23.おあつらえ向きの任務
──あなたに任務のオファーがあります!──
『地下アイドル連続失踪事案に関する調査』
メールを開いて目に飛び込んできたその文字に、俺と結衣は顔を見合わせた。
俺は、カナと美穂に携帯の番号を教え、何かあったら連絡してくれ、それから、危ないことはするなと言い含めて、帰した。
「で、何なんだ、地下アイドルって。地底人か?」
アイドルというのは、目立ってナンボの商売ではないのだろうか。地下に潜るべきじゃないのでは?
「私も詳しくはないが、要は、ライブを中心に活動するアイドルのことだな。『地上波のテレビに出ていない』とか、『地下のライブハウスで活動する』とか、そんな意味合いじゃないだろうか」
「インディーズ・バンドみたいなものか」
「おそらく」
「やはり、お前に来たのも同じヤツか」俺がたずねると、結衣はうなずいた。「美穂の姉ちゃんだけではないということか」
「警察は、事件性がないと捜査しない。なにせこの国では年間に8万7千人くらいが行方不明になるからな。全部まともにとりあっていたのでは、お巡りさんが何人いても足りないだろう」
「そんなにか。街が作れるじゃないか。その人たちは、一体どこへ行くんだ?」
「さあ、知らんが、すぐ見つかる人も多いんじゃないか? どんなふうに見つかるかは別として。
何にせよ、この案件は、きっと警察にとっては事件性なし、依頼者にとっては事件性ありという、ちょうどその中間くらいなんだろう」
「家族にとっては、心配だよな」
「そうだ。テレビに出るようなアイドルを目指す途中なのか、それとも地下でいることに価値を見出しているのか知らないが、とにかく頑張っている女の子に、何か危険が迫っているのだとしたら、見過ごせない」
「よし。やろう」
俺がそう言うと、結衣は強くうなずいた。
俺たちは『任務を受注する』ボタンを押して、任務の詳細が届くのを待つ。が、そうする間、少し不安が膨らんでくるのを感じて、俺は結衣に話しかけた。
「なあ、しかし、連続で失踪している女を、連続で見つけ出さなくちゃいけないわけだろ? だいぶレベルが高そうな感じがするんだが、大丈夫だろうか」
「何人が失踪してるのか分からんが、それを一人一人探し出すなんてのは不可能だろう。仮に出来たとしても非効率だ。
『連続失踪』というからには、それぞれの失踪の間に、なんらかの連続性、つまり関連があるはずだ。少なくとも依頼者はそう考えてる」
俺は感心して、うなった。
「すごいなお前。凄腕のスパイみたいだぞ」
「ほんと? 雰囲気出てる?」結衣は嬉しそうに手をバタバタさせる。
「出てる出てる」
「とにかくだ、私たちは、女の子たちの失踪の原因になっている、何らかの共通する要素、いわば、その『仕組み』を見つけ出す」
「例えば誘拐とか……」
「あるいは、拉致。そして、そうしたことをしているヤツらの正体と、目的、その手口なんかが分かれば、そこから辿って女の子たちを見つけ出せるかもしれない」
だんだん剣呑な話になってきて、俺は少し怯んだが、拐われた──いや、もしかしたら、全く別の事情があるのかもしれないが──女たちを思って自分を奮い立たせた。
「無事だといいが」
「そうだな。顔も知らない人たちだが、無事でいるといい」
俺と結衣は、こういう感覚が合うと思った。世の中には不幸な境遇に晒されている人がたくさんいて、俺にはそういう人たちをみんなそこから救い出すことなど出来ない。
人によっては、俺たちを偽善者と罵るかもしれないが、たとえ救うことなど出来なくても、無事を祈るくらい俺の勝手じゃないか。
俺たちがそんなことを話し合っている時、また、2人のスマホが同時に鳴った。
──『組織』から、任務の詳細が届きました!──
俺はメールを開く。
──下のURLからログインして、任務の詳細を確認しよう!──
