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18.いきなりスイーツ

 喫茶店に入ると、俺たちはパンケーキとコーヒーを頼み、ものの数分で平らげた。


「美味いな。初めて食べた。俺1人じゃ、そもそもこれを食おうという発想にならない」


「今時は、若い男でも結構甘いものを食べる人が多いぞ。『スイーツ男子』とかいって」


「そうなのか。俺が『スイーツ男子』を名乗ったら、どう思う?」


「笑いすぎて腸捻転(ちょうねんてん)の原因になりそうだ」


「そうか……」俺は少し残念に思った。


 店の内装は、端的に言えばオシャレだった。


 ブリキのおもちゃやなんかが棚に飾ってあったり、白い壁に寄せてある木目の綺麗なテーブルや、黒板にチョークで描いたような絵があったりして、俺は上手く表現が出来ないが、オシャレなものがオシャレな感じで調和しているように感じる。


 だが、スマホで何軒もの店の内装を見て気付いたところでは、喫茶店の内装というのは大体オシャレだった。


 逆にオシャレじゃない喫茶店を探す方が難しそうだ。


「で、どうだ? この店は、デートだと、有りか?」と俺は尋ねた。


 結衣は満足そうにうなずく。「だいぶアリだな。お前はどうだ?」


「うーん、俺は少し、緊張したな。自分が場違いなところにいるんじゃないかと思って、少し怯んだ」


「なるほど。依頼人のことを考えると、そういうことも書き添えておくといいかもな」


 自分が今した体験を思うと、俺は依頼人の気持ちが少し理解出来た。デートで相手に気に入ってもらうために、少しでも印象のいい店に入りたいが、そこで自分がオロオロしてしまっては良くない。


 それと、このパンケーキというものは、1,500円くらいする。これにコーヒーを合わせれば、1人2,000円だ。これが依頼人の負担にならなければいいが、と余計なお世話かもしれないが、そう考えずにはいられなかった。


「それと、気になったんだが、この店に、田中さんは来ないんじゃないだろうか」と俺が言うと、結衣は首を傾げた。


「田中さん……?」


「俺たちの調査対象だ」


「あっ……いや、田中さんな。忘れてないぞ」と結衣はすっかり忘れていた人の言い方で言った。


「おいおい、頼むぞ。とにかく、仕事をサボって1人で入るには、オシャレすぎる」


 と、不意に、俺の後ろ、店の入り口が開いて、結衣がそれと同時に目を見開いた。「おいおい……こんなこと、あるか……?」


「どうした?」俺はすぐ後ろを振り向こうとしたが、テーブルの上に置いていた俺の手を、結衣は慌てて握った。


「そのまま、前を向いてろ……」結衣は小声でそう呟く。


 俺はピンときた。「お前、デートの感じを堪能しようとしているな?」


「違うわ。田中さんだ」


 俺は自分の勘違いを恥じた。


 結衣が俺の手を握ったまま、肩越しに俺の背後を見ているのが分かる。


「お前、ちょっと眼光が鋭すぎるぞ」と俺が言うと、結衣はハッとしたように目を逸らした。


 店に入って来たのは2人、入り口に近い俺たちの席を通り過ぎて、奥の壁沿いにある席に荷物を置く。


 俺の方から顔は見えなかったが、田中さんともう1人、30前後と見える女だ。


 結衣が俺の手を握っていることを考えると、俺たちは普通のカップルを演じるしかなさそうだったが、俺は普通のカップルがこういうところでどういう会話をするものなのか、詳しくなかった。


「どうだ? 何かしゃべってるか?」結衣は小声で尋ねる。


「いや、まだ、メニューを見てるだけだ。それに、何か喋っていたとしても、ここからじゃ聞こえない」


 俺はあたりを見回した。俺のちょうど頭上に、空調の吹き出し口がある。丁度いいかもしれない。近くの店員を呼び止めた。


「申し訳ないんだが、席を替わってもいいかな。少し空調が、寒いんだ」と言うと、店員は空調を調節すると言い出したので、俺は他の客の迷惑になるので、席だけ替わらせてくれと慌てて粘った。


 幸い店員はそれで承諾してくれたので、1つ奥の席に移る。


「お前、意外に機転が利くな」と結衣が驚いたように言った。


「どうだろう。これで、聞こえるといいんだが」


「十分だ。この位置なら、これが使える」結衣はそう言うと、シャチハタのハンコみたいなものをテーブルの上に置き、スマホに繋がったイヤホンを、昨日のように、片方俺に差し出した。


「これは?」


「指向性マイクだ。向けた方向の音を拾う」


「すごいなお前」と言いながら俺はイヤホンを片方耳に突っ込んだ。


 結衣はテーブルの上に手の平を乗せた。「もう一度、手を握ってくれ。それらしく見せよう」


 つまり、カップルに見えるように手をつなごうということか? 俺は今さらながら少し緊張したが、彼女の言う通り、そこに手を重ねた。結衣が俺の手を軽く握る。


 その瞬間、俺の脳裏を電流のように駆けた1つの気付きに、俺はうろたえた。


(待て待て待て……! まさか俺は、この女が、好きなのか?)


 そんな要素が何か、あったろうか。


 確かにこいつは、なかなか可愛い顔をしていると思う。女にしては、少し背の高い方だろうか、胸や尻の肉付きがよく、腰は締まったメリハリのある身体をしていて、人懐っこく、意外に素直だ。何より、案外人に対して思いやりがある……。


 クソっ! 何か意識した途端、良いところしか思い浮かばなくなってしまった。


「すまん、一旦、手を離していいか?」


「なぜだ?」と結衣は逆に聞いてくる。


「悪いんだが、集中できない」


「ダメだ」結衣はきっぱりとそう言った。


「なぜ」


「私は、お前が好きだ」


「何っ……!?」俺は思わず腰を浮かせた。

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