【夢姫視点】歓迎会の、その後4
モヤモヤした気持ちを抱えたまま、夢姫はグラウンドを眺めていた。
(添い寝していたのは事実なんだよなぁ。うーん、でも、服はそのままだったし、神風さんの話を聞く限り何もないはずだし。やっぱり首筋のは、アザか虫刺されだよね……?)
サッカーコートでは、神風や大河の指導の元、準備運動を終えた子供達が練習試合を始めていた。
まだまだ成長途中の小さい体をいっぱいに使って動く子供達の姿を見ていると、夢姫のモヤモヤした気持ちも少し和らぐような気がした。
(子供って何事にも全力で、眩しいな。)
子供達の事を見ていると、ふっと、夢姫は昔のことを思い出した。そして、そのまま思い出に耽ることにした。
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あれは私が小学校高学年の頃。
まだ小さい子が項垂れたまま、一人公園のベンチに座っていた。その子の周りを見ても、友達も親らしき人もいない。外も段々と暗くなり始めていた私は心配になり、その子に話しかけた。
「どうしたの?パパやママと一緒じゃないの?お友達は?」
その子は顔を上げた。透き通った茶色い瞳の色が特徴的で、全体的に色素が薄い。街灯に透かした髪は金に近い茶色でキラキラと輝いて見えた。よく見ると顔に涙と鼻水を拭いたような跡がある。どうやら一人で泣いていた様だ。
(うわ〜、凄い綺麗な子!!髪の毛がキラキラしてるから、もしかして外人さんかな?)
その子からは何も返事がない。
「あの……もしかして英語じゃないと分からないのかな?えーと、英語でパパはファザーで、ママはマザーだったよね?ウェア、イズ……。」
「僕、日本人だよ。……一人で来た。」
「あ、良かった!日本人だったのね。髪の毛キラキラしてたから外人さんかと勘違いしちゃった!えへへ。
ねぇねぇ、お外も暗くなってきたし、そろそろお家に帰らないと。……お家、どこか分かる?」
「……嫌だ。」
「でも、パパもママも心配するよ?早く帰ろう?」
「だから嫌だってば!それに、この時間に家にいるのはシッターだけだよ。」
男の子は再び下を向き、ベンチから離れようとしない。
(困ったなぁ。でもこのまま放っておけないし……。)
ふと男の子の手元を見ると、潰れたビニールボールが握り締められていた。
「そのボール、どうしたの?」
「蹴って遊んでいたら、急に縮んじゃったんだ。……僕の大事な『相棒』だったのに。『相棒』を壊したのがシッターにバレたら、怒られるかも知れない。」
その子はボールを『相棒』と呼んでいる。とても思い入れ深い物だったのだろう。蹴って遊んでいたら縮んだ、ということは、恐らく衝撃でボールに穴が空いて空気が抜けてしまったのだろう。
「ちょっと、その『相棒』を見せてくれる?」
私は男の子からボールを貸してもらう。やはり穴が空いているようで、空気が漏れていた。
「うーん、穴が空いてるみたいだね……。」
(『相棒』なんとか直せないかな?……あっ!)
私は徐にランドセルを漁り、中にあったセロテープを取り出した。
(空気を入れて穴を塞げば直るはず!)
ふ〜っ!ふ〜っ!
穴に口を付けて必死で空気を入れようとするも上手く空気が入らない。
ふ〜っ!ふ〜っ!
