近、キャバクラに目つきの鋭い男が客としてやってきて、このアパートの住人のことをあれやこれやと調べているようだ、と言うのだ。話をしながら、陰で会話を録音したり、写真を撮っていると言うのだ。キャバクラで働いているみんなに心当たりがあった。幸子が一度その男に「何を嗅ぎまわっているんだ」とすごむと、その男はすぐに話題を替えてそそくさと退散したという。その男の特徴は、年齢は40過ぎで、中肉中背で、うっすらと口ひげとあごひげをはやしていたという。七海が似顔絵を描き、他の連中がよく似ていると褒めた。似顔絵を見たコンビニ組とラーメン組の女の子たちが、この男は店にも来て、私たちの写真をこっそり撮っていた、と言った。どこかの変態だろうと思ったそうだ。おれもこの似顔絵を見ると、この男に心当たりがあった。おれは萌の顔を見た。萌もおれの方を見た。萌が口を開いた。この男はアパートにも来ていると言った。萌が玄関の掃除をしていた時、外でアパートの写真を撮っていたのがこの男だった。おれもその場面を見ていた。萌が「何か用事ですか」と聞くと、名刺を差し出した。それには「文芸秋春 記者 田中聡」と記されていた。男はカレー事件のその後を取材していると言った。萌が「カレー事件はすでに解決したんじゃないんですか」と言うと、「まだ、あの、何ですか、そうそうナンキンハゼの実を入れた犯人が見つかっていないでしょう。あれは誰だと思いますか」と聞いてきた。萌は「わかりません」とだけ答えた。あの事件から半年以上も経ち、年を越して季節はすっかり春になっていた。近隣の人たちからもカレー事件の話題は上らなくなっていた。おれは外に出て行って、どういう取材なのかと二人の間に割って入って行った。おれは少し喧嘩腰の口調になっていたようだ。田中は「そろそろ犯人はわかったのかと思いまして」と言った。「それにしても玄関の桜が見事ですね」と田中は話題を替えた。おれと萌は反応しなかったが、いつの間にかじいさんがそばにいて、「今年の桜は見事ですね」とすっとぼけた声を上げて、桜の木を見上げた。田中は咄嗟にカメラでじいさんの顔を写真に撮った。萌は「やめてください」と強い口調で制止したが、シャッターの連射の音が鳴った。男は「じゃあまた」と言ってその場を離れたが、少し離れた位置で振り向いて、アパートを背にした我々3人と桜の樹を撮影して帰って行った。

 とにかく、田中には気をつけよう、ということになってその日の朝食の雑談は終わった。じいさんは食堂の窓から満開の桜を見ていた。

 それから数日経った朝、舞が「この記事を見てよ」と言ってみんなの前にスマホを差し出した。一人がタイトル「カルト教団 愛欲に溺れた家出少女 ハーレムの実態」を読み上げた。「それがどうしたのよ」と他の者が聞くと、「これ私たちのことなのよ」と舞が言うと、全員が「えっ」と大きな声を上げた。他の連中もスマホを取り出し、その記事を開いて、真剣に読み始めた。記事には概略次のようなことが書かれていた。


 読者のみなさんは半年前の「カレー殺人(未遂)事件」を覚えておられるだろうか? のどかな田舎の文化祭で、カレーを食べた人たちが次々に嘔吐や腹痛で倒れ、何台もの救急車が出動した事件だ。幸い、死者が出ず、入院ですんだが、いまだにカレーに毒物を混入した犯人は見つかっていない。その時、一番疑われたのはカレーの見張り番をしていた女性たちである。我々取材班はこの女性たちを追跡取材し、彼女たちの常軌を逸した異様な生活を暴くことができたのである。

 彼女たち12人は男2人と一つのアパートで共同生活をしている。彼女たちは家出少女たちである。ホリグチヤスベエ(仮名)と名乗る中年男性が、痴呆がかっている老人を教祖に仕立て、いかがわしい教団を起こしたのである。教団の名前は「サクラ教団(仮)」という。一応このアパートは「サクラ教団(仮)」の総本山ということになっている。この教団で重要な役割を果たしているのが広報担当でもあるタナベヤスコ(仮名)である。タナベはまだ二十歳未満であるが、この女性こそがホリグチ(仮名)に誘われてこのアパートに住むことになった家出少女一号である。タナベ(仮名)はしたたかにもホリグチ(仮名)と組んで、後の「サクラ教団(仮)」を起こした張本人なのである。タナベ(仮名)はスマホの出会い系サイトから家出少女に言葉巧みに声をかけ、アパートに引き込み、信者にし、共同生活を始めることになったのである。さらに、家出少女たちに教団へ献金するためと言葉巧みに騙し、キャバクラで働かせ、その収入を全額教団に強制的に納めさせている。女の子たちには自由になる金がまったくなく、質素な生活を余儀なくされている。アパートから脱出したくても、着の身着のままでは出ていけないのである。それがホリグチ(仮名)とタナベ(仮名)のしたたかなところである。女の子たちは毎夜ホリグチ(仮名)の性の奴隷にされているという噂も飛び交っている。

 以前、周辺の小学生が変態に声をかけられ、誘拐されそうになったこともある。このアパートの教団ができて以後、この地域には怪しい事件が多発し、住民を恐怖のどん底に落としいれている。

教団には自衛のためか、元・女子プロレスラーのヤマシタクマコ(仮名)を雇っている。ヤマシタ(仮名)は、女子プロレスラー時代は悪役で、その凶暴さによってプロレス界から追放された女である。これまでも、暴力で教団の批判を握りつぶしてきたとのことである。


