このままじゃまずいなあ……
「今日のお野菜はねえ、ちょっと凝ってみたんだよ」
「綺麗に盛り付けてるわねえ……なんか芸術作品みたい」
「彩りまで意識し始めるとか、もはや完全にマゴリアの腕を超えたな……」
夕食をいただきながらマリルの料理の腕が天井知らずに上がり続けている事に驚きを隠せない俺。
そんなマリル先生の不肖の弟子として俺は彼女から毎日料理を教わっている。
理由は、俺の仕事が『妄想によってマゴリアの魔法の支援をする事』以外に、基本的に何もなく暇だからである。
「でも、パパも日々上達してるよ。最近はちゃんと、強火と弱火、とろ火を使い分けているし、野菜も均一に切れてきているし、調味料を目分量で入れたりしないし」
「ぐっ、初歩的なことばっかでゴメン」
つい卑屈になって俺はマリルに謝るが、
「あっ、ううん。そんな意味で言ったんじゃないよ?」
とフォローを入れてくれた。マゴリアはからかってくるかと思ったが
「へえ、ちゃんと段階踏んでキッチリ上達してんのね」
と普通に感心していた。
なんだこれ……普通に褒められただけなのにめちゃくちゃ嬉しいな……。
俺は内心感動して泣きそうになるが、このくらいで泣いてたら流石にかっこ悪いなと思って我慢する。
しかし、元の世界にいた時はホント、仕事で褒められた事なんか一度もなかったからなあ……
単純な事でも、ちゃんと上達してちゃんと褒めて貰える。
ただそれだけの事が嬉しくて、俺は明日も頑張ろうと思えるのだった。
◇
「とはいえ、このままじゃまずいなあ……」
料理の腕は上がるが、妄想の方はサッパリである。
というのも、この幸せな生活が影響しているのだと俺は思っている。
元々俺の妄想癖は現実逃避、つまり辛い現実から逃れるために身につけた防衛本能に近い。
後天的な性質であろうとは思うが、殆ど物心ついた頃からこうだった。
そう思うと俺の人生って何一つ幸せな時期がなかったんだな。なんだか悲しくなるな……と思いつつ、今はその不幸が俺の前から消え去り、マゴリアとマリルがそばにいてくれて、毎日美味しいご飯と楽しい会話、やりがいがある仕事をこなして、幸せそのものの生活を送れているのだから、人生どう転ぶか分からない。
しかし、今はその幸福こそが俺の妄想を奪っている。
妄想する力がなくなれば、妄想を源とするファンタズム・マテリアライゼーションの効力は弱まり、強力な武器や不思議なアイテムは生み出せなくなる。
以前に作成した2本の伝説の剣が相当なシロモノで、王宮から莫大な報酬を頂けたので、生活に困窮する事はない。どころか多分、節約と言わず普通に生活してりゃあ一生何もせず食ってけるレベルだと思う。
だから、このままではまずいなあ、なんて言うのも正直なところ危機感はない。
マゴリアだって俺にせっつかない。
今の俺が妄想できるレベルの武器を売りに出しても、普通に収入にはなるらしいし。
俺が危惧しているのは、マゴリアとの関係になんらの進展もないまま、こんな生活を続けても良いのだろうか?という、漠然とした、本当にただ俺が『何もせずにマゴリアのヒモめいた状態』にあるのが居心地悪い、ってだけの事なのかもしれない。
実際はヒモじゃないってマゴリアは言うんだけどな。
俺の妄想がなければあの剣は作れなかったのは事実で、俺も理屈ではそう思うんだけど。
「元の世界で自分に求められてきたモノの重みから解放されて、不安になってるだけなのかな」
俺はそんな風に独り言を漏らしながら家の掃除や洗濯、夕飯の下拵えという家事に勤しむ。
いや。
正直に言おう。
俺が見た目あんまり活動的に金を稼げてないとか、そういう男のくだらないプライドをどうこう思ってるんじゃないんだ。
俺はただマゴリアと恋人でも夫婦でもない関係がいつまでもいつまでもいつまでも続くか不安なんだろう。
キッチリけじめもつけずに、マゴリアの好意に甘えて彼女の家に住み続けて、それでどうなるのか?
分からない。
マゴリアは事によると俺を一生養ってくれる選択に出るかもしれない。
その可能性が高いとすら思える。
でも俺はきっとそれを望んでいないし、ハッキリ言ってしまえば、彼女とちゃんとそういう関係になりたいのだ。
「言えば良いじゃん」
俺の中の別人格はそう囁く。
でも俺の気弱な部分と卑屈な部分は言う。
「マゴリアはお前への恩義で一緒に暮らしてるだけだよ。告白なんかしたら多分引かれるよ」
いや……恩義だけで同棲するか?
でも、剣の収入を考えると、無いとは言えない……。
「んあ〜〜〜〜〜」
俺は今日もそんな懊悩に苦しめられ、妄想は捗らないままに時間だけが過ぎて行くのだった。
妄想★マテリアライゼーション26話っす。
己の置かれた、安定して幸せな中に不安を抱える男の懊悩。
はよ告白して結婚せえや……って感じなんすけどねえ……
まあ、そうも行かんのが人間の面倒な所ですな……。




