……やっと、マゴリアに言える気がする
「……よし、もう少し……!」
「頑張って、パパ!その調子!魔力の集中、良い感じだよ!」
マリルと共に魔法の修業を始めてから20日目。
俺はやっと、火を熾す魔法の実践訓練の糸口を掴みかけていた。
「ぐ……」
意識を集中する。
苦手な精神集中と、脳内でむやみに広がる火炎のイメージ。
そのバランスを上手く取れるよう、最大限に脳内リソースを割り振る。
俺の一番の問題点は、その妄想力の高さに相反する『集中力のなさ』だった。
そこが改善されなければ、強い具体的イメージも宝の持ち腐れになるよ、というマリルのアドバイスを受け、俺は過剰にイメージするよりもまず、そのイメージを自分が感じ取った魔力と上手く接合して、放出するという魔力操作のほうに精神力を割り振るように意識を集中していた。
「私的には『集中力がない』というのも多分、パパのある意味での『思い込み』だと思うの。元の世界でそういう風に言われ続けた結果っていうか、弊害っていうか……」
そう、俺はバイトしてるときに妄想しすぎて仕事に集中できないという事が多かった。そのせいで叱責を受け続け、妄想は悪い事という刷り込みと、妄想すること=集中力がないというイメージを脳内に植え付けてしまった。
だが、考えてもみろ。
『妄想に集中する』という『集中力』は、俺にはあったんだ。
ちょっとだけ、その集中力を『魔力操作』に分けてやればいい。
マリルのアドバイスは、つまるところそういう『考え方の転換』であった。
その励ましのような言葉を受けてから、俺は徐々に自分の劣等感と向き合うことができるようになった気がする。
それにつれて、魔力の操作も少しずつ上手くなっていったとマリルは言う。マゴリアもたまに見てくれたが、みるみるうちに魔力を放出する精度が上がっている、と言っていた。
自信を持て。
まずはそこからだ。
俺は自分にそう言い聞かせ、指先から火を放つイメージを脳内に描き、
そして―――
ボッ……!
「……で、出た!」
俺は遂に、火炎の魔法の初歩を身につけることができたのだった。
それこそ、見た目はマッチだかライターみたいなレベルのショボい火だったが、まずは大きな第一歩だ。
「やったねパパ!あとは脳内イメージ通り、魔力で生まれたその炎を維持し続けるんだよ!」
「お、おう……!」
そう、このままフッと消えてしまいそうな程に儚いその火だが、これは魔法の火である。
風とか、水ですぐに消えるものじゃない。
酸素がなければ燃えないものでもない。
俺の魔力を燃料に燃え続けるものだ。
ゆえに俺がこのイメージをどこまで保ち続けていられるかが勝負だ。
持続時間が長くなれば、それだけ魔力の操作も上達し、より大きな炎を作れる。
マリルからの事前の説明を受けていたので、俺は必死で火を維持する。
1秒、2秒、4秒……そして10秒ほど経過したところで。
「あっ」
フッ……と炎は消えてしまった。
たった10秒。
俺は少し落胆する。
しかしマリルは手を叩いて喜んでいた。
「すごいすごい!初めての火炎魔法でそれだけ維持できれば十分だよ!おめでとうパパ!」
「あ、ありがとう……」
日本でならマッチかライターかチャッカマンで済むような程度の魔法だが、俺は成し遂げたという達成感でいっぱいになっていた。
また、同時に疲労感も凄かった。
慣れない魔力の操作、過剰なイメージの抑制と放出、魔法の維持にかかる魔力消費。
俺の精神力は、それこそ伝説の剣をマゴリアに精製してもらう際の妄想アシストの何倍もの消費に疲弊しきっていた。
「うへぇ……ヤバいな魔法の維持って……マゴリア、こんな事ずっとやってるのか……」
「幻想具現化魔法の場合は、一度精製した武器に延々と魔力を注ぐ必要はないから、厳密には違うけどね」
と、いつの間にかそこにはタオルと水の入ったグラスを持ったマゴリアがいた。
「あ、ママ!見てた、今の!?パパ、火炎魔法を10秒も維持したんだよ!」
「うん、見てた。……おめでとう、よく頑張ったわね、オスオミ」
「マゴリア……」
マリルに褒められた時も凄く嬉しかったが、マゴリアに褒められると一層嬉しかった。
俺はマゴリアからタオルとグラスを受け取り、ゆっくりと汗を拭いて喉を潤す。
「はい、マリルもお疲れ様。よくパパの面倒見てくれたわね」
「うん、えへへ」
頭を撫でられ、マリルも水をゆっくりと味わうように飲んでいた。
「ん?身体がなんか軽くなった」
俺は水を飲んだ身体が急速に癒やされていくのを感じる。
もしかして、これなんか入ってる?
「あぁ、それ。あたしの魔力を少し注いであるの。初心者があれだけ魔力使うんだもの、精神力使い果たして魔力も回復に時間かかりそうだし」
俺はマゴリアの細やかな気遣いに感動しつつ、残った水をあおる。
「さすがマゴリア、気配り上手だな」
「褒めても何も出ないわよ」
そんな事を言って照れるマゴリアだが、十分に色々貰っている。
俺は微笑む。
「うーん、ママの魔力水、体に染み渡るね!」
マリルもマゴリアの魔力が注がれているという水で、疲れた身体を癒しているようだ。
「ごちそうさま。すっかり元気になった」
「ごちそうさまー!」
俺は空っぽになったグラスをマゴリアが持っていた盆に返し、マリルも同じように返す。
「はい、お粗末様でした」
マゴリアはグラスを受け取ってそのまま流しに置き、軽くゆすいで乾かしていた。
「……でも、たった20日で超自然系魔法の習得と維持に至るとはね。ちょっとビックリしたわ」
「ねー!」
そうは言ってもマリルは、魔法を習って割とすぐに扱えてたが……まあ、マリルは特別製だからかな?
マゴリアも年単位でかかると思ってたってこないだ言ってたし、誇っていい事なのだろう。
俺は改めて、じんわりと達成感と心地よい脱力感が身体を支配するのを感じた。
「……やっと、マゴリアに言える気がする」
俺はポツリと呟く。マゴリアやマリルには聞こえないように、小さく。
当のマゴリアはと言うと、
「それじゃあ、今日はお祝いにしましょうか。久しぶりにあたしも料理の腕を振るっちゃおうかな」
「あ、ママの料理!久しぶりだね!じゃあ今日は私はお手伝いに徹します!」
と、マリルとともに母娘での料理を作る相談などしているのだった。
俺はその様子をほっこりした気持ちで眺めていた。
「今夜は、ごちそうだな」
妄想★マテリアライゼーション41話、ついに雄臣君が魔法を使えるように!
キャラが『地味だけど頑張った』みたいな事を僕はキチンと評価したいのですよね。
マゴリアの裁定もマリルの教え方も甘い、とは思うのですが、そういう優しさが必要な人間もいるというか。




