15.
執権・北條時宗の時代。「元寇」蒙古襲来。
国難に騒然とする都の大路で、ひとりの老人が突如叫んだ。
「朝様じゃあ、朝様が北條征伐に来なさる。朝様じゃあ!」
直ちに取り押さえられ六婆羅探題に連行された老人は、尚も奇声を張り上げる。
控えよ!やあやあ遠からん者は音にも聞け、近くば寄って目にも見よ!我こそは”清和源氏主流河内源氏将軍家従五位下四代将軍源朝子”が家人!五郎良治改メ平元盛!この六波羅の先の住人であるぞ。我、元盛の「元」は、朝様よりいただいた。すなわち、朝様の「朝」をひっくり返して「もと」「元」とな。音は「ゲン」ほれ、「源」に通ずるであろう。我は平氏ゆえ、源氏をその名に呑み込み転覆せよとの御命名じゃ。我はその「平“元”盛」である。朝様は「蝦夷を渡って唐天竺を制す」と常々公言なさっておった。宋を乗っ取って源氏の国を建てられたに相違ないわ。それが「元」そう「ゲン」すなわち「源」ではないかっ!
「北條は、政子も義時も泰時も皆死んだ。元が攻めて来る、朝様が来る・・・」
調べに当たった六波羅探題・土本和伸は絶句。この汚い爺は、何を判らぬことを喚いているのだ?将軍だの、源平だの、一体いつの時代の話をしておるのだ?ヨシトキとかヤストキとは、よもや得宗家御先代様ではあるまいの。五十年も前の事ではないか。さすれば最早、狂人であろう。妄想が過ぎる。まともには取り合えない。土本は人心を惑わすとして、老人の目を潰し、鼓膜を破り、舌を抜いて、京より追放した。
平“元盛”良治は往来に放り出された。
五感の大半を奪われ、残っているのは感触だけであった。あの日、祇園御霊会で、朝様は「お前が心配」と手をぎゅっと握ってくれた。小さくて、柔らかで、温ったかく、いい匂い・・・
元盛は右手を振り上げた。見えぬ光に導かれ、聞こえぬ鬨に鼓舞され、声にならない叫びをあげ、力強く足を踏み出した。尾張へ行くつもりだ。有事の際は「熱田の宮で集合!」朝様は、そこで待っていると申されたではないか。多少、遅れてもいいからと・・・
「それでも元盛、遅すぎる!」
朝様は怒るだろうなぁ。元盛は嬉しそうに躰を揺すった。