「いつも思うが、明るいよな」画面上に青く表示された、意味の分からない文字列を、俺は太い指で押す。
「暗いよりはいい」そう言って、結衣も同じようにスマホの画面を押した。
──『地下アイドル連続失踪事案』に関する追加情報──
開いたページにはそう題打ってある。
【概要】
本件関与の疑われる第1号失踪者が、20××年4月2日に連絡途絶。以降、現在まで同様の失踪者が13人にのぼる。
いずれも捜索願の届けが出されたものの、事件性を疑う決定的な要件がないことから、警察による本格的な捜索活動は期待できない状況。
しかしながら、失踪者がいずれもライブハウス『Cocytus』に出入りする出演者であり、直近の行動に共通点が認められることから、各事案に関連性が疑われる──
「13人もいるのか……」と俺は思わず呟いた。4月の上旬から6月の上旬となる今までにかけて13人。その中に美穂の姉がいる。
「ああ。しかし、思わぬ手がかりだな。任務を達成するのに美穂ちゃんの情報が役立つし、美穂ちゃんの姉を探すのに任務の情報が役立つ。考えようによってはラッキーだ」
俺たちは続きに目を通す。
【現在までに確認された情報】
○各事案の共通点について
・本件関与の疑われる失踪者は、いずれもライブハウス『Cocytus』にてライブ活動を行う、いわゆる地下アイドルであること
・失踪者は18〜23歳の女性
・失踪者の内半数以上が、直近に、ライブハウス近くの路上にて男性からの声かけを受けている──
「これか?」と俺は結衣の顔をうかがった。
いつの間にか、結衣は自分のスマホをポケットにしまって、顔を寄せ合うように俺のスマホの画面を見ていた。
「ナンパってことか?」と結衣が聞き返して来るので、俺はうなずいた。
「聞いた話だが、街にはナンパを装って夜の店にスカウトするようなヤツが、結構いるらしい。今、路上スカウトは法律だか条例だかで禁止なんだと」
「路上スカウト……このネット全盛の時代にか?」
俺は結衣の疑問について考えた。
「お前は美人だ」
俺がそう言うと、結衣はびっくりしたように目を見開いて、それから両手で顔を覆った。
「何だお前、いきなり!」
「いや、俺はお前が美人だと思う。だからあえて批判を恐れず言うが、直接顔を見てスカウトしないと、ネットで応募してきた女が、ブスだったら困るんじゃないだろうか。夜の店に紹介するわけだから」
結衣は急に真顔に戻って、「なんか、ムカつくな」と言った。
「俺も、街の女に自分がハンサムかブサイクかジャッジされてるとしたら、まあいい気分はしないだろうな。だが、世の中にはそういう商売もあるんだろう」
「じゃあ、いなくなった女の子たちは、夜の店に行ったんだろうか……」
「それもどうだろうな。大体、地下とはいえ、アイドルを自称するわけだろ? みんな容姿には自信があるんじゃないか? わざわざスカウトなんかされなくたって、夜の店で働きたいなら自分から行きそうなものだけどな」
「人から言われたことが動機になることもあるだろう」
「確かに……だが連絡がつかないとか、家に帰らないとかいうのはまた別の話だしな……いや、いずれにしても、ここで俺たちが頭を捻ったところでどうにもならんな。早速その辺りを見てみようか」
「そうだな。そのライブハウスにも行ってみよう。イベントがやってるか、調べてみる」そう言って、結衣はスマホをいじり始めると、間も無く、あっ、と声をあげた。「やってるぞ。というか、驚いたな。ほとんど毎日どこかしらのグループがライブをしているらしい」
「地下アイドルというのは、そんなにいっぱいいるのか……」
いなくなった人たちは、みんな地下にいるんじゃないか? 年間8万7千人とかいう人たちが……。俺はそのことを想像すると、なんだか背筋が寒くなった。