水着持ってくればよかったわね
「んーっ、いい風!海に来るなんて随分久しぶりね」
「海から吹き付けてきているのかな?潮の香りがするね、ママ」
「おーい、気をつけてなー、二人とも」
岩場から砂浜に俺は足を下ろす。日光に灼かれた熱砂が、靴の裏からもじわりとその熱気を伝えてくる。
もう10月になろうというのに、この辺りは随分と夏日だな……。
日本と違って割と湿気がないのは幸いだが、風がないと結構な炎天下である。
―――俺たちは、王都ベルロンドから少しだけ足を伸ばし、中央大陸を臨む大陸北の海岸に遊びに来ていた。
まぁいわゆる、新婚旅行・兼・家族旅行、ってやつだ。
凶悪な魔物が多く出る『ドラゴンの道』という細い陸の橋がほんの10Kmかそこらの近くにある割に、この辺りの海岸は静かで平和なものだった。
「平和かって言うとまぁ、近くにそんなスポットがあるからこそ人気がないとも言えるんだけど、あたしがいるから大丈夫よ。この辺りには何度も探索に来ているけど、魔物に出くわすのはもっと西の方だから」
とはマゴリアの弁であった。
ま、俺やマリルは戦闘向けの魔法を習得していないので若干不安はあったが、マゴリアがそこまで断言するなら心配あるまい……フラグじゃないよな?
俺はつい日本にいた頃のアニメや小説の物語のよくある展開を連想してしまうが、マゴリアは笑う。
「オスオミ。アンタそういえばあたしがどれだけの強さなのか知らないわね?」
そういえば、マゴリアは今みたいに莫大な収入を得る前は魔物討伐のクエストなんかもギルドから突発的に引き受けてこなしてる、と言っていたな。
普通、魔物討伐なんて何日もかけてやるような仕事だと思うが、バイト感覚で数時間で戻ってくることが殆どだった。
敵が弱いだけ、って俺は理解してたが、そうでもないらしい。
「確かにあたし、専門は幻想魔法学でそこまで戦闘向けじゃないと思うかも知れないけど、王宮から救国の方策を指示されてて、それに『二つ名』も持ってる魔道士よ?
『ドラゴンの道』なんかに出る下級魔族や中級魔族相手じゃ太刀打ちできないけど……そんじょそこらの野良モンスターごときに、後れは取らないわ」
二つ名……そういえば、王宮に納品に同伴したとき『幻顕』のマゴリアとか言ってたな。
アレ、ただの厨二病的な肩書じゃなくてちゃんと意味があったのか。
「失礼しちゃうわね。『幻顕』っていうのは幻術・幻惑系とか、精霊・妖精なんかをこの世に召喚・顕現させる魔法のエキスパートに贈られる称号よ。そうそう貰えないんだから、二つ名って」
この世界での『二つ名』の凄さと贈られる基準がよく分からない俺は、ただただ頷いていた。
まぁ、凄い実用的な資格を持った魔道士、って所なのかもな。何となく日本の知識に当てはめて的外れっぽい理解をした俺は、ひとまず安心した。
マゴリアがそれだけ強い魔道士なら、魔物の跋扈するこの世界で下手にうろついて死んじゃうこともなかろう。
そうして俺たちはエメラルドグリーンに輝く綺麗な海とどこまでも広がる青い空の色を、潮風に優しく撫でられながらのんびりと眺めていた。
「水着持ってくればよかったわね」
マゴリアが海水に裸足を晒しながら、そんな風にひとりごちる。
「水着……」
俺は思わず想像してしまう。
「こら。目がスケベだぞ」
すかさずマゴリアが俺の独り言を聞き咎めて俺に言うが、もう夫婦になるのに別にいいじゃないか、と反駁すると、
「……まぁ、そうなんだけどね。それはそれとして、あんまり露骨にエッチな目を向けないで下さい」
とマゴリアは照れたように目を伏せ、何故か丁寧語で言ってくる。
難しいもんだな。
「パパ、ママ、見て!ヤドカリ!」
すると無邪気にマリルがヤドカリらしき生き物を捕まえてきて俺とマゴリアに見せてきた。
