第二話 県大会決勝戦――前半――
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決勝戦当日。
その試合は県の総合体育館大アリーナで行われました。
相手は陽舎高校。何度も全国大会への出場経験がある強豪校です。
攻撃力に特化しているそのチームは、決勝戦までの試合を余裕で勝ち上がってきました。
一方の私たちは、主に守備力を鍛え上げてきたチーム。バスケットボールの戦術では両端にいるチーム同士の戦いです。
両校の選手たち、計10人がコートに揃いました。
私たちのスターティングメンバ―は、キャプテンの私が背番号4番をつけてシューティングガードを務めます。ガードといってもディフェンスだけではなく、3ポイントシュートを決めるのが大きな役割となります。私の活躍次第でチームの明暗が分かれるといっても過言ではない重要なポジションです。
5番をつけているのが紗耶香。冷静な彼女はポイントガードとしてボール運びやパス、私たちへの指示を出すチームの司令塔なのです。
「お、お? これはひょっとして武者震い?」
「ユッコさん。ここにきて緊張で体が動かないなんてなしですよ」
「にゃにぉ~、武者震いだって言ったっしょ。見てろよ美春、ユッコさんの大活躍を見せつけてくれようぞ」
という感じで緊張感無くじゃれあっているのは6番をつけたユッコと7番をつけた美春。
ユッコはパワーフォワードとして、リバウンドやゴール付近からのシュートを担当します。ジャンプ力のあるユッコのブロックショットに、チームは幾度となく助けられてきました。
7番をつけた美春はこのチームのエースです。二年生ではありますが、その運動量と見かけによらない柔軟なプレイで得点を稼いでくれます。
「二人とも、やめて。なんだか、こっちが恥ずかしくなってくる……」
騒ぐユッコと美春に、顔を赤らめながらつぶやいたのは智子。ポジションはセンターで背番号は8番。私たちのなかでは一番身長が高く、オフェンス面でもディフェンス面でもチームの基点となってくれます。試合中は活発ですが、それ以外では物静かで大人しく、私たちのなかでは一番女の子らしい女の子です。
控えとしてベンチに座っているのは9番と10番をつけた友奈と千恵美。
友奈はスピードスター。ドリブルが苦手なのでレギュラーにはあと一歩届きませんが、その素早い動きは相手のディフェンスを攪乱してくれるに違いありません。
千恵美は紗耶香と似たタイプ。ボール運びが上手で冷静に相手への対処法を考えることが出来る頭脳派です。ポイントカードを目指す彼女にとって、紗耶香は目標であり特に尊敬する先輩になっているようです。もしこの山ノ中高校が廃校にならないのであれば、私たち三年生が抜けた後の新チームのキャプテン、そして司令塔は彼女になったことでしょう。
彼女たちの横で立っているのは内海秋穂先生。山ノ中高校女子バスケ部の顧問でありコーチ。
ちょっと癖のあるナチュラルウェーブの髪を肩にかけた彼氏募集中の26歳。大学までバスケットボールをしていたという秋穂ちゃんは、部活以外のことでも相談に乗ってくれるお姉ちゃんのような先生です。
見た目も綺麗でとても良い人なのですが……、彼氏が出来ないのはきっと、二日酔いのまま学校に来るというおマヌケな一面があるせいなのでしょう。それを冗談まじりで指摘したことがあるのですが、本人曰く「断酒するくらいなら男を断つ」だそうです。もうしばらく彼氏はできそうにありません。
ピッという審判の笛を合図に試合が始まりました。
高く上げられたボールを、智子と相手のセンターが跳び上がって奪い合います。しかし相手のセンターは智子よりも頭一つ分身長が高い大きな選手です。ボールは陽舎校の選手に弾かれてしまい、そのまま相手チームにボールを保持されてしまえば先制点を奪われてしまいかねません。けれども――
「にゃっほ!? ラッキーっ!」
ボールを手にしたのはユッコ。
ポジション取りが良かったのでしょう。弾かれたボールがユッコの手に収まります。
慌てて自分の陣地――バックコートに戻る陽舎校の選手たち。
本来ならば、陽舎校のディフェンスが戻りきる前に速攻で点を取りに行くところなのでしょうが、それは私たちの戦い方ではありません。
「ほいっ。紗耶香、任せたよ~」
ユッコは紗耶香にパスを出し、紗耶香は時間をかけてゆっくりとフロントコートへ――センターラインの向こう側、自分たちが攻める相手陣地へとドリブルしていきます。
陽舎校の少し広めのゾーンディフェンス。ゴール下に高身長の三人を配置し、残り二人がペイントエリア――フリースローサークルから3ポイントライン近辺で待ち構える〝2-3〟というディフェンスです。
「紗耶香ちゃん、こっちこっち!」
美春がパスを要求。その動きに合わせて私たちも動きました。
