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10.お前はこの世に独りぼっちなんかじゃない

「先輩……どうして……」


 帰り道、商店街のアーケードの控えめな街灯から顔を背けるようにうつむきながら、結衣はつぶやいた。


「やっぱりお前が言ってた先輩か? 関節を外せるっていう」


「そうだ」と結衣は悲しげに言う。


 ダクトに引っかかったりなんかして、思ったよりマヌケなところはあったが、実際に上半身までダクトに入り込んでいるところを目の当たりにしたし、商店街の人たちの頭上を宙返りで飛び越えながら喋ったりと、すごい人ではあるようだ。


 俺は少し考えてから、結衣に尋ねた。「今回の任務、ひょっとしてあの先輩がお前にすすめたんじゃないのか?」


「そうだ。だから、ますます意味が分からない」


「思うんだが、先輩は、お前のために、お膳立てをしようとしたんじゃないだろうか。あの人が仕掛けたものを、お前が持ち帰る。あの人が考えていたのはそういう段取りだったんじゃないか?」


 結衣は立ち止まって腕を組んだ。「事情を知ることがなければ、私は夜中にピッキングで忍び込むはずだった……」


(いや、そもそもほとんど諦めかけてたように見えたけどな)と俺は内心そう思ったが、あえてそれは言わなかった。


「つまり、先輩はお前がもっと遅い時間に店に入り込むと考えていた。だから、お前が分かりやすいように、資料を用意しておいてくれたんだ」


 後で親父が調べると、『肉のタナベ』のパソコンは、中のデータが改竄(かいざん)されており、その資料はご丁寧にプリントアウトした上で机に置かれていた。


「私が、任務に成功するように?」


「俺はそう思う。ずるずるに甘やかされてるな」


「でも、先輩が、タナベの親父さんにしたことは悪いことだ」


「俺は、ああいうふうにお膳立てされて任務を達成すること自体、お前にとっても良くないことだと思うけどな」


「確かに、今回はそれで任務を達成出来たとしても、次は絶対上手くいかない」


「不器用な人だったのかもな。自分がお前のそばにいれなくなった時、どういうふうに、お前に優しくしてやればいいのか分からなかったのかも」


 結衣は立ち止まって、その意味について考えるように俯くと、ゆっくりその場にしゃがみ込んだ。


「優しい気持ちと、悲しい気持ちが一緒に来て、どうしたらいいか分からない」


「俺なら、寝るな。どうしようもない気持ちは、勝手におさまるのを待つしかない。それまで起きているのは辛いから、俺なら寝る」


 俺は、俺なりに建設的なアドバイスのつもりでそう言ったが、結衣はそのまま泣き出してしまった。


「寝るところが、ない……」


「ああ……」そういえば、コイツ自身の問題は、まだ何も解決していないのだった。今までの経緯を考えれば、きっと、他に頼る人もいないのだろう。「俺の部屋に、泊まるか? あんな、狭いところでよかったら」


 結衣は、両手で顔を覆った。


「お前、結構変態だから、迷う……。すごい見てくるし……」


「俺は、あの状況で見ない奴の方が変態だと思うけどな」


 結衣はしゃがみ込んだまま、俺の方に片腕を伸ばした。


「手を、握ってくれ」


「なぜ」


「さみしいんだ……」


 俺は、結衣の正面に向かい合ってしゃがみ、差し出された手を、両手で包み込むように握った。


「結衣、大丈夫だ。お前は、この世に独りぼっちなんかじゃないぞ」


「なぜ、そんなことが分かる」


「分かるさ。顔を上げろ結衣。俺がいる」


 結衣は顔を上げて、涙に濡れた目で、俺の瞳の奥行きを測るように見つめた。


 それから、「……うん。分かった」とうなずいた。


「さあ、帰ろう、相棒」


「うん……」


 それから俺たちは、手をつないで、家路についた。その間、どちらも、口を開くことはなかった。





 玄関の鍵を開けて、部屋の明かりをつけた時、いつもの部屋が、とても狭く感じた。


 軽い気持ちで彼女を泊めると言ったが、本当に狭い。部屋のすみには、たたんだ布団が一組。


 俺は生唾を飲んだ。そうせざるを得なかった。


 結衣が少し慌てた調子で口を開いた。「ところで! お前のアイデアは、上手くいくだろうか! な! 上手くいくといいな!」


「そう……そうだな」俺も変につっかかりながら、そう答える。「クレームというのは、会社にとってはとても恐ろしいものなんだそうだ。この世の終わりみたいな気持ちになるらしい。明日、『はなまる総合開発』には、あの商店街からクレームの電話が押し寄せる」


「それは! 地獄だな!」結衣の相槌(あいづち)は、何か白々しく調子外れだった。


「ああ。その会社が黒幕だっていう、ちゃんとした証拠があるわけじゃないから、ムラタさんの推理が外れていたら、ものすごく申し訳ないが、そうでなければ、とりあえず『あの商店街に手を出すのはやめておこう』ってくらいには思ってもらえるんじゃないだろうか」


「オマエ! スゴイナ! ヨク! オモイツイタナ!」結衣の口調は、どんどん硬くなっていく。


 俺はそれにしたがって、だんだん不安になっていった。


「おい、大丈夫か? 一時期流行ったしゃべるロボットみたいになってるぞ」


「携帯会社カラ出タ、アノ『ロボット』ノコトカ?」


「多分、それだ。一時(いっとき)はどこにでもいたのに、気付けばどこにもいなくなって、俺は時々不安になる」


「アノ『ロボット』ハ、世界デ初メテ量産サレタ、『感情認識ヒト型ロボット』ダ。2015年、法人向ケニ3年間ノレンタル契約ガ開始サレタガ、2018年ニハ、8割以上ガ解約シテシマッタヨウダ」


 俺は『あのロボット』について詳細な情報を必要としていなかったが、彼女を落ち着けるつもりで深くうなずいた。


「そうか。それはさみしいな。俺は3ヶ月でバイトの契約を解約されてしまったから分かる。それでも『あのロボット』は俺の12倍だ。すごいことだよ」


 俺がそう言うと、結衣は丸い大きな目で、のぞき込むように俺を見た。


「お前も……さみしいのか?」


「そうだな。俺なりに、一生懸命やったが、それが必要とされなかったというのは、さみしいことだ」


「そうか。だが、大丈夫だ。私がいるぞ、相棒」


 俺は思わず、ははっ、と笑った。「これじゃあ、さっきと逆だな」


「相棒は、励まし合うものだろ?」と結衣も笑った。

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