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その令嬢、最凶

思い付きの短編が思いの外好感触で、連載にしてみようという運びになりました。

背中を押してくださった多くの皆様に感謝を。

一話目はその短編を改訂したものになりますから、飛ばしていただいてもかまいません。

 

 イザベラは、数段高い位置から投げかけられたその言葉に、暫し呆然と言葉を失うことしかできなかった。


「マリーに対して数々の嫌がらせをしていたという話だが…………イザベラ。真偽の程はどうなんだ?」

「あぁ……サイラス様……断罪などおやめになって……! 私、ただご相談がしたかっただけ……!」


 金髪碧眼。(すが)められた双眸(そうぼう)はやや鋭いが、物語の中から飛び出してきたような美貌の(きみ)と、彼に縋りつく小柄な美少女。

 まるで陳腐な舞台のワンシーンそのものなのだが、双方至って真面目な顔つきをしている。


 綺羅綺羅(きらきら)しい装飾に溢れたダンスホールの中、中央から伸びる階段の途中で寄り添う姿は、なんだか一枚の絵画のようだ。



 センテナ王国第一王子の生誕祭。今年で成人の18歳になられることも相まって、此度(こたび)は殊更に豪華で盛大なパーティーが催されていた。

 その最中(さなか)で起こったこの騒動は、各国から集められた要人達の好奇の視線を大いに集めて止まない。


「え……えぇ……?」


 身に覚えのない疑いの視線を投げかけられて、センテナ王国公爵令嬢──イザベラ・クレイシアは、盛大に困惑していた。

 ついさっきまで考えていたことといえば「流石、我が国(うち)の王子。今日も顔面が強いな」である。


「俺の婚約者──よりにもよって君が、そんなことをしたとはあまり思いたくはないのだけれどね」


 そう。何を隠そう私は、目の前で美少女に絡まれている彼──王太子殿下の婚約者であり、今夜はその正式な発表をする予定……だったのだけれど。


「あの……殿下……その、(わたくし)はどのような嫌がらせをした事になっているのでしょうか……?」


 おずおずと、顔色を窺うようにそう声を出せば、ため息混じりの声が返ってくる。


「……何だったかな。嫌がらせの手紙を送る、虫をドレスにねじ込む、装飾品を破壊する……罵詈雑言は当たり前、人目のつかない所で殴る蹴る……?」


 首を傾げる王太子殿下の隣。桃色の瞳を潤ませて、少女は小さくしゃくりあげる。

 此方(こちら)を見つめる瞳には、確かに怯えの色が宿っていて、なんだか悪いことをしたような気分だ。


 というか、その悪いことを、私がしたことになっているのだけれど。



 つらつらと列挙されたのは、身に覚えがなさすぎる稚拙な悪戯(いたずら)の数々で。イザベラは思わず絶句した。

 幼女同士の(いさか)いでもあるまいに、どの世界線にそんな嫌がらせを仕掛けるやつがいるというのか。


 もっとこう、あるだろうに。…………色々。

 ──いや、話の限りでは、私がその稚拙な悪戯(やつ)の犯人なのですが。これはいかに。


 そもそも、彼女に見覚えがないというか、「そんな方いらっしゃいましたか?」と言いたいのを、イザベラは一生懸命堪えていた。

 貴族にとって名前は命。下手なことを言って、事態を悪化させたくはないのである。


「ええっと……マリー様……でしたか? お初にお目にかかります。……その、お人違いではなくって?」

「まぁ! その夜闇のような御髪(おぐし)に血のように赤い目! 間違えようもございませんわ!」


 その言葉にイザベラはなるほど、と頷く。

 色素の薄い御人が多いこの国で、黒髪というのはよく目立つ。

 更に言うなら、この国で黒髪で赤目などという特徴を持つ人間は、公爵家の血筋しかいない。


 黒髪と赤目を持つ家族は、父と兄弟しかおらず。イザベラには姉も妹もいない。

 親戚の中にも同色持ちの女性はいるが、皆妙齢の淑女。流石に間違われはしないだろう。


 であれば自ずと、犯人はイザベラに絞られてゆくわけで…………しかしやはり、彼女に列挙された嫌がらせの記憶はない。

 忘れているだけで、実はやっていました……ということも考えたのだが、流石にねちっこく虐めた──少なくとも証言の上では──の相手を綺麗さっぱり忘れる程、耄碌(もうろく)してはいない。


「あの……殿下?」

「何かな?」


 イザベラはぐっと下唇を噛みしめる。

 このようなことで誤解されることは、彼女の本意ではない。


 それより何より、各国から集まった要人達の記憶に「イザベラ公爵令嬢は、かくかくしかじかといったショボい嫌がらせで満足するタイプの世間知らずである」といった印象が付いてしまっては困るのだ。

