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22.急に舞い込んだ相談

 俺の生い立ちについて話をした後、さて、いよいよ汚いおじさんを組織借り上げの1LDKからどう追い出すかという話を始めようとした時、玄関のチャイムがけたたましく連打された。


「嵐の中学生……」結衣が怯えたように言う。


 玄関を開けなくても誰か分かる。本田 カナ。俺が前働いていたコンビニの店長の娘で、中学3年、吹奏楽部の副部長で、学級委員だ。


 玄関を開けると、カナはその隙間からすぐに部屋の中を覗き込み、「女っ……!」と声をあげた。


「ああ、行くところがないというので、ここに住ませてる」


 カナは何か激しい抗議をするように口を開きかけたが、その途中で一度思い留まり、少し間をおいて、玄関のドアを大きく開けた。


 もう1人いる。


 カナと同じ制服を着た女の子だ。肩の辺りまで髪を伸ばした小綺麗な子で、三つ編みにメガネのカナと比べれば幾分あか抜けて見えたが、反面気弱そうでもあった。


「ちょっと、相談があるんだけど」と言うので、俺は2人を部屋にあげた。


「お前、学校は?」ちゃぶ台の前に、押し入れから引っ張り出した座布団を敷きながら尋ねると、カナはため息をついた。


「今日は日曜だよ? まったく、曜日の感覚もないとは。その調子じゃ、仕事も決まってなさそう」


 俺は、ああ、そうかとうなずく。「いや、一応、仕事はしてる。まあ、不安定な仕事だから、曜日の感覚は確かになくなるな」


 仕事について尋ねられるたので、俺は、何でも屋みたいなものだ、と答えた。


 結衣は部屋の隅にたたんだ布団に、居心地悪そうに座って、ものも言わずこちらを見つめている。


「丁度いいわ。この子のお姉さんが、行方不明になった」とカナは言う。その隣で、カナの同級生と見える女の子はうつむいていた。恥ずかしがり屋なのかもしれない。


「それを、なぜ俺に?」


「まあ、順を追って話すわ。美穂、言えそう?」


 カナがそう声をかけると、美穂と呼ばれた女の子は、弱々しくうなずいた。


「あの、私は、吉田 美穂といいます。カナちゃんとは、部活が一緒で、クラスも一緒です」


「そうか。それで、姉ちゃんが行方不明になったって? それは心配だな」


 俺がそう言うと、美穂はカナの顔を見た。


「ね? とりあえず聞いてはくれるでしょ?」とカナは言う。


 美穂はうなずいて続けた。「それで、私のお姉ちゃんなんですけど、一週間前くらいから、家に帰って来なくなって、連絡が取れないんです」


「警察には、届けたのか?」


「はい。でも、まともに捜査してくれる感じでもないらしくて……」


「なぜ」と俺は少し憤りを感じた。


 妹が知らない男のところに相談に来るくらいだ。よほど心配なのだろう。警察も少しはそういう気持ちをくんでやってもいいのではないか。


「事件性がないとか言って……SNSに更新があるんです。だから」


「じゃあ、そのSNSが手がかりになるわけだな」と俺はポケットからスマホを取り出した。


「不動さん、あんた、ガラケーだったでしょ!」と、どういうワケか、カナが噛みつくように言う。


「ああ、買ったんだ」


「女に染められてる!」


 カナの声に、部屋の隅で結衣が肩を(おのの)かせる気配がする。


「いや、別に、染めたわけでは……」と結衣が遠慮がちに言った。


 俺は反論しようとするカナを遮った。「まあ、見てみようじゃないか。そのSNSを」


 俺は美穂にそのSNSの詳細を聞いたが、アカウント登録だとか、アプリのダウンロードだとか……と難しい話になってきたので、結衣に協力をあおいだ。


 少し時間はかかったが、美穂の姉のアカウントを見つけて、開く。


『まいまい@少女ジゴク』

 そう書かれた下に、スポットライトを浴びて歌って踊る写真が表示されている。


「どういうことなんだ……?」俺はやや混乱して、結衣に助けを求めた。


「アイドルなのか?」と結衣がたずねると、美穂は複雑な表情をした。


「いちおう……『地下』ですけど……」


「地下?」聞けば聞くほど分からなくなりそうだ。俺はとりあえず、直近の投稿を見ることにした。


──ソフトクリーム大好き! どこのお店か分かるかな? 分かった人はRT!──

 特徴的な、丸っこい形をしたソフトクリームを、顔のそばに近付けて目をつむった写真の下に、絵文字をふんだんに織り込んでそう書かれていた。


 投稿には5時間前と表示されている。今朝だ。


「元気そうだ」


 俺が言うと、美穂はうつむいた。


「こういう投稿があるせいで、警察は捜査に乗り出さないわけだな」と結衣が言う。美穂がうなずいた。


「なるほど。だが、実際、家には帰ってないし、妹としては心配だよな」


 それに、この写真が今日撮られたものとは限らない。大体、朝からソフトクリームを食うか? とすれば、誰かが彼女のスマホから投稿している可能性も出てくる。つまり、彼女の写真がSNSに投稿されたことと、彼女の無事とが結びつかない……俺はそう考えたが、口には出さなかった。


 美穂の心配を余計に煽るべきではない。


 カナが口を開いた。「私も心配だから、これからとりあえず、SNSの写真に写ってるところを辿ってみようと思ってる。でも、子どもに出来ることなんて限られてるでしょ? そこで、大人に相談したいけど、警察はアテにならないし、大人はだいたい忙しい」


「なるほど、そこで、ヒマそうな大人に白羽の矢が立ったわけだ」俺は結衣に目を向ける。


「難しいな。この街の人口は200万人弱だ。市内を出てないとしても、その中から人1人探し出すというのは、並大抵のことではない」


「確かにな……」


 美穂とカナは難しい顔をしてうつむいたが、

「だから、方法を考えなくちゃいけない」と結衣が言うと、その顔をぱっとあげた。


「じゃあ……」美穂がすがるような目で結衣を見つめる。


「私も泰山も、そういう心配事をむげに断る人間じゃない。そうだろ? 相棒」


「ああ。その通りだ。やれることはやる」


 美穂は、それを聞くと鞄から封筒を取り出して、俺に差し出した。


「お小遣いを貯めたヤツです。これで、足りるか分からないけど……」


 俺は思わず顔をしかめた。「金ってことか?」


「まさか、タダでなんて思ってない」とカナが言う。


「いや、要らん」俺は美穂に、それをしまうように言った。


 カナが不満そうに割って入った。「不動さん、アンタ、なんでもお人好しやりゃいいってもんじゃないよ。お金は払う方だけじゃなく、もらう方もちゃんとしなきゃダメ。本来、アンタが仕事出来る時間を奪って頼み事してるんだから」


 彼女はこういうことを、誰に教わるのだろうか。何にせよ、彼女には自分を大人だと思っているフシがある。


「カナ、これはな、センスの問題だ。俺は世の中について知らないことがとても多いし、お前の言うことは正しいのかもしれないが、姉ちゃんが見つからなくて困ってる中学生から、金を取るっていうのは、俺にとってカッコ悪いことなんだ。そういうことは、金を儲けることより優先する。少なくとも、俺にとってはな」


 俺がそう言ったとき、俺と結衣のスマホが同時に鳴った。

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