【1】
夏の日を照り返す緑の中に、ひっそりと息を潜めるように、ひとつの建造物が佇んでいる。
その建造物は西洋風の屋敷のように見える。山を背にして水平に広がる色褪せた錆色の屋根の下に、半円の窓が規則正しく並んでいる。鉛筆の芯を天に向けて突き立てたように、屋根よりも高い円筒形の塔がふたつ、母屋を挟むように屹立している。東側の円塔は緑の蔦がぐるぐるに巻きついており、まるで塔の首を絞めているように見えた。
ここからは、それしか確認できない。
建物の一階部分は、繁茂する叢にすっぽり隠れてしまっていた。
それは、かつてラブホテルだった。ある日突如としてこの田舎町に姿を現し、ドぎついピンクやヴァイオレットのネオンの光を山間を貫くバイパス道路に向かって放ち、幾組もの男女を吸い寄せていた。そんな色めいた追憶をかき立てる建物である。
が、しかし現在は廃墟だった。いまでは風化するにまかせてすっかり色を失い、辺りの光をすべて吸収してしまいそうなほど枯渇して見えた。
自分は、ハイエースの助手席からその廃墟を伺っていた。
運転席では、梶川漫歩という名のフォトグラファーが幕の内弁当を掻き込んでいた。