「何よこの記事、これはどう見ても、私たちだわよね。でも、「サクラ教団」なんて何よ。信じられない」

「どこの記事。『文芸秋春』、あの田中の会社じゃないの。私、ちょっと駅に行って『文芸秋春』を買ってくるわ」

「どうせだから5冊買ってきてよ」

 美咲は自転車で駅まで出かけて、週刊誌を買って帰ってきた。

「この写真、目が隠されているけど、幸子じゃない。店で田中を怒った時に、撮られた写真じゃないの。凶暴そうに写っているわね」

「これじゃあ、凶暴そのものだわ」

「あんたたちまで、何よ」

「ごめん、ごめん」

「だけど、おっさんの顔も、目を隠しているけど、口元がスケベそうだわよ。なにしろハーレムの帝王様だものね」

「よしてくれよ」

「それにしても、これからどうする?」

「『文芸秋春』の会社に殴り込むか」

「そんなことしたら、また記事になるわよ」

「じゃあ、放っておく?」

「それしかないんじゃない」


 SNS上では、「カルト教団」「肉欲の花園」「家出少女」「出会い系サイト」などにスレッドが立って、バズって、見たとか聞いたがどんどん誇張されていった。

 中には入信希望の女や男からの連絡があった。なかにはアパートまで直接押し寄せてきて、入信したいと言う女や男もいた。住人はそんな彼女や彼らを門前払いしたが、中には勝手に在家の信者になると言って、帰っていった者がいる。そうした話がSNSに載ると、自分から在家の信者になったとSNS上で名乗り出るものが何千人も出てきた。そんな連中から、祈りの文句を教えて欲しいという問い合わせが殺到したが、教団ではないのでもちろんそんなものはあるはずがなく、放っておいた。ところが、じいさんがレポーターにマイクを突きつけられた時に、何の弾みか「シュワッチ」と口走ってしまったので、にわか信者になった連中は「シュワッチ」をお経だと思い込み、それを呟くようになった。そしてその模様がユーチューブに上がった。抑揚をつけて厳かに「シュワッーチ」を何度も繰り返すと、不思議とお経のように聞こえてくるものだ。これがまた写真に撮られて、『文芸秋春』や他の週刊誌の記事となった。もはや、カレー事件なんかどうでもいいことで、世間からは「肉欲のハーレム教団」として好奇な目で見られるようになった。

 週刊誌の写真は目が隠されていたが、SNSにはそのまま顔が晒されていた。個人情報もへったくれもあったものではない。すると、「この子知っています」と言って、学校の同級生や知り合いが匿名で書き込むようになった。「昔はいじめられていた」「引きこもりだった」「リストカットの痕が気持ち悪かった」「暴力を振るわれた」「施設で育った」「泣いてばかりいた」「汚い服装で学校に来ていた」「親は離婚している」「母親は男ができて出て行った」。本当のこともたくさん書かれていた。萌がスマホを見ないようにみんなに言ったが、彼女たちは一日中見るようになり、それでどんどん心が荒んでいった。なぜ心が荒むのに、吸い寄せられるようにスマホを見るのだろう? 正しい宗教があるなら、どうしていまの彼女たちを救ってやれないのだろう。じいさんは「ほ、ほ、ほ」と言っているばかりだった。やはりじいさんは救世主ではなく、ただのぼけ老人なのだ。じいさんの存在は、彼女たちのすさんだ心を癒してくれない。もちろんおれは無力だ。

 カルト教団には莫大なお金があるというデマが流された。教団に彼女たちが稼いで貯蓄した財産がかなりあると書かれ、女の子たちの顔がSNSで公開されていたので、彼女たちの親がアパートに訪ねてくるようになった。子供の頃DVをしていたり、男と遊んで子供たちを無視していた親なのに。テレビに出演して金をもらっているのだ。金ばかりせびり、姉をソープランドに売ろうとした反社の弟も登場して、姉は騙されているとテレビに向かって涙を流していた。すべて金欲しさである。彼女たちは肉親に会うと、無視するか、怒りだした。親や兄弟ならまだしも、遠い親戚だと名乗る見知らぬ者まで現れた。全員が金目当てである。さらには、プロレスの興行主まで現れて、教団ごと乗っ取ろうと企てた。どこにも教団はないにも関わらずだ。

 優花は自分の親が訪ねてこないと泣いた。金目当てでもいいから、訪ねてきて欲しいと泣いて訴えた。しかし、優花を尋ねてくる者は誰もいなかった。そんな彼女を、やはり親がやってこなかった萌が「親が私を捨てたんじゃなく、私が親を捨てたんです。そう思おうじゃないですか」と言って励ました。子供心は切ない。


 そんな騒動の中で、横断歩道を渡っている小学生の列に信号無視した車が突っ込んできて、1名が死に5名が重軽傷をした。子供たちを誘導していたアパートの住人たちは無傷だった。これが悪かった。彼女たちの誘導が悪かったと言い出すものがいたのだ。親たちのやり場のない怒りは、再び教団に向かうことになった。この事故はテレビにも放映され、麦川アパートはテレビに登場し、それを見た女の子たちの親が子供は騙されて入信させられたと言い出した。すると他の親たちも登場し、評論家たちが先導して、カルト集団からの奪還団体が組織されることになった。これまでどの親も子供の心配などしたことがなかったのにだ。子供をせっかんしても涙を流したことはないのに、テレビの前では涙を流した。

 アパートの住人はワイドショーの恰好の標的となった。ワイドショーでは、あることないことが、まことしやかな話として流されていった。アパートの住人はおれと萌に洗脳させられているという話になっていた。教祖であるじいさんは予知能力があると吹聴しているという。あきらかにペテン師扱いである。


                つづく

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