惚気は結構だよ
「……というわけでして」
「惚気は結構だよ」
心底ウンザリしたような顔をシェリルさんは俺に向けてきた。
いや、でもあれだけ相談に乗ってもらった以上、報告とお礼は義務だと思ったのだ。
「そんなもんわざわざ言わなくても分かるから。君、そういう心の機微には疎いのかね?あぁ、それとも幸せ絶頂なのを私に自慢したいのかね、全く、君は余程私になじられたいらしいね?」
ごちそうさま、もう十分だよ、と吐き捨てるようにシェリルさんは言った。
「すいません……マリルも同じように相談に乗ってくれたからその辺、報告したら『良かったね』とか言ってくれて、ついそれと同じ感じで……」
俺は心底申し訳ないと思って謝るが、シェリルさんはキレてしまった。
「あのなあオスオミ君。君んトコの娘さんと私を同列に扱うなよ。
君、忘れかけてるかも知れないが私はマゴリアを好きだった女だぞ?今ここで君を殺してその首を畑の肥やしか研究材料にするかの2択でどちらも選ばないのは、ひとえに私がマゴリアを愛していて彼女の幸せを願っているからだ、ということを肝に銘じ給えよ全くこのバカップルが!」
一息にそう言うと、ふん、と鼻息を漏らす。
こええ……いや、まぁ、そりゃ俺が迂闊すぎた。そりゃそうだよと。
でも何でだろうな、俺は事あるごとにシェリルさんに相談してしまうのだ。
何だかんだ言って、この人に信頼感を持っているからなのかも知れない。
……お節介ババアを演じてくれたことは、結局のところついぞなかった気がするが。
「あーあー、あの時の発言かね。あれは気の迷いだよ、本当は私が君とマゴリアの間に入って、君を誘惑する女のフリでもして君等の間柄を完全完璧にブチ壊してやろうという気持ちもあったんだが、流石に鬼畜すぎるかなー、と思い直した結果があの言葉だったんだ。今にしてみればそっち選んでも良かったという気はするね」
「酷え計画を立てていた!!うわ、1/2の確率で俺、マゴリアとそんな修羅場描く可能性あったの!?」
どこまで冗談か本気か分からないが、シェリルさんの表情を見ていると割と真実味のある言葉だった。
「ははは、女二人に奪い合いされるというのも男冥利に尽きるだろう。何なら、今から私がその泥棒猫を演じてやっても良いがね?」
「冗談は程々にして下さいよ……」
俺は苦笑して頭をかく。
ま、シェリルさんからすればこのくらいのことを言う権利はあるし、俺は黙って言われるがままにしておいた。
「いやしかし、確かにマゴリアはチョロいと言ったが、マジでチョロかったなあの女。へえ、そんな直球勝負に負けたのかい。その場を見れなかったのが残念だね」
「チョロいとか言わないで……でもまぁ、驚くほどすんなり受け入れてくれましたね」
マゴリアって分かりやすいツンデレとかじゃなくて、何かこう、普通に押しに弱いタイプの女の子だったんだなと、これまでの付き合いを思い返し、改めて思う。
「ま、そりゃあ君のおかげで自分が長い間持て余していた才能を活かせたんだ。感謝の気持ちにたえないだろうさ。尤も、それは君も同じなんだろうがね。ふん、割れ鍋に綴じ蓋、とはこの事か」
多分異世界の言葉をそう言う風に俺の脳内に訳されているのだろうが(忘れかけてるかも知れないが、俺がこの世界で普通に会話したり読み書きできるのは、シェリルさんが召喚魔法陣に仕込んでくれた魔法のおかげである)、正しくその喩えの通りだな、と思った。
割れ鍋に綴じ蓋、ね。
俺みたいな何の才能もない妄想だけの人間が、妄想がなければロクに何も作れない魔法使いにとっては喉から手が出る程に欲しい人材だった。
きっと多かれ少なかれ、世の中の男女……いや、男女に限らないだろうが、カップルってのはそういう風に『お互いが出来ない部分』を補い合ってくっついて行くんだろうな……などと自分自身がそのカップルになった今になっても、不思議なことにまるで他人事のように俺は思うのだった。
「そういえば君、マゴリアとの情事は一切語らなかったね」
と、シェリルさんが突然俺に爆弾をぶつけてきた。
「じょ、情事って!そこまで赤裸々な報告するわけないじゃないですか!!」
「おやぁ?その様子だと、その夜に何かあったのかね」
シェリルさんは惚気は結構だよと言いつつ、そういう下世話な話題にはいつものニヤニヤした悪趣味な笑いを取り戻して、何やら想像を逞しくされているようだった。
勘弁して下さい。マジで。
「ははは、そうかそうか、マゴリアも遂に処女喪失かぁ」
「言葉を選んで!!」
実際に俺がマゴリアとあの夜に何をどうしたかは、ご想像にお任せするとして。
まぁ、ともあれ、俺はマゴリアと『正式に』夫婦となることが決定したのである。
王都ベルロンドに婚姻届やら戸籍なんてモンはなかったので、まー儀礼的、事実婚な部分がでかいが。
友人親戚を呼び集めて盛大な結婚式―――なんてのも、別にマゴリアはしたいと思っていなかったらしく、教会で簡素な結婚式くらいはする?みたいな、意外と軽いノリだった。
新婚旅行とか、そういう風習はあるみたいだが、どう回ろうかね。
「やれやれ、そういう悩みこそ娘にでも相談したまえよ。婚前交渉で出来た娘とはいえ、君たちの初めての子作りの結果だろうに」
「多分に誤解を含む発言が撒き散らされてますよ!!マリルは俺とマゴリアの『娘』ではあるけど、そういう行為の結果じゃないって知ってるくせに!!」
「はっ、魔法で作り上げたとはいえ一つの生命だ。実質的に似たようなもんだよ」
嘲笑するかのようにシェリルさんは言う。
そして、ひとしきり俺をからかって満足したのか、最後にシェリルさんは言った。
「まぁ、何はともあれ、おめでとう。君たちの前途に多大なる幸福が待っている事を、心の底からお祈り申し上げているよ」
えらく素直で、何の皮肉も込めない口調で放たれたそれは、心からのシェリルさんの言葉のようであった。
「……ありがとうございます。色々、ご迷惑おかけして、すいませんでした」
「気にするな」
ひらひらと手を振り、さぁそろそろ妻が待っているだろう、帰りたまえ、と促すシェリルさん。
俺はぺこりと一礼し、シェリルさんの屋敷からマゴリアの……いや、『俺たちの』家に帰るのだった。
妄想★マテリアライゼーション、第44話!
の ろ け る な
シェリルさん渾身の罵倒劇です。
この女を喋らせると楽しい。それだけのために酷い目に合わせてごめんね。
シェリルさんが三角関係を演じる案もあったんすけどね。
ひどい修羅場を描くよりも、ふんわりと着地点を見つけるほうが好みなのかも知れません。
何だかんだでこの異世界、優しい人達ばっかりだな。
シェリルさんの言葉のチョイスは最悪だけど。




