王子の本当の姿
大変お待たせ致しました!
更新が空いた分、いつもより少しだけ長めに書いてみました。
最後まで読んでくれると嬉しいです。
よろしくお願いします。
(ふーやれやれ、どうにか抜け出せたぞ。)
夢姫はドンチャン騒ぎ中のメンバー達から死角になる場所まで逃げると、はぁ、と深くため息を吐いた。
「あれ〜?上手く出し抜いたクソビッチが、随分とシケた面してんじゃん。」
背後からいきなり話し掛けられた夢姫はびっくりしてババッ!と、勢い良く後方を振り向いた。
「た、大河さん……っ!」
(まさか、後ろを付けられてた……?)
夢姫は大河に警戒しながら口を開いた。
「な、何の用ですか?」
大河はニヤリと嫌らしい笑を浮かべながらその問いに答える。
「ん〜?いや、お前にちょっと良い事教えてやろうと思ってさ。……ま、親切心ってやつ?」
「良い事……?」
大河の話に食い付いてきた夢姫に気を良くしたのか、大河の仄暗い瞳にゆらりと怪しい光が差し込む。
「ああ。……お前、神風の学生時代から今までの事、詳しく聞いた事があるか?」
「学生時代から今まで?怪我が原因でサッカー選手になれなかった話は人伝に聞いたことありますが……。」
「おいおい、恋人同士なのにそんな話も聞かされていねぇのかよ?お前、神風から信頼されてねぇーな。はははっ!か〜わいそ〜。」
ケラケラ笑いながらオーバーアクション気味に肩を竦める大河に、夢姫は少しカチンと来た。
「信頼されていないかどうかは外部にいる大河さんには分からないでしょう?揶揄っているだけなら大河さんに話すことは何もありません!……失礼します。」
夢姫はそう大河に言い放つと、席に帰ろうと大河の横を通り過ぎようとした。
大河はダンッ!と勢い良く片手を壁に付き、夢姫の退路を奪うと、顔を夢姫の耳元へ持ってきた。
そして、悪魔の囁きを口にした。
「その怪我をした後、神風が言い寄る女を片っ端から慰み者にしてポイ捨てを繰り返していた……って聞いたら、どう思う?」
(…………え?…………)
夢姫は驚いた顔をして大河の方を向いた。
「あれぇ?まさか動揺してる?……ひゃはははは!!その面、最っ高だぜ!!!」
大河はまるで悪魔の様な下品な笑い声を上げる。
その瞳は濁り切り、狂気に満ちた犯罪者の様な危うさが滲み出ていた。
「し・か・も!それ、怪我した後だけの話だけじゃねーぜ?……今までアイツが関わってきた女、全てだ。」
(嘘……ミツ君が……!?そんな、こと……。)
「俺は親切だからさ、お前も神風にポイ捨てされねーように忠告してやったんだよ。……ま、それも時間のもんだ、ガッ!?」
大河の身体がいきなり横に吹っ飛び、ガンッ!と勢い良く壁に激突した。
「……グッ……ゲボッゲボッ!」
強い衝撃を身体に受け、大河はそのまま壁からズリズリ……と床へ落ちると、這い蹲って咳き込んだ。
大河がいた場所にはゆらりと揺れる大きな影……神風の姿があった。
「ミ、ミツ君!」
神風は這い蹲ったままの大河に強い横蹴りを入れ仰向けにすると、馬乗りになり拳を振り上げた。
夢姫は咄嗟に駆け寄ると、神風の拳を両手で止めた。
「ダメッ!!ミツ君、落ち着いて!!」
夢姫に止められた神風は冷静さを取り戻したのか、振り上げた拳をピタッと止め、夢姫の方を振り向いた。
その瞳にいつも夢姫を見つめる時の甘さはない。怒りを通り越し、絶対零度の凍てついた瞳に様変わりしていた。
あまりの迫力に夢姫は一瞬怯んだが、拳を掴んだ両手はそのままで神風に話し掛けた。
「……っ。ミツ君、暴力はダメ。それにここは店内だし、まずは大河さんから離れて冷静になりましょう。」
神風は夢姫の話を受け入れ、その場ですくっと立ち上がると夢姫の手を取り口付けた。ちゅっと優しく唇が離れると、神風は夢姫を見つめる。その瞳はいつもの甘い瞳へと戻っていた。
「ごめんね、ゆめきちゃん。……ゆめきちゃんに言い寄る大河の姿が見えたから、冷静ではいられなかった。」
「そ、そう……。でも、どんな理由でも暴力は良くないわ。」
「……そうだね。僕が悪かったよ。もう二度としないと約束する。」
頭上で繰り広げるカップルの甘いやり取りに痺れを切らした大河が声を荒げながらよろりと立ち上がった。
「お前ら……いてて、くそっ……俺の心配はねーのかよ!?」
大河の無様な姿をスッと目を細めて見下す神風。しばらくその様子を観察した後、徐に口を開いた。
「……お前にはゆめきちゃんに近付くなと忠告したはずだ。それにも関わらず再び言い寄ってきたと言うことは、絶縁で良いんだな?」
大河は慌てた様子で弁明を図る。
「ち、ちげーよ!俺はこの女に事実を話しただけだ!……お前が本当にこの女の事を信頼しているなら、過去の女にしてきた事も話しているはずだろう?」
「過去の女」というフレーズを聞いた神風はピタッとその場で固まり言葉を失った。
「俺は、お前が心配だったんだよ!またあの時みたいに警察のお世話になる様な女だったら、それこそお前の女不振は酷くなるだろ!?……それに、親友だからこそ、お前にはもっと良い女と幸せになって貰いたいんだよ!……でも、過去の話をしていないって事は、この女も使い捨てにするつもりで端から信頼してねーんだろ?だったら俺が先にこの女に話して、お前から身を引いて貰おうと思ったんだよ……っ!」
大河の一方的な主張に、神風はギリッと拳を強く握りながら重々しく口を開いた。
「……大河、過去にあった事件の時はお前のお陰で刺されずに済んだし、僕が怪我の後に荒れていた時期にお前に救われたのも事実だ。親友のお前が、僕を案じてくれる気持ちは有り難いと思っている。」
「だ、だったら……!」
「だがな、大河。……ゆめきちゃんは、複雑な家庭環境で心を失くしていた僕に、優しさと人生の希望を持たせてくれた大切な存在なんだ。そんな大切な存在だったからこそ……失うのが怖かった。僕の女性遍歴を伝えなかったのは、彼女を信頼していないからではなく、それを知った彼女が僕から離れていってしまう事に恐怖を覚えたから……僕の弱くて、卑怯な感情から来たものだ。」
「ミツ君……。」
神風は大河に向けていた視線を夢姫に移すと、不安げに揺れた瞳で夢姫を見つめた。
「今まで黙っていてごめん。……大河の話は事実だ。僕は家庭環境や過去にあったストーカー被害から女性不振を拗らせて、今まで言い寄ってきた女性に対して酷い扱いを繰り返して来た。……どんな理由があるにせよ許さない行為だし、そんな行為をしてきた僕は幸せになる権利などないのかも知れない。」
ははっ、と顔を歪めて自虐的に笑う神風は、夢姫には幼き頃のミツ君の姿にダブって見えた。
(……私が昔公園で怪我をした時に、涙を溜め不安に揺れる、小さいミツ君の瞳とそっくりだ。)
夢姫はふぅ、と深呼吸をすると神風に向け語り出した。