汗だくになりながら息を吐くも、周りに空気が漏れてしまいあまり膨らまなかった。
「……ぷはぁ!はぁ、はぁ。上手く膨らまないなぁ。
うーん、とりあえず穴を塞いでみよう!」
穴の空いた所にセロテープを張り付けてみる。しかし、それだけでは当然空気の漏れは防げず、ボールは再び縮んでしまった。
「これじゃあ、直らないのか。うーん、他に穴塞げる物は持っていないしなぁ。……よし!!私が謝りに行ってあげる!!お家はどこ??一緒に行こう!」
「……え?いいの?」
「うん、いいよ!!一緒に謝れば、きっと許してくれるよ。」
「お姉ちゃん、ありがとう!」
「お家はどこか分かる?」
「うん!真っ直ぐ行って、あっちを曲がったところだよ!」
私は男の子の手を取って歩き出した。
「…あ、お姉ちゃんの手、ホクロがある!」
私の手の甲には3つ並んだ黒子がある。ちょっと珍しいこの黒子が、私はお気に入りだった。
「そうなの、珍しいってよく言われるんだ!ママもこのホクロがかわいいって褒めてくれるし。私、このホクロが好きなの。」
「僕も、お姉ちゃんのホクロ好きだよ!」
「ふふ、ありがとう。君は自分の体で好きなところはある?」
「ん〜……。足かな!僕、足がおっきいの!」
「大きい足ならきっとボールが蹴りやすいよね。将来はきっとサッカー選手になれるね!」
「じゃあ、僕サッカー選手になるよ。そしたらお姉ちゃんと結婚してあげるね。」
「あはは、ありがとう!じゃあ、サッカー選手になったらお嫁さんにしてね。」
その後、男の子の家に一緒に行った私は、慌てて出てきたシッターにボールが潰れてしまったことを説明した。謝ろうとしたが逆に感謝され、「坊っちゃまとこれからも遊んであげてください」と言われてしまった。
その後、「ミツ君」と言うその男の子は私にすっかり懐き、公園で見かける度に「ゆめきちゃん!」と一目散に駆け寄ってきた。私も駆け寄ってくれるミツ君が可愛くて、よく日が暮れるまで一緒に遊んであげていた。「新しく買ってもらった!」と言っていたピカピカのボールは、ミツ君と私が蹴ったり投げたりして遊んでいるうちに、あっという間に汚れていったのを覚えている。
そんなある日、いつものようにボールで遊んでいる時に私は派手に転んで怪我をした。怪我自体はそんなに酷い物ではなかったが、足を捻ったようで痛くて歩けない。ミツ君はすぐに駆け寄って来たが、まだ幼い男の子。どうにかしたくても自分の力では何も出来ない。しばらく涙目でオロオロしていたが、たまたま通り掛かった子連れの母親に助けを求めた。
「ゆめきちゃんが、怪我してる!助けて!!」
その母親はすぐに駆け付けてくれて、怪我した箇所を綺麗にしてくれたり、簡単な応急処置をしてくれた。
私が痛みで歩けない事が分かると、その母親は親切にも私を抱えて自宅まで送ってくれた。出てきたママは怪我して抱えられた私の姿にビックリしていたが、大した怪我でない事を知ると安堵した様だった。しかし、怪我が治るまで外出禁止令を出されてしまったため、しばらく外で遊べなくなってしまった。
ある日、怪我が全快したので再びいつもの公園を覗くと、ミツ君が一人ボールで遊んでいた。
ミツ君は、私の姿に気付いていつも通りに駆け寄ってきてくれたが、いつもより元気がない。
「ミツ君、どうしたの?」
「ゆめきちゃん……。」
真剣な顔をしたミツ君は真っ直ぐに私を見つめながら口を開いた。
「ゆめきちゃん、僕、サッカー選手になる。お金もたくさん稼いで、あらゆる事からゆめきちゃんを守れるような強い男になる。そして、ゆめきちゃんをお嫁さんにするために迎えに行くから、それまで待っててくれる?」
私は、いきなり見せるミツ君の男っぽい顔付きにドキッと胸が高鳴った。そして、急にそんな事言い出してどうしたんだろう……と心配に思った。しかし、素直にその言葉が嬉しかった私はミツ君の手を握った。
「うん、待ってるよ。」
「絶対だからね!約束!」
ミツ君は握られていない側の手の小指を差し出してきた。だから、私も黒子のある手の小指を差し出して、指切りをした。
「うん。約束!」
……今思えば、あれは私の初恋だったのだろう。
ただ、恋に疎かった私はその事に気付かず、ただミツ君と一緒に遊ぶ毎日がただ続けばいいと思っていた。
しかし、その日を境に、ミツ君はぱったりと姿を見せなくなった。急に現れなくなったミツ君に私は動揺した。それから毎日公園を覗いたが一向に姿を見せないため、心配になり一度自宅を訪れたが誰も住んでおらず、再度訪れた時そこは更地になっていた。
私は、今まで感じたことのないような、胸にポッカリ穴が空いたような虚無感を覚えた。
私の顔からは笑顔が消え、しばらくは食事も、大好きだったお菓子も喉を通らず、親を心配させたものだった。
……失恋の痛みを、この時初めて知ったのだ。
(あのミツ君は、今はどこで何をしているのかな……。)