バカね。とっくに信頼してる
マゴリアの家に帰ってきた俺は、開口一番こう言った。
「ま、マゴリア。話があるんだ」
「あらお帰りなさい。何?シェリルから何か参考になる話でも聞けた?」
マゴリアはそんな風に、俺がシェリルさんの家で起きたあれこれなどまるで知る様子もなく(当たり前だが)ごく自然な感じで尋ねてきたが、俺は気が気ではなかった。
シェリルさんの屋敷から帰ってくる際もブツブツとマゴリアにどう告白するかを必死で考え、シミュレーションしてきたのだ。
「あ、ああ。そのうち妄想も取り戻せるかも知れない」
まさかシェリルさんの屋敷で起きた一部始終をマゴリアに話すわけにもいかず、俺は適当に誤魔化す。
「そう、良かった。ま、焦らないでね」
この件に関しては死ぬほど恥ずかしいところをマゴリアに見せてしまっているので、あれ以来マゴリアは俺に結構優しい。その優しさがまた俺にあの時の事を思い出させて辛いが、有り難くもある。
「それでさ、その、話っていうのは……それとはちょっと違うんだけど、えっと」
俺はどう切り出すかを考えた挙げ句、結局うまく整理しきれず、こんな一言から始めることにした。
「しょ、将来のことって、どう考えてるの?」
あまりにも迂遠だけれど、言いたいことには限りなく近い話題をチョイスしたつもりだった。
しかしマゴリアは事も無げに答える。
「んー?将来?何よ急に。……そうねえ、ちょっと前までは必死で『この国を……王都ベルロンドを救うんだ!』って息巻いてたけど……」
そこで一拍置いて、
「……前にも言ったけど、国を救うなんて一大事業、あたし一人の手に余るのよね。だから、それが将来の目標とかそういうのかって訊かれると、ちょっと違う気がするのよね。そう考えると、んー。……ま、今のあたしには、目標とか将来のビジョンって、特にないのかも知れないわ」
と結ぶのだった。
「そ、そっか。俺はその……」
―――俺は、マゴリアと夫婦になって、幸せに暮らしたいんだ。
その言葉を言おうとして、喉が詰まる。
息が苦しい。胸が太鼓のように打ち鳴らされる。
「……俺も、将来どうしようかな、って。……よく分かんなくてさ」
そして、すんでの所で飲み込む。
「そうよねえ」
マゴリアは俺の表情や様子に特に気付く様子はなく、相槌を打つ。
それから、不意に
「アンタさ、なりたいものってあるの?」
と訊いてきた。
「へっ?」
俺は想定外の質問……いや、勿論それは『将来』の話をしているんだから、当たり前の流れなのだが……真面目にその話を継続されると思わず、素っ頓狂な声を上げてしまう。
「何、アンタが振ってきたんじゃない。将来とは言わなくても、なにかなりたいもの、あるの?」
……そう問われても、俺には何もなかった。
勿論、マゴリアと恋人っぽいことしたいとか。夫婦になりたいとか。
そういう欲望はあるけど、それをいきなり言える空気でもなかった。
そして俺の口から出てきた言葉は、
「……元の世界じゃそういうのなかったから、思いつかない」
だった。
しかしマゴリアは質問を繰り返す。
「元の世界じゃね。今は?今なりたいものってあるの?」
そう問われると、なんだろう、と真剣に考え始めてしまう俺。
……ここでマゴリアとどうこうなりたい、以外の話で考えてしまうのが、俺の優柔不断で悪いところなのかも知れない。
「……強いて言うなら、俺、誰かにちゃんと必要とされる人間になりたい」
……色々考えた結果がそれだった。
ホント、全然、未だに。
俺の中の『劣等感』が消えてないんだな、って改めて思わせる言葉だった。
「バカねえ。今のアンタはちゃんと必要とされてるでしょ」
心の底からそれを信じ切れていないのだろう。
マゴリアの厚意と、優しさと、義理堅さが俺を今こうしていさせてくれるのだと思っているのだろう。
「そう……だな」
だから俺は言い淀んでしまう。
マゴリアはそんな様子にふぅ、とため息をつくと、背中をバン!と強めに叩く。
「って……」
「……アンタね、いい加減その卑屈になる癖、やめなさいよ。もう今のアンタは、元の世界にいた頃と違って、ちゃんとアタシが必要としてるんだから。……そんなにビクビクされたら、アタシが必要としてる、って言葉を信じて貰えてないんじゃないかって、邪推しちゃうわ」
邪推じゃなく、きっとそれはある程度が真実なんだ。
マゴリアの言葉は信じたいし、かなりの部分は信じてる。
―――でも、無償の愛みたいな、無条件で信じられるみたいな、そういうものじゃ、きっとない。
そこには打算があるし、恩義があるし、厚意や優しさがある。
俺はマゴリアからそういう、母親が本当なら注いでくれるみたいな愛情を求めているのかも知れない。