美春を警戒した前衛のディフェンス一人が動いたことで隙間ができ、そこに智子が入ります。そこへ紗耶香の速いパスが通りました。
しかし後衛の選手が手を上げながら智子の体に密着。智子はゴールに背を向けているため、振り向いてシュートを放つことができません。相手選手へ体をぶつけて強引に振り返ることも可能ですが、反則を取られてしまう可能性もあります。そうなると攻撃権は陽舎校に移り、私たちは先制するチャンスを逃してしまいます。
前衛を守っていた選手も智子に詰め寄ります。前後から攻めてボールを奪おうというのでしょう。けれども、それは想定された展開でした。
「佳保里っ」
前後で挟まれてしまう前に、智子は私へのパスを出します。
ボールを受け取った私がいるのは3ポイントラインの外側。ここからのシュートが決まれば3点獲得です。もう少しゴールに近づいて確率の高い2点を狙うことも出来ますが、今の私はノーマーク。智子がディフェンスを引きつけてくれたおかげで誰にも邪魔されずにシュートを放つことができます。
前衛の選手が慌てて戻ってきますがもう間に合いません。
「お願いッ!」
私の祈りを込めて放ったシュートは、きれいな放物線を描いてゴールへと吸い込まれました。
「やるね佳保里、絶好調じゃん!」
自陣に戻りながら、ユッコが嬉しそうに私の背中を叩いてきました。
「あはは。緊張で心臓が飛び出すかと思ったよ」
私がそう答えると、みんなも楽しそうに笑います。
「どんどんシュートしちゃっていいからね。もしもの時のリバウンドは、私と智子に任せなさいっ!」
自分の胸を叩くユッコと、その奥で頷く智子。
「うん。その時はお願いね!」
私は頼りのなる二人へ微笑み返しました。
ノーマークだったとはいえ、試合開始直後の3ポイントシュート成功に会場もどよめいています。いきなり成功確率の悪い外からのシュートを放ってくるとは思わなかったのでしょう。
「みんな、いつも通りのトライアングルツーでいくよ!」
自陣に戻った私は前を向きながら声をかけました。
トライアングルツーとは、自陣のゴール下に三人の選手を三角形を描くように配置し、残る二人がボールを運んでくる相手のポイントカードと、点取り屋のポイントゲッター(エース)に1対1を仕掛けるディフェンスです。
智子をトップにして紗耶香とユッコが左右を守り、私と美春がそれぞれ陽舎校のポイントカードとポイントゲッターの相手をします。
「そう簡単には抜かせないっ」
陽舎校のポイントカードはドリブルで私を抜こうとしてきます。
さすが、優勝候補筆頭の学校だけあってその動きはとても速い。けれど、私だって負けられません。腰を落とした構え――ステイローで相手の動きに対処します。
左右に振っても振り切れない相手は、たまらず味方にパスを出しました。ボールを受け取った選手はエースにパスを出そうとしますが、美春がピッタリとマークしているためパスを出すことができません。そこで頼ったのがミドルポストに入っていた味方、センターでした。センターは高い身長とパワーがあり、ゴール下で強さを発揮することからポストプレイヤーともいわれます。
陽舎校のセンターは私たちの誰よりも高い身長を持っています。まともに1対1で戦ってもこちらが不利――なので智子とユッコの二人がダブルチームで対処しました。陽舎校のセンターは動きを封じられて苦しそう――しかし、一人に対して二人で守るということは陽舎校の選手が一人フリーになっているということ。
当然センターはその選手にパスを出しました。けれどもその選手に対し、今度は私と美春でダブルチームを仕掛けます。相手はボールを奪われないようにするのが精一杯。ゴールに近づきたいけれど、チームメイトのセンターには智子がピッタリとマークしています。
ここでの選択肢は二つ。強引に切り込んでくるか一度攻撃を立て直すか――。
相手が選んだのは後者でした。私が離れたことでフリーになっているポイントカードへボールを戻したのです。しかし体勢が悪いのでそのパスには勢いがありません。
「そう来ると思ったよ!」
パスコースへ飛び出していた紗耶香がスティールしてボールを奪いました。
まだ試合は始まったばかり、強引なプレイで反則の危険を冒すところではないというのを予測した紗耶香の機転が的中です。
そのままの速攻を警戒した陽舎校の選手が慌てて自陣へ戻って行きます。
しかし、ゆっくりとボールを運んで行く紗耶香にまたも会場がどよめきました。ボールを奪ったあと、紗耶香がそのまま走って行けば間違いなく得点になったのに――という思いからくるどよめきです。たしかに、今のは速攻を決める大きなチャンスであったことは間違いありません。けれども、それは私たちの戦い方ではないのです。
私たちの戦い方は速攻ではなく遅攻――ディレイドオフェンスといわれる戦い方です。
