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33.暗号

 失踪した女たちのSNSの投稿が、何らかの暗号なのではないかと考えた俺たちは、場所を移すことにした。


 彼女たちのメッセージが、何か他人に聞かれるべきではないことであった場合を危惧したためだ。


 また、俺と結衣のスマホだけでは、ほぼ毎日更新される彼女たちの投稿をチェックするのにも限界がある。


 さらに結衣はこの後、先輩アイドルたちのライブを見学しなければならず、俺のアパートに帰る時間も惜しいということで、諸々の事情を考えた結果、近くのインターネットカフェで『カップルシート』という2人用の個室を借りた。


 俺たちは今さら少し照れながら、パーテーションで隔てられただけの、その狭苦しいブースに入った。


 パソコンを起動し、SNSから、彼女たちの投稿を次々に表示させていく。


「一口に暗号と言ってもな、種類が色々ある」結衣は耳打ちするような小声で、そう言った。


 狭いブースの中で、お互いの膝が触れる。


「彼女たちの投稿には、秘密の情報をやり取りする以外にもう一つ目的があった。投稿によって無事を知らせ、事件性を排除して警察の介入を防ぐことだ」

 俺の意見に、結衣はうなずく。


「ああ。だから、暗号文そのものが、意味のある文章でなければならなかった。その時点で、単一換字式暗号のような、一文字ずつを入れ替えるタイプの暗号でないことは分かる。

 暗号文に意味を持たせることが、ほぼ不可能だからな」


「何かの単語を、別の何かに置き換えるとか、暗示するとか、そういう方式だろうか」


「あるいは、いわゆるタテ読みみたいに、ごく短い平文を、大量の暗号文で隠しているか」


「目的を仮定すれば、ある程度絞れないだろうか。例えば、失踪した女同士が情報をやり取りしているんだとすれば、何日もかけて短い一文を交換するようなことはあまり意味がないように思えるが」


「確かにな。彼女たちの投稿は、字数はそれほど多くない。もしかしたら、ある規則によって選ばれた文字をアナグラムのように入れ替えるのかも……例えば、ひらがなだけとか、アルファベットだけ抜き出すみたいな」


 結衣は画面に表示された文章を、一文字ずつ指でさしながら、首をひねる。どうやら、まとまった意味のある文章にはならなかったみたいだ。


「何か、文章以外のところに鍵があるとは考えられないか? 例えば、日付とか……」


「それだ!」と投稿の一つを指して、また字数を数える。


『りりむ』という女のアカウントで、5月31日の投稿だ。


 ピンク色の髪をした女の自撮り写真と一緒に、次のように書き込まれていた。

──りりむが毛の色また変えましたよ!──


「『毛』……『む』、『り』……ああ、この『毛』を、『モウ』と読むとして、『もうむり』! 泰山、『もうムリ』だ!」

 結衣が世紀の大発見という調子で声をあげる。


 確かに、意味の通じる言葉ではある。が……。


「いや、言いそうだが……それ、わざわざ暗号にする意味あるか……?」


「確かに。じゃあ違うわ」結衣は残念そうにつぶやいた。


「自分で言い出しておいてなんだが、日付というのはちょっと無理があるかもな。自由度が低すぎる」


「うーん……そもそも、投稿が全部暗号とは限らないよな。彼女たちは、ほとんど毎日投稿しているわけだし……」


「そうなると、暗号になっている投稿と、そうでない投稿を見分けないといけないってことか。これは、頭痛がしてくるな」


 俺と結衣は、狭いブースの中でウンウンとうなった。


「あ、写真……」と結衣が漏らした。


 結衣はパソコンの画面を矢継ぎ早に切り替えながら、彼女たちの投稿を見比べる。


「ほとんど、写真があるな。逆に、無いのが暗号か?」


「私は、自撮りの有る無しじゃないかと思ったんだが」


 俺は膝を打った。

「ソレだ! 来たろコレ!」


 彼女たちは、地下とはいえアイドルだ。ルックスで売っている。そんな彼女たちが、あえて自分を写さずに記事を投稿するということは、何らかの意図があるに違いない。


 結衣が、自撮り写真の有無で投稿を選り分けていく。

「後は、何か、暗号を解く『鍵』があると思うんだが……」


「鍵……例えば?」


「そうだな……私とお前が、これから暗号のやり取りをするとしたら、例えば、お前の家にある本を鍵にすると、あらかじめ決めておくわけだ。

 私は、その本から、『何ページの何行何文字目から言葉を拾え』と分かるように、文章にさりげなく数字を散りばめる」


「なるほど。とてもよく分かる。しかし、そうなってくると、その『鍵』がないことには、解きようがないってことになるんじゃないか? 暗号の送り手と受け手にだけ分かる、共通の資料がないと」


「考えたんだがな、女の子たちが、同じ事情で失踪しているのだとしたら、女の子同士は簡単に連絡が取れるんじゃないだろうか。そして、投稿が出来るということは、家族なんかにも、連絡を取ろうと思えば取れるはずだ。