そう思いつつ、口には出せない。
「ごめんな。マゴリアのことは信じてるよ。マゴリアが俺を必要としてくれてるのも。でも、やっぱり俺、怖いんだ」
妄想が消えかけている事が。
どうしようもなく。
「根深いわねえ……ま、しょうがないか。すぐに性格変えられる程、人間器用に生きられないしね。
……アンタの過去に何があったかなんてあたしは詮索しないし、どうだって良いけどさ。ただ、あたしとこの先一緒にやってくんだから、変に遠慮とかあたしはされたくないのよ。わかる?」
マゴリアは俺の過去に何があったかは訊かずに、一方的に自分の都合を押し付けるかのような言い方で俺に遠慮するな、と言ってくる。
……こいつも、割と素直じゃないよな。
「ああ。うん。分かったよ、ありがとう。なるべく……いや、今後はちゃんと、マゴリアを信じて、遠慮しない。ちゃんと必要とされてるって、信じるよ」
すぐには出来ないかも知れないけど。
それから、俺は、今なら……今なら言えるかも……と思い、意を決して言葉を紡ぎ始める。
「だから……その、俺もマゴリアのこと信じるから……マゴリアも俺の事……し、信頼してくれると、嬉しい」
本当に言いたかったことはそれじゃないけど。
今の俺には多分これが精一杯。
自分の事もまだ、信じられないのに。
好きだ、とか。
結婚してくれないか、とか。
そんな言葉、言えるわけないじゃないか。
俺がそんな風に真っ赤になってうつむいていると、マゴリアは言った。
少し顔を背けて、小さな声で。
「バカね。とっくに信頼してる」
そうじゃなきゃ一緒に暮らそうなんて言わないわよ、とポツリと付け加えて。
俺は思考が停止した。
そして、ヤカンみたいに沸騰した俺の頭は、そのまま暫く熱に浮かされ、身動きできずにいるのだった。
◇
「やれやれだ。どうせそんな事だろうと思ったよ」
俺が気付いた時、ベッドに寝転んでいた。そして傍らにはシェリルさんがいた。
「あれ……シェリルさん?なんで俺のベッドの横に」
「黙って寝ていたまえよ。君は本当に、途方も無い馬鹿だね」
そして俺の部屋のドアが開いた。
「パパ、大丈夫?急に倒れたってママが言うからびっくりしちゃった……!」
「もう、心配させないでよ。シェリルに連絡して来てもらったから事なきを得たけど」
「俺……どうしたの?」
何が何だか分からなかった。
「妄想の許容量がオーバーしたみたいだね」
シェリルさんはそんな診断を下した。
俺の精神にダイブして、俺の体調不良の原因を探ってくれたのだ、とマゴリアは説明した。
え……精神にダイブして?
じゃ、じゃあ!さっきのやり取りも!?
俺は青ざめるが、シェリルさんはいつも通りの悪趣味なニヤニヤ笑顔を浮かべて小声で言う。
「……ま、チキンな君にしては及第点だと言っておこう。マゴリアも、随分と鈍いことだ」
こ……この女……。
……ん?っていうか、さっきなんて言った?妄想の……許容量がオーバー?
「何だい、気付いてなかったのかい?君、どうやら妄想の力を取り戻したようだよ」
「えっ!?」
「え、シェリル、それホントに!?」
「そうなんだ!パパ、良かったね!」
思い思いに驚きの声を上げる。
そ、そういえば。
シェリルさんの屋敷から帰ってくる時もシミュレーションでマゴリアに告白する妄想を繰り広げていたし、マゴリアから『信頼してる』と言われただけで俺は……
……な、な、なんて単純なんだ、俺って!!
真っ赤になり、全力で顔を覆う。
気恥ずかしくなりながらも、でも俺は安堵した。
「これでまた、マゴリアの力になれる……な」
俺はマゴリアの方に向き直って、言った。
「そうね。ま、これからもよろしく、オスオミ」
マゴリアも安心したように笑って、俺に言った。
そしてそんな様子を眺めて、皮肉な笑みを浮かべてシェリルさんが言う。
「はっ。全く、仲の良いことだ」
俺たちはお互いに顔を見合わせて、叫んだ。
「何言ってるのよシェリル!」
「何言ってんすかシェリルさん!」
マリルが笑う。
「パパ、ママ、声揃ってるよ!」
シェリルさんは苦笑する。そして小さな小さな声で呟いた。
「ったく、なんでそんななのに、いつまでも……」
マゴリアにその呟きが聞こえたかどうかは、定かではなかった。
妄想★マテリアライゼーション28話ッ!
はい、つーわけでラブコメ主人公特有の煮え切らない告白と
ヒロインが殺し文句で主人公の妄想力を爆発させるエピソードでした。
いつまでも雄臣君が妄想力を失ったままでもまぁ、話の展開には大して影響ないんすけど、彼がウジウジし続けますからね。ウザくなって、回復させました。
ま、男はこんなもんですよ、単純で分かりやすい(クソデカ主語)