バスケットボールの試合には〝オフェンスの制限時間〟があります。その制限時間を超えて攻め続けることは出来ず、時間切れになれば相手チームのボールとなって試合が再開されるのです。ディレイドオフェンスとは、その制限時間ギリギリまで意識的に使って攻める戦法なのです。
では、なぜ好機を逃してまで、わざわざ時間をかけた攻撃をするのか――。
それは、私たちの特殊なチーム事情が関係しているのです。
私たちの部員は七人しかいません。それはチームとしての体力がないことを意味します。バスケットボールはめまぐるしく攻守が入れ替わり、常に走り続けるスポーツです。同じようなレベルの選手がたくさん控えにいる強豪校とは違い、私たちには体力を回復するためや試合中に怪我をしてしまった場合の交代要員が二人しかいません。体力温存のためにも、このディレイドオフェンスは有効であるというのが一つ。
もう一つは、七人の部員では5対5という試合形式の練習ができません。なのでいつもはハーフコートを使った3対3、または4対3。時にはコーチである秋穂ちゃんを加えた5対3で攻守の練習をしています。私たちがトライアングルツーというディフェンスをするのは、三人で守ることになれている事が挙げられます。そして、守備重視の練習をしているため、攻撃力という意味では強豪校にはとても敵いません。点取り合戦をして勝ちきれるチームではないということです。
ディレイドオフェンスする最大のメリットは、時間をかけて攻めるということはそのまま相手チームの攻撃回数を減らすことにつながるということです。それは相手チームの攻撃を封じ、こちらの攻撃時には確実に点を取る――それができなければ諸刃の剣となってしまいますが、この戦い方が私たちに一番合っているのです。
「佳保里っ」
紗耶香からのパス。それを受け取った私は3ポイントラインで構えます。
連続3ポイントシュートを警戒した相手がシュートチェックに来ます。ディフェンスが動いたことで空いたスペースにユッコ。
「ユッコお願いっ」
「あいよ、任されたっ」
私からのパスを、ユッコはゴールへ振り向きざま紗耶香へ戻します。
ユッコとゴール下にいる智子を警戒したことで、逆サイドにスペース。そこにいるのは美春です。
「いっただきっ」
紗耶香からのパスを受け取った美春がドリブルで相手を引き付け、さらに広く空いたスペースへ走り込んだ紗耶香へパス。
「いただくのは私だけどね」
フッと笑った紗耶香が、バックボードを使ったバンクショットで確実に2点を取ってくれました。
これで5対0。上出来すぎる滑り出しです。
その後のディフェンスではユッコが放たれたシュートをブロックショットで叩き落します。しかし攻撃は相手のプレッシャーにあい、シュート放つことも出来ませんでした。そうそう好きにはさせてもらえません。
そうした一進一退の攻防が続き、第二クオーターまで終了。ハーフタイムに入りました。
得点は23対20。信じられないことに、私たち山ノ中高校が3点リードしてい
ます。陽舎高校といえば一試合平均80点オーバーという攻撃型のチームです。私たちはそれを半分以下に抑えていることになります。けれども――
「ハア、ハア……。あ、あのオフェンス力半端ないよ……」
「美春、しゃべるとよけいに息が切れちゃうよ。ほら、深呼吸深呼吸、息はゆっくり吐くんだよ」
息の荒い美春に、千恵美がタオルで扇いでいます。
息が切れているのは美春だけではありません。ベンチに座る私たちの誰もが、息も絶え絶えという状態です。友奈が配ってくれるドリンクを飲むのもやっとです。
陽舎高校が圧倒的に有利と囁かれていたこの決勝戦ですが、ふたを開けてみれば誰も予想していなかったロースコアな展開。それは、途中でスティールやブロックショットなどによってお互いに点が入らず、攻撃が激しく移り変わるトランジションゲームになったことが大きかったのでしょう。
秋穂ちゃんが私たちの前に立ちました。
「みんなはよくやってるよ。こっちも苦しいけど、向こうはもっと苦しいはず。後半も集中だよ。一つ一つのプレーを大切にしていこう。あなたたちは優勝できるだけの力を持ってるんだからね!」
その言葉に私たちは大きな返事で答えます。
秋穂ちゃんの言う通り、苦しいのは陽舎高校も同じはず。体力の減り方が尋常ではない事を除けば、この試合展開はいつもの私たちのペースです。しかし、ここまでの試合で圧倒的な攻撃力を発揮してきた陽舎高校にとってこの展開は想定していなかったのでしょう。その証拠に、向こうのベンチでは男性のコーチが大きな声で選手たちに喝を入れています。
精神的な負担を考えれば、まだ私たちに分がありそうです。
このハーフタイムで作戦を再確認し、私たちはコートに戻りました。
第三・四クオーター。後半戦の始まりです――。
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