で、どうする?宮仕えの話なんだけど
「じゃあ、3本目、納品してくるわね」
「あ、俺も行くよ」
3本目の烈風の剣を作成してから2週間後。
4本目の精製と固定化も無事出来上がり、これなら大丈夫ね、と3本目を納品するためマゴリアが王宮へ向かうと言い出したので、俺は初めて王都ベルロンドの王宮へ同伴する事になった。
「大丈夫?あたし一人で行けるわよ?」
「折角だから、俺も王宮ちゃんと見ておきたいんだ」
これはおためごかしで、さほど興味がある訳じゃなかった。
ただ単純に、心配なのだ。
王宮でのマゴリアの評判がうなぎのぼりらしいと聞いて、俺はマゴリアが本気で宮廷魔道士として宮仕え、なんて事になりはしないかと。
そんな時に俺がそばにいないなんて事が、不安でしょうがなかった。
ついて行ったからって、俺がどうこう言える立場でも筋合いでもない気はするが……。
「じゃ、行きましょうか。王宮に入るには許可が要るけど……ま、あたしの同伴者って言えば、納得して貰えるかな」
マゴリアはそう言って俺と共にベルロンドの王宮に向かった。
◇
「でっ……けぇ」
「初めて間近で観るんだっけ?なかなか壮観よね」
壮観なんてもんじゃなかった。
中世のお城なんて写真でしか観た事なかったから、スケール感がいまいちピンとこない俺だったが、こんなもん殆ど山か何かじゃねえか?
せいぜいがテーマパークのお城みたいなイメージから抜け切れなかった俺は、近づくにつれて凄まじい圧迫感を醸し出す王宮の巨大な威容に、すっかり萎縮してしまうのだった。
「そこに歩哨がいるでしょう、彼らに言って入城の許可を貰うの」
「ほしょう?」
「立って警備してる兵隊さんの事」
「あぁ」
俺は浅学非才の身ゆえそういう難しい言葉は使われても困る。
「どうも。東区域1番地、『幻顕』のマゴリアです。『烈風の剣』の納品に参りました」
「これはこれはマゴリア様。どうぞ奥へ……そちらの連れの方は?」
マゴリアに恭しく礼をする歩哨。対して、俺には訝しげな視線が注がれる。
ま、当然の反応だろうな。俺はさして気にもしない。
「私の魔法のパートナーなんです。今日は同伴すると言ってくれたので、連れてきたのです」
「ほほぉ」
歩哨の表情が一変し、好奇の視線へと変わる。
「……では、お連れ様もどうぞお通り下さい。今日の検品担当は、いつも通り魔法具管理局でご確認下さい」
「ありがとう」
いつもよりずっと優雅というか、お淑やかな所作で歩哨が開けた重々しい扉を潜るマゴリア。
俺も後に続いて、チラリと歩哨の顔を見ると、まさか表情を窺われると思っていなかったか、びくりと身体を震わせてゴホンと咳払いして誤魔化していた。
俺は思わず苦笑するが、まあそういう態度になるのも致し方あるまい。マゴリアが連れを伴っているだけでも珍しいのに、一見魔道士っぽくもない冴えない男だしな。
バタン、と扉が閉じられ王宮の中に入った俺たち。
そこはだだっぴろい庭のように見えた。
「広いなあ。中庭か?」
「そうね。管理局はあっち。ついてきて」
マゴリアの案内に従って、王宮の廊下を進んでいく。
やがて右奥の突き当たりを超えた先、丸い屋根の建物があった。
他の大きな塔なんかとは違ってひと回り小さいようだが、それでも中々の大きさで、あの建物を一周するだけで何十分かは潰れる気がした。
「ここが魔法具管理局。王宮に納められる全ての魔法のアイテムはこの建物内で検品・保管されて、専門の魔道士が品質管理して、兵士に提供したり自分達の研究に利用したりするのよ」
マゴリアはいつもの口調に戻って俺に説明してくれた。
「検品担当者って毎回変わるの?」
俺はさっきの歩哨の言葉が少し気になって訊いてみた。
「そうね、何日かおきに担当が変わるみたい。ローテーション組んでるんじゃないのかしら」
それからマゴリアは受付と思しき若い魔道士に何やら話しかけた。
数分の会話と書類への記載を見守る俺。
「お待たせ。担当者が来るから待ってろって」
「はいよ」
俺はマゴリアが納品する剣を包みに入れて持っていたので、俺から手渡そうかどうか逡巡した。
「渡し方とか気にしてる?」
見抜かれたか。聡い奴だ。
「まあ、マナーとかあるのかなって」
「たいして気にしないわ。ま、言葉遣いは……気付いたでしょうけど、少しは丁寧にするけど」
「やっぱりか。王宮に来てから、いつもよりお淑やかな口調って感じした」
俺がそう言うとマゴリアは苦虫を噛み潰したような顔で、
「あたしが普段はお淑やかじゃないって言うの〜?」
などと拗ね始めた。
「んな事言ってないだろ。マゴリアのいつもの口調はもっと砕けてるから驚いただけだし」
「ま、そうよね。あたしも似合わないなあって思うけどね」
俺たちがそんな他愛もない会話をしていると、奥から『担当者』らしき魔道士がやってきた。
それは長身で人好きのする笑顔を浮かべた凛々しい男で……って、あいつは。
「ディクシオさん!?な、何故あなたのような方が検品なんて……」
マゴリアは驚いて、待合室の椅子から立ち上がっていた。