「こっちの世界にも居るのな、ヤドカリ。形状ちょっと違うけど」
「タラーレンって魔物の子供ね。害はないわ」
マゴリアは離してあげなさい、と言って魔物の子供をマリルからひょいと取り上げて逃がす。
マリルははーい、と少しだけ不満そうにしたが、すぐにきゃっきゃと海に入ってちゃぷちゃぷ遊び始めていた。
「何だかんだ言って、まだまだ子供だよなぁ……」
「生まれて4ヶ月ほどだもの。そりゃあ、そうよ」
俺たちは生後4ヶ月になるエルフの娘、マリルの姿を親の目線で眺めていた。
「子はかすがい、とはよく言ったもんだよな。マリルがいなかったら俺ら夫婦になってないぜ」
「そうねぇ……アンタと最初に会った時、コイツ絶対用済みになったら焼き殺してやる、って思ったし……」
「ははは怖えよ」
マゴリアが物騒なことを言うものだから、俺は大袈裟に震えるジェスチャーをする。
「冗談に決まってるでしょ」
笑いながらマゴリアは言った。
「でも、ホント……マリルのおかげであたし、ずうっと忘れてた大事なことを教えてもらった気がするのよね。家族団欒、なんて……それこそ、アカデミーに入学して、親元を離れてから……一度もなかったわね」
と、そこで思い当たる。
「あれ、そう言えばマゴリアのご両親って」
健在なのかな、どうなんだろうと思って逡巡すると、マゴリアはあっさり答えた。
「ヘイネル村にまだ暮らしているわ。たまに手紙を書くの。
……でも、あたしが王都ベルロンドに来て10年、そろそろ家にも一度は帰ったほうが良いわねえ」
ご両親には『ご挨拶』もしなきゃいけないだろうしな、と俺は思う。
こっ恥ずかしいので口には出さないが……。
逆に、王都に来て……つまりアカデミーに入学してから10年という情報で気になったことを尋ねてみる。
「……マゴリアってトシ、いくつなの?アカデミーは日本で言うところの中高一貫校、みたいな言い方してたから、そこから計算すると23歳か24歳くらいになるのか?」
するとマゴリアは軽く顔を顰めて窘めるように言う。
「女性に年齢を尋ねるのはマナー違反です。そっちの世界でもそうじゃないの?」
「違いないね。まあでも、夫婦だしそのくらい教えてくれよ」
冗談めかしてマゴリアは誤魔化そうとするが、妻の年齢を知って都合は悪くあるまい。
マゴリアは降参して答える。
「もう。25歳よ」
「じゃあ、15歳の時にアカデミーに入学するために王都に来たのか」
「そうね。こっちのアカデミーは日本の学校と違って規定年齢なんて別にないから、マリルみたいな編入型もあるし一般的にいくつから入学とかの常識はないけど」
それにしてもまぁ、日本の感覚で言うと15歳から中学校に入ったというのは遅咲きな感じだ。
ここでもマゴリアの苦労が少し伺える気がした。
「父さんと母さんが入学資金を工面するのにも時間がかかったしね……在野の魔道士って、なかなか金銭感覚にも疎い所があるから、大変だったのよ」
「アカデミー卒業後は食うや食わずの時期があったとも言ってたな。苦労したんだな、マゴリア」
俺は潮風に打たれつつ浜辺でしみじみと、これまでのマゴリアの半生に耳を傾けていた。
「そうねえ……っていうか、あたしの話ばっかりじゃなくて、オスオミの話も聞かせてよ。夫の話を聞いて不都合はないでしょ?」
やり返しのようにマゴリアは片目を瞑って俺に過去話を促す。
「ええ……俺の過去話かぁ。つまんないぜ」
「良いじゃない。お互いもっとよく知り合いましょうよ」
仕方ないか。ちょっと重い話になるので、俺は口を開くのを躊躇ったが、語り始めた。
妄想★マテリアライゼーション46話、海での語らいです。
マゴリアの過去をなるべく細かく話してますが全然足りない!
両親の話もしたいんだけどなー。
次回はチラホラと暗そうな感じの過去を言ってた雄臣君のオリジンについて触れます。