 それでは、この国の沽券に──ひいては殿下の評価にすら傷が付きかねない。


 すう、と息を吸い込んで。広いホールの中、イザベラの良く通る声が、真っ直ぐに響く。

 まるで宣戦布告をするような、威風堂々とした立ち姿に、周囲からは(わず)かに感嘆の溜息が漏れた。



「そんなみみっちい嫌がらせをするぐらいなら、手っ取り早く消し炭にしていますわ!」

「……うん。そうだろうね」


 胸を張った一言に返ってくるのは、やや疲れたような殿下の声。

 隣に立つ美少女は、虚を突かれたような、呆然とした顔をしている。先程までの泣き顔はどうしたというのか。

 まるで玩具を取り上げられた子猫のようだ。


「一応聞いておこうか。嫌がらせの手紙は?」

「封を開いた瞬間に発動する類の呪いを付与します」


 ざわり、と空気が揺れる。


「……虫をドレスにねじ込む」

「食人虫に骨も残らず召し上がっていただきますが」


 あちこちでか細い悲鳴が上がる。ご婦人方だろうか。

 殿下は相変わらず呆れたような目で私を見てくるのだが、しかし。言わせているのは彼である。


「装飾品を破壊する」

「装飾品と言わず骨ごと砕きます」


 当然のことである。

 なぜ装飾品だけで済ますのか。()ずそこがわからない。


「罵詈雑言」

「声に魔力を乗せ、精神的な再起不能を狙います」

「……人目のつかない所で殴る蹴る」

「骨も残さず──」

「いや、もういい。うん、君は相変わらずだね……ベラ」


 お褒めに預かり恐悦至極にございます──といえば、別に褒めてはいないよと返されてしまう。

 しかしながら代々王家を守護るのがクレイシア家の役目。

 私が敵対するとすれば、それはすなわち王家の敵。

 王家の敵と認定し、「潰す」と判断したのであるならば、容赦するほうがおかしいのである。


「わかったかな、マリー。君が死んでいるのならともかく、生きているのなら──彼女が嫌がらせをするということは、ほぼ確実にありえないんだ」

「そ……そんな、でも」

「やはり、人違いではございませんか?」


 相変わらず殿下に縋りつく彼女にそう声を掛ければ、キッと睨みつけられてしまった。

 仕方のないことだろう。今まで犯人だと思っていた人間が、別人だったとなれば。単純に、犯人は他にいるということになる。

 散々怖い思いをしたのに、また犯人探しから始めないといけないとなれば、探偵役を睨み付けたくもなるだろう。


 どうやら、少しばかり対応を間違えてしまったらしい。

 もっと、繊細なガラス細工を扱うようにしなければならないのだろう。解決策まで提示して、もう安心と思わせてこそ、真の解決となるのである。


 ──であれば。


「……あぁ、そうですわ! 殿下の()()()がそのような憂き目にあっていらっしゃったのであれば……。我が家の総力を挙げ、犯人探しと参りましょう!」

「俺の許可なしに存在ごと消し飛ばすつもりじゃないだろうね」

「ウッ……いえ、あの。お伺いは立てます……その……事後報告では……」

「駄目に決まっているだろう!?」


 トントン拍子で進んでゆく話を前に、勇ましく睨みつけていたマリー嬢の顔は徐々に歪み、とうとう声を上げて泣きだしてしまった。

 崩れ落ちながら、ごめんなさい、とか、許してください、などという彼女の言葉に、イザベラの頭に疑問符が浮かぶ。

 彼女が謝る意味と必要性が、全くわからないのだ。


「…………此度(こたび)の事は不問に処す。イザベラには、俺からきちんとやめるように命じておいてあげよう」

「は……は゛い゛っ゛」

「これに懲りたら、変な気はもう起こさないように。……わかったね?」


 今度は何やら自分を抜きに、サクサクと進んでしまう話に、イザベラは不満顔だ。

 ピンク色の御令嬢は、振り子のように頭を激しく縦に振ると、あっという間に広間から飛び出していってしまった。


 残されたのは二人と、()っと立ち尽くす要人達。

 場を覆う、微妙な空気が肌に痛い。


「……全く、どうして君はそう……無茶をするのかな?」

「無茶ですか? どのあたりでしょう……?」

「力で解決してしまうところだよ。いつか君が手痛いしっぺ返しを喰らわないかと不安で仕方がない」


 大きな溜息を吐く、壇上の美しい青年に、イザベラはうっとりと微笑んで見せる。

 さながらそれは恋する乙女のもののようであり──神が己の創造物を愛でるような、遥か高みからの慈愛のようでもあり。


 どこか、得体の知れない笑みであった。



「お言葉ですが殿下! (わたくし)が最強ですので!」


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