その令嬢、捜索
「なぁ、お姫さんよ。もうちっと縄を緩め──いだいいだいいだい!! ぎぶぎぶ! 折れる!」
「駄目です」
「それはわかったっ痛え゛!」
「痛くしてますもの」
甲板に腰掛ける少女と、縄で縛られ、ひれ伏す男が十数名。
男達は両膝をつかされ、後ろ手に組まれた手を空に見せるように、深々とひれ伏させられていた。
イザベラの指先一つで縄は締まり、男達の苦悶の呻き声が絶えず響き渡る。
まさしく地獄絵図のこの光景を、彼女はたった一人で作り上げていた。
海上を忙しく飛び交う鷗の群れが、馬鹿にしたように一声鳴いた。
✲✲✲
愛しの王子との逢瀬の後。イザベラは喜び勇んで、単身海上へと赴いた。
なんのことはない。
家が持つ船を一艘拝借し、水魔法や風魔法で進ませているだけの話である。
大きな帆を魔法ではためかせれば、舵を取らずとも船は思うように進む。
青々とした水面に、白い筋を残しながら。大きな船は、それはもう物凄い速さで進んでいった。
すれ違う船の船員達が、一瞬驚いたように目を剥いて──帆に印された紋を確認すると、納得したように頷いた。
王家に親しいものにしか許されぬ、王冠を被った盾の中。
知を示すグリフォンが剣を握る。
美しく、力強い。
クレイシア家の由緒正しき紋章は、今や「何があっても驚くな」という意味で、広く民衆に知れ渡っていた。
「私ったら、喜びのあまり考えなしに飛び出してしまいましたけれど……今日、海賊さんたちがお休みだったらどうしましょう」
舳先に立ち、海風に吹かれる彼女とて、この広い海すべてを感知する程の力は持ち合わせていない。
とりあえず、最近よく遭遇するという海域に足を運んではみたはいいものの。口端に上り始めて警戒しているのか、それらしき船影は見当たらない。
心地よい海風に、豪奢なドレスの裾をはためかせながら、彼女はゆっくりと踵を返して──喜びに顔を輝かせた。
「まぁ……まぁ! なんて運の良いこと。きっとトワ様のお導きですのね!」
運命の神──天が味方したかの如く、彼女の見つめる先に一艘の船。
芥子粒ほどの大きさのそれは、噂通りの真っ黒な帆を張りながら、真っ直ぐこちらへと向かってきている。
イザベラはそれを迎え撃つかのように、大きく舵を切れば、船はみるみるうちに海賊船らしき船との距離を縮めていった。
✲✲✲
その船は、曲がりなりにも公爵家の物であれば。外見もそれなりに豪奢に造られている。
大きさもさることながら、金箔張りの装飾に、鮮やかな塗料で彩られた外装。
明らかに、一般の商船などとは違った様相に、きっと海賊たちは色めきたったのだろう。
貴族というのは得てして暴力を嫌う──事が多い。
野蛮で卑俗な行いは、自身から最も遠いモノであると思いがちだからだ。
危機意識のなさと言い換えてもいいのだが、要するに優雅さを求めるが故の、危機回避の甘さがあるのである。
そもそも、商船と貴族船では、明らかに前者のほうを襲った方が効率も利益も高い。
商船は多くの積荷を持っているが、貴族の船──特に外遊などのお遊びであればなおさら──外装こそ豪華だが、大したものを持っていないことのほうが多い。
外交のためであれば当然海軍が側につく。手を出すだけ無駄だ。
更に、貴族を襲えば国から睨まれるのは必至。
ある程度損失を考慮している商船ならまだしも、そうでない貴族を襲えば、メンツを重んじる貴族など、どんな手に打って出るかわからない。
パンドラの箱じみた貴族に手を出して火傷をするより、利回りの良い商戦をちまちま襲って、小遣い稼ぎをする方が遥かに安全だ。
そうした細かな事情も相まって、やはり多くの貴族船は脇が甘い。
だからこそ、報復を恐れぬ無頼者達は、ここぞとばかりに貴族の船を──イザベラの船を襲ってしまった。
国家に手を焼かせているという自覚と、傲慢と、それ故の増長。
いつの時代も、伸びた鼻はへし折られるが運命。
単純に、彼らにとって今がその時であった──と、それだけの話でもあるのだが。
逃げも避けもせず接近してきた海賊船は、あっという間にイザベラの船へと渡りをつけて、数人の男の怒号が静かな海上に響き渡る。
甲板に立つイザベラを見て、ニィ、と口角を上げた男に、彼女はまるで聖母のように微笑んでみせた。
「丁度お探ししておりましたのよ。お会い出来てよかった……!」
「ハハッ! 随分と肝っ玉の太ェお姫さんだなァ、えぇ?」
見上げるほどに背の高い、白髪の美丈夫がイザベラの目の前に歩み寄れば、ゆるりと翠の瞳を溶かしてみせた。
さらに一歩、二歩と近づいて。あとほんの少しでも手を伸ばせば抱きしめられてしまいそうな距離。
ゆっくりとイザベラの頬に添えられた男の手が、つと彼女の頤へと滑る。
「怖かねェのか。傷物にされちまうぜ?」
「あら……探していたとは申し上げましたけど……」
彼女の、柘榴を思わせる瞳が細められ。途端、細身の女から発せられた妙な威圧感のようなものに、男はどきりと心臓を鳴らした。
「殿下以外が私に──勝手に触れていいとは申し上げておりませんことよ」
先程とは打って変わって、冷たい微笑を浮かべるイザベラは──その時確かに、聖母から死神へと変じていた。
海賊さん(船長)まじで好きなんですけど…………(作者ァ!)
追伸、ランキングに載せていただきました……皆さん本当にありがとうございます……(泣)
ゆっくりしていってね!!!!!!