アホなのかね、君は
「アホなのかね、君は」
俺にかけられた第一声はそんな罵声だった。
「辛辣すぎやしませんか、シェリルさん」
事の起こりは3時間ほど前。
俺は自分がマゴリアに告白すべきか否かなどという悩みを誰にも相談できず、うだうだと日々を過ごしていたのだが、マゴリアが俺の妄想が弱まった件について、
『妄想できなくなった原因を解消する方法、シェリルなら何か知ってるかもね。一度相談してみたら?』
などと言うものだから、シェリルさんにその件の相談に来たついでに、つい流れで俺の悩みをブチまけてしまったのである。
「あーあ、くっだらない。私としては君がマゴリアを幸せにしてくれるなら身を引こうと思っていたのだがね、気が変わったよ」
シェリルさんは心底アホらしい、と言った風に言い捨て、更に目を細めて俺を睨み付けた。
そして続けて放たれたのは、
「君を殺して私がマゴリアと結婚しようかな」
などと言う、冗談にしてもかなり剣呑で直球な俺への敵意であった。
「……つーか、シェリルさんマジでマゴリアが好きって事隠さなくなってきましたね」
言い忘れていたがこのシェリルさんという女はマゴリアの友人であり、アカデミー時代は6年間もマゴリアと同室だったという(恐らくはそれ自体が彼女の手引き、つまり不正工作であろうが)、かなり筋金入りの百合女である。
いや、マゴリア個人に対して好意があるだけで全般的に女しか愛せないタチかどうかは知らんし聞いた事もないし別に知りたくもないが……。
「君は察しがいいから隠す必要性を感じないしね。腹芸も得意じゃないだろ」
読まれているなあ……。
この人、精神系魔法が得意って以前に、人の内心を読んだり煽るのが巧すぎるんだよな。
そうして俺がシェリルさんの冗談とも本気ともつかない宣言に困惑していると、シェリルさんはじれったそうにして、本題に入るよ、とばかりに切り出してきた。
「それでさ。結局君はマゴリアとどうなりたいのかね。延々と惚気のようなクッソ下らない悩みを聞かされて、些か私は苛々しているのでね、単刀直入に答え給えよ。返答次第ではこの場で素っ首を叩き落とすよ」
「だからマジで脅迫しないで下さい。惚気てもいねえし!
……俺はその、マゴリアとは、ふ、夫婦になりたい……と思います。多分、じゃなく、真面目に」
俺が辿々しく、それでも精一杯真摯に、本音を言うとシェリルさんは呆れ果てて肩を竦める。
「だったらその言葉は、私じゃなくてマゴリアにこそ掛けてあげ給えよ。言っちゃなんだがあの女はチョロいぞ」
「親友の台詞と思えない!」
シェリルさんは本気でウザそうに俺を見て、大きな溜息をついた。
「はぁ〜〜〜あ。何が悲しくて6年以上も片想いを続けた相手をこんなヘタレ男に譲る為の相談に真面目に乗ってやらなきゃ行かんのだろうね、私は。ねぇオスオミ君?君からそんな相談を受けている私の気持ちは分かるかい?」
「それは……本気ですいません。迂闊すぎたと思っています」
俺自身がここまでボロクソに言われるとは思わなかった、という意味でもそうだし、彼女の気持ちを考えればどのツラ下げてマゴリアとの同棲生活を詳らかに出来るのだ、という意味でもそうだ。
俺は本気で申し訳なくなり頭を深々と下げて詫びる。
しかしその謝罪はシェリルさんを落ち着かせるどころか、火に油を注ぐ結果となってしまった。
「……なぁオスオミ君。私はね、君のそういう誠実な人格は嫌いじゃないのだがね、時と場合、そして相手を考えるべきだと思うのだよ。今君がそうして私に真摯な気持ちで頭を垂れている気持ちのせめて、半分くらいはマゴリアに示せないのかね?謝る相手は私なのかい?下手をすれば私は本気で君を殺してマゴリアを奪えるだけの力は持っているんだよ?」
俺に対する、諦めとも怒りとも憐憫ともつかない複雑な感情を向け、今までにないほどに饒舌にまくし立てるシェリルさん。
マゴリアへの気持ちの深さを思わせる真剣そのものの表情は、いつもの悪趣味なニヤニヤ笑いなどどこからも窺い知れない。
彼女の抜き身の本音を叩き付けられた俺は、返答に窮した。
「……ここまで言われて、じゃあ分かりましたよ、マゴリアは俺が貰います!ざまあみろ!くらいの事を言えない男に、私はマゴリアを渡したくないなあ」
失望したようにシェリルさんは呟き、まずい、マジで殺されるのか、と一瞬俺は冷や汗をかくが、シェリルさんはそんな分かりやすい形で俺を許す気はないようだった。
「……意地でも君がマゴリアを幸せにする、妻として迎え入れると言うまで、死ぬほどお節介ババアを演じてやるから、覚悟するんだね」
シェリルさんはそう言うと、後ろを向く。
俺は彼女が何を言いたいのか一瞬分からなかった。
それは……
「今日は帰り給え。私も少し、心が不安定なようだ。今後の身の振り方には十分、気を付けるんだね。私は気まぐれだ。君の命など何とも思っていない。……ただ、マゴリアの幸せを願っているだけの、つまらん女だよ」
それだけ言うと、シェリルさんは奥の部屋に引っ込んでしまった。
「……応援してる、って意味なのかな」
俺は最大限に都合よく彼女の言葉を解釈して、マゴリアに告白する心算を立て始めるのだった。
妄想★マテリアライゼーション27話〜。
シェリルが喋り出すとホント長くなるな!
この女、行き当たりばったりのこの物語でも一番予想がつかない上に
勝手に喋る(制御できない)キャラです。書いてて別人格が僕に宿ってるみたいだ。