 では、わざわざSNSで秘密のメッセージを送る理由はなんだ? その相手は?」


 俺は一つの解答に思い当たって、口を開いた。

「ファンか?」


 結衣はうなずく。

「そうすると、鍵は、彼女たちの活動に関わることかもしれない。例えば……」


「代表曲とか? 結衣、お前が今練習してる曲は?」


 そう聞くと、結衣は言い淀んだが、暗号の答えにあと一歩のところまで迫っているのだと詰め寄ると、渋々口を開いた。

「えーと……『六文銭は三途の河の渡し銭』……」


「誰をターゲットにした歌なんだ?」


「私にも分からない」


「仮に、その曲名が鍵だとすると、思いつくのは数字か?『3』と、『6』……」

 俺は文章から、3と6を使って何とか意味のある文字列を抜き出せないかと頭を捻ったが、上手くはいかなかった。


「いや、ここまでくると、文章とは限らないんじゃないか? 文章は全部囮で、写真の方に意味があるとか」


「そうか、看板!」と俺は声をあげる。


 写真の多くは、街中で取られたもので、多かれ少なかれ看板が写っている。そこから文字を抜き出すのではないか。


「あり得るぞ、泰山。1人に絞ろう。美穂ちゃんの姉なら、多少情報がある。彼女がいたグループは、『少女ジゴク』、彼女の立ち位置は5人中右から2番目ということは……」

 美穂の姉が更新した投稿を、パソコンの画面に並べ、写真に自撮りがないものをピックアップする。

「横書きの看板の右から2番目を拾えば……」


 日付順に、自撮りでない写真の載った投稿を表示し、看板の文字を拾う。


 バッティングセンター『Wind()s』

 BAR『Euphori()a』

 クラブ『Hand Cla()p』

 フレグランス専門店『Perfume Bomb()s』

 イタリアン『E lucevan le stell()e』

 ファッション雑貨『Idio()t』

 

 俺と結衣は顔を見合わせる。


D()i()a()b()l()o()


「スペイン語で『悪魔』という意味だ」と結衣が言った。


「すごいな結衣。スペイン語が分かるのか?」


「ちょっとだけ。なんか……こういうのにハマった時期があって……」


「なるほど。だが、それは具体的に、何を意味する? 俺たちは、この単語から、何を読み取ればいい?」

 と言ってから、ふと気付いた。

「そういう名前の、施設があるんじゃないか? あの歓楽街の近辺に」


 結衣は検索窓に、その単語と、歓楽街の地名を入れて検索ボタンを押す。

 建物の写真が表示された。やたらと派手なネオンに囲まれた外装と、大きなベッドの置かれた内装写真だ。


──HOTEL『D()I()A()B()L()O()』──


「もー!」と結衣は顔を覆った。彼女は恥ずかしがり屋なところがある。


「ラブホだな。いわゆる。厳然たるラブホテルだ。どうする? やっと掴んだ手がかりだ。行ってみるか?」


「えー……迷う……」結衣は顔を真っ赤にしてためらう。


 と、俺の携帯が鳴った。ディスプレイを見ると、(元)汚いおじさんの番号だ。

 通話ボタンを押す。


「旦那、今日、例の女の子を指名してきたんですがね、どうやら、金持ちのアイドルオタクってのがいて、ストーカーに悩む地下アイドルなんかを匿ってるらしいんですわ。旦那の任務に関係あるんじゃないかと思って……」


「詳しく聞かせてくれ」


「じゃあ、この後、居酒屋でも」と言うので、俺は待ち合わせの時間と場所を適当に見繕って電話を切った。


 その時、隣にいた結衣が、俺の肩を叩いた。


「SCSに反応があったぞ」と言う。


 俺は視線を泳がせて記憶を辿った。「確か……ステ……コッ……何だっけ?」


「『Stupid Cocksuckers System』だ」


「ああ、そうだった。発音がいい」

 確か、安価な盗聴器を大量に仕掛けて、吸い上げた音声データを検索できるシステムだ。


「『失踪』と『誘拐』のワードがヒットしたら通知が来るようにしてたんだが、『失踪』にヒットした」


 そう言って、結衣はスマホの画面を見せる。盗聴器からの音声データが文字化されたものだ。


──俺がアカウント預かってる女の子たちは、世間的には『失踪』したことになっちまってる。変な疑いかけられんのは困るんだよ……──


「どういうことだ?」と俺はたずねた。


「つまり、この男が、彼女たちのアカウントで投稿していたということだろう」


「なぜ……」


「さあ、分からん」


「じゃあ、俺たちが必死に解読してた暗号は……」


「最初から存在しなかったということかもな」


「じゃあ、看板の文字を並べたら、『DIABLO』の文字が浮かび上がったのも……」


「ただの偶然かも」


「それは……大変遺憾だな」


「本当にな。何だったんだ、この時間は。大分ウキウキしてしまって恥ずかしい」


 俺と結衣は、狭苦しいブースの中で、揃って肩を落とした。

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