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17.デートに適した喫茶店

『営業マン田中 (とおる)の動向調査』


 この任務を受注すると、俺たちは早速外へ出た。


 電車に乗って、市の中心にある駅で降りる。


 調査期限は一週間。その間に、田中さんがサボっている証拠を押さえるか、何か彼が抱えている事情に関して情報が掴めれば任務達成だ。


 本格的な調査は明日からだが、陽の沈みかけたこの時間、俺たちはまず彼の営業エリアについて、下見をしようというわけだ。


 任務を受注すると、対象の氏名、顔写真、営業範囲などといった情報がスマホに送信されて来た。


 顔写真を見ると、実直な人柄を評価されている、という会社からの依頼文にある通り、しっかりした顔つきの、真面目そうな男だ。


「そういえば、依頼主の情報は明かされないんじゃなかったか?」


 俺が尋ねると、結衣はこともなげに答えた。


「こういう種類の任務は、依頼主を秘密にする意味がない」


「なるほど」とうなずいて、田中さんについての情報を整理する。


 田中 透、28歳、既婚、子どもは無し。大学卒業後、店舗や戸建住宅の改装工事を主な事業とする会社で5年間、法人部門の営業として勤務している。


 営業成績は全社の平均を行ったり来たりというくらいのものだが、要領こそ良くはないものの、真面目な人柄で会社からは大事にされているらしい。


 それがこの1ヶ月ほど、外回り営業で名刺回収が1件もない状態が続き、営業報告も要領を得ないということが増え出した。


 何があったか尋ねても、「自分の実力不足です」としか答えないという。


 彼に個人的な事情があったとして、それを詮索することの良し悪しはさておき、会社としては彼がサボっているとすればそれなりの処分をしなくちゃいけないし、出来れば何か抜き差しならない事情があって欲しい、と祈るような心情が依頼文の端々から感じられて、それとなく俺の胸を打った。


 彼の営業範囲は、中央区の駅を降りた南側一帯にあるオフィス街で、有難いことに徒歩圏内だった。


 俺たちはとりあえず、田中さんがサボっているのだとしたら、そのサボりスポットになりそうなパチンコ屋やインターネットカフェ、喫茶店を押さえていく。


「あ……」駅の正面から南北に伸びるメインストリートを歩いていると、結衣が呟いた。


「どうした?」


「思ったんだが、『デートで使える喫茶店のリストアップ』って任務あったろ。これ、今やってる調査のついでに出来るんじゃないか?」


 俺は手を打った。「死ぬほど賢いな。俺がノーベル賞の選考委員なら、お前に受賞させる」


「それは逆にバカにしてるだろ」結衣はムスっとする。


「いや、そのくらいの衝撃だということだ。それで、どうだ? お前がデートをするなら、どんな喫茶店がいいとか、あるのか?」


「そうだなあ……」結衣は足を止めて考え込んだ。仕事帰りと見える、スーツを着た人たちが何人も、俺たちを避けて通り過ぎていく。


「分かった。聞いた俺が悪かった。まず、歩こうじゃないか」


「ちょっと待て。ちょっと、時間をくれ」


「大丈夫だ、結衣。俺も全然経験がないから」


「そういう感じの気の使い方をするな。本当に、もうすぐ思いつくところだから」


「ああ。分かってる。思いついたら教えてくれ」


「くっ……!」苦々しく声を漏らして、「オシャレな……オシャレな喫茶店がいい!」と苦し紛れに言う。


「そうか。そうだな。オシャレな店がいいよな」と俺は相槌を打った。


「待て、もう少し! もう少し真剣に聞いてくれ!」


「大丈夫だ結衣」


「お前、そういうふうに、サラッと慰めるのをやめてくれ! 優しさが人を傷つける場合もある!」


 結衣が割と真剣に訴えるので、俺はそのことについて考えた。


「分かった。じゃあ、率直な感想を言おう」俺はそう言って咳払いした。「浅い」


「くそぅ。分かってはいたんだ。だがそうハッキリ言われると、思ったよりキツい」


「だからお茶を濁そうと思ったのに。そうだ。せっかくだから、入ってみたらいいんじゃないか? そしたら、イメージが固まるかもしれないし」と俺は提案した。


「なるほど……」と結衣はうなずく。「そうしよう」


「お前は、好みの男と来ることをイメージして、有りか無しか判断すればいい」


「そうだな。分かった。では、お前がとりあえず選んでくれ。自分で選ぶと、なんか別の主観が混じりそうだ」


 困ったぞ、と俺は腕を組んだ。


「悪いんだが、結衣、俺はこの辺りの喫茶店など1軒も知らない。それこそ、歩いて目に留まる程度のところしか提案出来ないぞ」


「そういう時こそ、スマホだ」と結衣は言う。


「何?」


「お前の持っているのは、ただの硬い板じゃないぞ。今時、スマホで調べられる」


 俺は買ったばかりのスマホを取り出して、その液晶画面を見つめた。「そうなってくると、いよいよ依頼人は何を考えてこんな依頼を出したんだ?」


「おそらく、実際入った店の雰囲気だとか、そういうのが知りたいんじゃないか?」


 なるほど。スマホで調べられる程度のことはスマホで調べればいいだろうが、やはり人の目で見ないと分からないことがあるということか。


 俺は納得して、スマホの検索画面に文字を入力した。


──喫茶店 〇〇市 デート──


 画面上に地図が現れ、赤いピンがおびただしく表示される。


「いっぱいある……」と俺はその件数に怯んだ。この中から、とりあえずとはいえ1軒を選ばなければならない。


「そうだな。ここは中央区だ。喫茶店自体はいっぱいあるだろうな」


「そうだな……チェーン店みたいなのは、ちょっと抜こうか。気合が入ってないような気がする……」


「なるほど……」と結衣は俺の肩に頭を寄せて、スマホの画面を覗き込んだ。


 ありがたいことに、地図左わきには、店の内装写真がならんでリストアップされている。俺は画面をスクロールしながら、『店の内装がオシャレなところ』という観点で探し始めた。と、1軒の店舗が目に留まり、結衣に尋ねる。


「ここなんかはどうだろう? 内装が、ゴージャスだ」


 俺が指差したのは、ホテルの中にある喫茶店だった。夜はバーにもなるらしい。


「ダメだ泰山……」と結衣は残念そうに、首を振った。「ホテルは、下心がありそうに感じてしまう」


 俺は急激に面倒くさくなってきたが、それでも一生懸命探した挙げ句、この近くに、パンケーキのある喫茶店を見つけて、そこを提案した。


「おお! いいな、泰山! お前、センスがあるぞ!」と結衣は急にスイッチが切り替わったみたいに同意する。


 俺は、任務のために新調したメモ帳に、こう書いた。


──パンケーキのあるところ──

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