俺も驚いた。
まさかディクシオさんが検品担当だったとは……。
マゴリアの口調からして、そこまで地位の高くない魔道士の仕事っぽいな。
て事は、ディクシオさんはわざわざマゴリアに会うためにこの仕事を買って出た、としか思えない。
……目的は十中八九、マゴリアの王宮へのスカウト……かな。
俺はそこまで考えを巡らせると、ディクシオさんに礼をする。
「……ども」
「今日はオスオミ君も一緒なんだね。ご苦労様、マゴリア、オスオミ君も」
「いえそんな!わざわざディクシオさんにご足労頂くなんて、恐縮です……!」
相変わらずキラキラしたディクシオさんに対する憧れオーラがマゴリアからは出ていて、俺は少し居心地が悪くなる想いに囚われる。
ディクシオさんは知ってか知らずか、普通に笑顔だ。
「じゃあ、僭越ながら今日は僕が検品させて頂こうかな。どれ」
マゴリア曰く、魔道具の検品は主に3点が査定基準になるらしい。
①魔力内包量
②魔道具の耐久性
③魔道具の実用性
この辺りを試験するための専用の魔道具や魔法があるそうで、武器の実用性を測る場合は専門の模擬戦闘室ないし屋外で実験するのが一般的であるとか。
烈風の剣は風を起こす魔法を持つので、屋外で実施していたそうである。
ディクシオさんは懐から魔力内包量の計測機を取り出すと、メモリと睨めっこしていた。
これは、マゴリアも最初に剣を作った時からずっとやっている作業なので俺にも見慣れた光景だ。
「……うん、良い品だね。2本目より質が高いようだ。腕を上げたね、マゴリア」
「ありがとうございます!オスオミのお陰でもあります」
「オスオミ君、やるねえ」
すかさず俺にまで波及する褒め言葉に、つい照れてしまう。
「耐久性は……っと」
するとディクシオさんは何やら細い糸のようなものを指先から放った。
良く見るとそれは、炎を極限まで細くしたレーザーのような魔法である事が分かる。
「うん、凄いね。この精度の閃炎魔法に耐え得るのは、そうそうないよ。素晴らしい」
そして最後に肝心の、風の魔法の威力の試し撃ちである。
一応、今回も試し撃ちはしてきたので保証済みではあるが、実際に確認する訳である。
「よぉし、広い所行こうか」
ディクシオさんは剣を持ったまま、屋外へ向かう。
「じゃ、振り回してみるかな」
そう言うとディクシオさんは軽く剣を振る。
凄まじい威力の竜巻が発生し、広場に立っていた樹を切り倒していく。
樹が輪切りになり、いつものように大量の薪を製造する過程は、なかなか見ていて楽しくもある。
「完璧だね。これで国家の防衛もますます盤石になるだろう。マゴリア、評価はA +で出しておくからね」
「ありがとうございます!」
マゴリアは憧れの人に最上級の褒め言葉を貰って有頂天になっていた。
そして……
「で、どうする?宮仕えの話なんだけど、この後良ければ詳しい話をしないかい?」
……来た!
俺は嘴を挟もうとする。
そんなの、マゴリアだって急に言われちゃ困りますよ。とか。
なんでも良い、牽制の言葉を。
しかし俺の言葉は何も発する事なく、マゴリアがキッパリと言い切る。
「ありがとうございます、ディクシオさん。……とても光栄です、でも……
私、まだしばらくは、あの家でいたいです。
宮仕えは……私には、ちょっと、荷が重いです」
はにかむようにして。
嬉しさを押し隠すようにして。
その感情の奥に、どういう理由があるか。
「……そっか、残念。
ま、しょうがないね。
マゴリアはきっとそう言うと思ったけど、ダメ元で言ってみたんだ」
ディクシオさんは潔く身を退いた。
くそっ、引き際まで男らしいってどういう事だよ……!
こんな人種が存在して良いのか!
と俺は謎の嫉妬を発露させそうになるが、グッとこらえる。
「マゴリア。君は僕の誇りだよ。君がこんなに立派な魔道士になってくれて、とてもとても誇らしく嬉しい。
これからもオスオミ君と共に研鑽を積んで行く事を、心から願わずにいられない」
ディクシオさんはいつもの人好きのする笑顔に少しの茶目っ気を交えて、俺に向き直る。
「オスオミ君。マゴリアをよろしくね」
俺は拍子抜けしたような気持ちで、その言葉にただ頷いた。
「では、またいずれ会おう。4本目の納品も、楽しみにしているからね」
そう言ってディクシオさんは、帰っていった。
俺とマゴリアは顔を見合わせて、笑う。
「敵わないなあ、ディクシオさんには」
「役者が違いすぎるぜ……」
そういやあの人、マゴリアの学校の教授なんだよな。
大人の男の、魅力……か。
「うう、負けねえからな!」
俺は誰にともなくそんな言葉を呟き、マゴリアになぁに、と不審がられて慌てて誤魔化すのだった。
妄想★マテリアライゼーション、38話!
3本目の剣の納品とディクシオさんからの誘惑。
マゴリアの憧れの人を嫌な男にしたくなかったので、見透かした上で穏やかにこちらを試してくる感じになりました。
余裕さが違うぜ、くそっ!みたいな。
でもこれでマゴリアの気持ちもハッキリしたよねっていう。




